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「こんばんは」
「こんな夜遅くに女の子一人で出歩くのは感心しないな」
「今日は星がよく見えるね」
「おれの話きいてる?」
「きいてるよ」

 玉狛支部の屋上で空を見上げていた彼に声をかければ、挨拶もなしに苦言を呈されたので視線を頭上に向けて惚けてみせた。彼は空を見上げたままでこちらを向いてくれない。それでも私が来たことに気付いたのは、彼がそういう特別な能力を持っているからだ。
 先ほど「星がよく見えるね」と言った通り、今日は随分と空が明るいような気がした。昼間も気持ち良い春風が吹く晴天だったし明日も晴れの予報だったはずだから、星が綺麗に見えるのは当たり前と言えば当たり前のことかもしれない。
 こんな夜景をバックにコーヒーでも啜っていたら、端正な顔立ちをしている彼は相当絵になるだろうに、片手にあるのはいつものお菓子だからキマりきらない。けれど、それが彼らしくて思わず笑みを零してしまう。ばりぼり。静かな夜にデリカシーのない音が響くのは、平和な証拠だ。

「襲われちゃったらどうするの」
「私が危険に晒される未来が視えてたら迅はこんなところでぼーっとしてないでしょ」
「相変わらず賢いなあ」
「そうでもないけど」
「ところでおれに何の用?」
「分かってるくせにわざわざきいてくれるなんて、優しいね」
「そうでもないけど」

 私のセリフをそっくりそのまま返してきた彼は、その羨ましくなるほど整った顔を漸くこちらに向けてくれた。私が何を言うつもりなのか、彼には分かっている。だから余裕たっぷりに口元を緩めて、私の言葉を待ってくれているのだろう。ぼんち揚げ食う? などとお決まりのセリフを使って話の腰を折ってきたりしないのも、きっとそういう雰囲気じゃないと悟ってのことに違いない。

「誕生日おめでとう」
「ありがとう」
「それだけ、言いたくて」
「そっか」
「……うん」

 私には彼のように未来を見通す力なんてないから、この先は未知だった。彼の誕生日である今日、おめでとうと言うためだけにわざわざここに来た。そんなわけない。これでも私だってボーダー隊員の一人として活動しているのだから、それなりに忙しいのだ。彼と違って大学にだって行っているから明日の朝も早起きをしなければならない。それでもここに来た。その理由は。
 彼が手に持っていたお菓子の袋を適当な場所に置いて一歩を踏み出した。そしてまた一歩、一歩。着実に縮まる私との距離。彼が近付いてくればくるほど、心臓の音が喧しくなる。そんな私の状況すら彼にはお見通しなのだろうか。どこからどこまでのことが彼には視えているのか。私には分からない。それを知りたいような知りたくないような。どちらかと言うと知りたくないかな。それを知ってしまったら、これぐらいのことは分かってもらえるはずだって、期待ばかりしてしまうから。

「ほんとに、それだけ?」
「分かってるくせに」
「何か勘違いしてるみたいだけど、おれが視える未来は一つだけじゃないんだよ?」
「……だから?」
「確実な未来なんて、おれにも視えないってこと」

 だからさ、と。彼が私の目の前に辿り着いたところで手を取られた。思っていたよりもひんやりしている彼の指先は、私の指を慈しむみたいにゆるりと撫でる。

「ちゃんと言ってよ」
「……迅から言って」
「おれの誕生日なのに?」
「ほしいものは自分で手に入れないと」
「プレゼントにはなってくれないんだ?」
「私がプレゼント、って?」
「そうそう」

 指と指を絡めながら、まるで恋人同士の睦言みたいに会話を交わす。でも違う。私と迅はそういう関係じゃない。……今のところは。
 指を撫でられるたびに期待が増す。鼓動も速くなる。彼は(相手は選んでいるようだけれど)よく色んな人にセクハラをする。でも、私には今まで触れてくれたことがなかった。それなのに今、彼の指は私の指を滑るように撫でっぱなし。セクハラとは明らかに違う。その行動の真意とは。
 彼は何も言ってくれなくて、その視線は私ではなく手元に落とされている。きっと待っているのだ。私からの言葉を。未来が視える彼は、もう答えを決めているに違いない。

「迅」
「何?」
「プレゼントがあるの」
「嬉しいなあ」
「こっち、向いて、」
「……うん」

 絡めた指はそのままに、彼の視線が手元から私の顔に移って、私は真っ直ぐに彼を見つめた。どう考えたって近すぎる距離に心臓が口から飛び出てきそう。そんなことを思いつつも、私は表面上、恐らく毅然とした態度を取ることができているはずだ。もっとも、彼の前では強がったって取り繕ったって何の意味もないのだけれど。
 今のこの状況は彼の向こう側に見える目映い光達にくすくすと笑われているようで少し恥ずかしかったけれど、私はちゃんと声に出して言った。伝えようか伝えまいか迷っていたその言葉を。意を決して。

「迅のことが、好きなの」
「うん」
「迅に、私をあげる」
「はは……最善の未来だ」

 互いの指先がじんわりと温かくなっていって、春先のひやりとした空気の中で熱が混ざり合う。他にどんな未来があったのかは分からないけれど、もう知る必要はなかった。だって彼曰く、これは最善の未来みたいだから。
 指は相変わらず絡まったまま。「ねぇねぇ迅も言ってよ」という私の我儘に、彼は快く答えてくれる。「好きだよ」って。喉から手が出るほど欲しかったその言葉を、するりと。ちゃんと口にしてくれた。
 今日は彼に幸福を捧げなければならない日なのに、これじゃあ私の方が幸せだ、なんて。そんなことを言ったら彼は「そんなことないよ」ってやさしく笑うに違いない。サイドエフェクトがなくたって、私にもそれぐらいのことは分かる。
 きらり、きらり。彼の背後で瞬く星達が、私達を祝福するみたいに輝きを増した。

ぼくら星屑集合体