×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -



「……マジで?」
「マジだよ」

 オレは絶望した。表面上はヘラヘラしているように見えるかもしれないが、その実、かなり傷付いている。しかし目の前の女は、あっけらかんとした様子で残酷なことを平然と言ってのけたのだ。

「今年は何も用意してないから」
「はいはい。そうやってサプライズプレゼントとか用意しちゃってるわけね」
「いや、ほんとに」

 そんなやり取りの末、冒頭の会話を繰り広げたわけなのだが。もう一度言おう。オレは絶望している。
 年に一度の誕生日。別にパーティーをしてほしいとか、山のようにプレゼントがほしいとか、豪勢な食事を御馳走してほしいとか、そんな贅沢なことは思っていない。ただ、毎年必ずオレの誕生日に用意してくれる幼馴染からのささやかでくだらないプレゼントだけは、密かに楽しみにしていた。
 幼馴染と言っても、保育園の時から一緒でした、みたいな、長い付き合いではない。中学校に入学すると同時に近所に引っ越してきたなまえは、良くも悪くも女っ気がない女だった。さばさばしていて、思ったことは割と何でもずばずば言う。誰かとつるんでいるところはほとんど見たことがないし、特定のグループに属している雰囲気もなかった。
 女友達がいないわけではなかったと思うが、オレが知る限り、なまえは男と話をしていることの方が多かったような気がする。そしてオレは、そういうこざっぱりした性格に興味を抱いた。惹かれた、とはまた違う。その時はあくまでも「珍しいタイプだな」と興味本位で近付いただけ。それがまさか、いつのまにか恋心に発展するなんて思ってもみなかった。

 キッカケは? と訊かれたら返答に困る。しいて言うなら、笑ったところが可愛いとか、一緒にいて心地良いとか、そういうありきたりな理由だろうか。中学一年生の秋、初めてオレの誕生日にプレゼントをくれたなまえは「私の誕生日もちゃんとお祝いしてよね」と言ってきた。
 軽い気持ちで渡してきたに違いないのに自分の誕生日にプレゼントを強請るなんて現金なヤツだと思った。しかし、そういう明け透けなところも嫌いじゃなかった。本気で言ったにしろ、冗談で言ったにしろ、憎めないヤツだと思った。だからオレはなまえの願い通り、誕生日にはささやかでくだらないものを必ず用意していた。
 高校に入学してからもなまえとの距離感は変わらなくて、クラスの女子に「米屋くんってみょうじさんと付き合ってるの?」と尋ねられることもしばしばあった。その度にオレは「どうだろな〜」とはぐらかしていたが、なまえがきっぱりと「そんなわけないでしょ」と否定するものだから、勘違いされたことはない。
 オレとしては、どうしてきっぱり否定せずにのらりくらりと有耶無耶な返答をするのか、なまえにその理由をきちんと考えてほしかった。あわよくばクラスの女子達が勘違いしてくれたら。オレ達が付き合っているという噂が流れてくれたら。そのままの流れで本当に付き合えるんじゃないか、なんて。そんな浅はかな考えは、今のところなまえに伝わっていないと思う。
 それでも、幼馴染として今までの距離感を保てるなら良かった。今年も例年通り「はいどうぞ」「はいどうも」とプレゼントを渡され、受け取るというルーチンワークができれば、オレはそれで良かったのだ。それなのにこの女は、突然今まで通りをぶち壊した。オレの気も知らないで。

「私があげなくても、よーすけは色んな人からプレゼントもらえるでしょ」
「そんなにもらえねーって」
「去年とか結構もらってたじゃん。後輩の女の子とかにも」
「あれはボーダーでちょっと世話してやった後輩からのお礼な。プレゼントじゃねーし」
「それはそうだとしても、私が毎年あげるのもおかしいかなって」
「なんで?」
「なんでって……」

 オレからしてみれば、おかしいことなんて何一つありはしない。むしろ、突然プレゼント制度をなくす方がおかしな話だ。
 なぜ急に「プレゼントは用意しない」なんて言い始めたのか。その理由が気になって仕方がないオレは、四時間目の授業を終えて騒つく教室で黒板を消すフリをしながら、言葉の真意を探るように詰め寄る。
 するとなまえは珍しく口を噤んだ。何でも物怖じせずに言うタイプのなまえが、やや伏し目がちになってオレを見ないように、オレと目が合わないように、視線を逸らしている。長い睫毛がつくる影が綺麗だ。……などと見惚れている場合ではない。これは異常事態だ。
 教卓に背中をあずけ凭れ掛かるようにして黒板の方を向いているなまえと、それを横目に見ながら何食わぬ顔で黒板を消し続けているオレ。昼休憩に入ったばかりの教室内で、そんなありふれた光景をまじまじと見ている人間など一人もいなかった。

「なんか特別な理由があんだな?」
「特別っていうか……まあ……」
「歯切れ悪いじゃん。めっずらしー」
「よーすけ、告白、されたでしょ」
「え」

 思わず黒板消しを落としそうになったが、ギリギリのところでそれを回避したオレは、漸く綺麗になった黒板からなまえへと視線を移す。伏せられた目は、今もオレへ向けられることはない。
 告白された。それは確かに事実だ。相手は、他のクラスの可愛い感じの女の子。昨日の帰りに下駄箱で呼び止められて、中庭に移動してから「好きです」とシンプルに伝えられた。だからオレもシンプルに返事をさせてもらった。「ごめんな」と。
 勿体ないことをしていると思う。試しに付き合ってみるというのもアリだったかもしれない。が、どうしてもそれはできなかった。返事を考えた時に、なまえの顔が脳内を過ったからだ。
 それにしても、昨日の今日でどうしてなまえはオレが告白されたと知っているのだろう。オレが告白されたことを知っているのは、昨日下駄箱まで帰路を共にしていた弾バカぐらいのはずなのに。まさか弾バカのヤツ、なまえに何か吹き込んだのか?
 
「なっちゃんが見たって言ってた」
「告白されたこととプレゼント用意してないことって関係あんの?」
「……私がいたら、よーすけ彼女作れそうにないじゃん」

 弾バカのせいでバレたわけじゃないということは分かった。しかし、そんなことはどうでも良い。
 自分がいたらオレに彼女ができない? そんなの今更じゃないか。なぜ今になって? オレが告白されたから気を遣ったのか? それこそ今更じゃ……と考えたところで気付いた。今年はやけに女の子に告白されているということに。
 と言っても、毎月告白されるってほどじゃない。今年に入って昨日で三回目。もしそれをなまえが知っていたとしたら、三回もオレが告白を断り続けているのは自分の存在を気にしてのことではないか、という心理が働いてしまうのも頷ける気がする。
 そんなこと気にするようなタイプじゃないくせに。なーにオレに気ィ遣ってんだか。ていうか、その手の話題になるとオレの方を向いてくんないのには特別な理由があんのかな。特別な理由って、何だ?

「確かに、このままじゃ彼女できねーかもな」
「でしょ? だから、」
「でもまあそん時は責任取ってなまえが彼女になってくれれば良いだけの話だし」
「えっ」
「このままじゃ米屋クンお嫁にいけなーい」
「……よーすけってバカだよね」
「失礼なヤツだな」
「私、ただの幼馴染に毎年プレゼント用意するほど優しくないし」

 吐き捨てるようにそう言ったなまえは「ばーか!」と、またもや失礼なセリフとともにポケットから取り出した小さな袋を投げ付けてきた。咄嗟に手でキャッチしてなまえを見遣る。しかし、プレゼントを受け取っているほんの一瞬の間になまえは教卓から離れて自分の席に戻っていて、話しかけるタイミングを失ってしまった。
 まあいっか。結局なんだかんだでオレのためにプレゼント用意してくれてたわけだし。プレゼント以上に期待が膨らむ言葉をもらったから、今年はもう一つプレゼントをもらえるかもしれない。

お忘れ物はございませんか?