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「隠岐くんってさあ、イケメンじゃん」
「イコさんに洗脳でもされたん?」
「いや、普通に。客観的に見て。イケメンじゃん」
「そらどーも」
「なんで彼女できないのかなあ」
「おれの代わりに悩んでくれてありがとう」
「悩んでるんじゃなくて、素朴な疑問」

 ぽつり、本人が目の前にいるのを分かった上で落とした呟きは、当然の如く軽いノリで受け流された。お昼時を少し過ぎた食堂内にはそんなに人がおらず、日曜日ということもあって隊員達の姿はまばらだ。
 私はたまたま出会った隠岐くんと遅めの昼ご飯をご一緒した後、お茶を飲みながらほっと一息ついているところ。これからランク戦に参戦しようか、帰ってお昼寝しようか迷っている。
 彼は私の目の前の席で頬杖をついてこちらを見ており、何が楽しいのか口元に緩く笑みを携えていた。イケメンの微笑みは絵になる。さすがスナイパー。女の子の心を撃ち抜くのもお手の物ということだろうか。本当にイケメンだから撃ち抜けてしまえるだけに、冗談めいた言い方をしても冗談にならない。

「今めっちゃくだらんこと考えとったやろ」
「くだらなくはないよ」
「ほな何考えとったん?」
「隠岐くんはスナイパーだから、女の子の心を撃ち抜くのもお手の物なんだろうなあって考えてただけ」
「いや、それめっちゃくだらんことやん」

 彼の笑みが軽いものになった。どうでもいいことで「しょーもな」と呆れ笑いをしている時の表情。私はこの素っぽい彼の顔が好きだ。なんていうかこう、気を許されているというか、私だけは特別、みたいな感じがするから。たぶん気のせいだと思うけど。
 お茶は残り僅かとなっていた。氷が少しずつ溶けていって、元々の大きさよりも一回り小さくなっている。もう九月も終わろうかという頃なのに、今日も外は暑い。
 帰って昼寝をしようか、ランク戦に参戦しようか。いまだに迷っていたけれど、この暑さでは家に帰って昼寝をしようと思ってもあまり快適ではなさそうな気がする。というわけで、私は快適な室温が保たれたボーダー本部内でランク戦に勤しむことに決めた。なんとも不純な動機である。

「私はランク戦に戻るけど、隠岐くんはどうするの?」
「作戦室行くわ」
「もしかしてイコさん達待たせてるとか?」
「まあそうやけど……別にええよ。おれがそうしたかっただけやし」

 ん? 「おれがそうしたかっただけ」というのは、私とお昼ご飯を食べたかった、という意味合いで言ったのだろうか。…いや、さすがにそれは違うだろう。自分の都合の良いように解釈しすぎてしまった。私はそれ以上あまり深く考えることなく「そっかー」と相槌を打つ。
 氷で薄まった残りのお茶を一気飲み。そして、私が立ち上がる瞬間を見計らっていたかのように彼が口を開いた。

「今の言葉の意味、ちゃんと考えてくれへんの?」
「え。考えた方がいい感じ?」
「おれに彼女ができん理由と一緒に考えてほしいとこなんやけど」

 立った状態の私から、サンバイザーで隠れた彼の表情は見えない。けど、分かる。彼は今、すごく楽しそうに笑っているってことが。乙女の純情をもてあそんでるな、このイケメンめ!

「イケメンのお遊びに付き合ってる暇はありません〜! イコさん達待ってるんでしょ。隠岐くんも早く行きなよ!」
「遊びやないけど」

 私は食器ののったトレーを持って、その場を立ち去ろうとした。けれど、その一言で足を止めてしまう。
 見たら負け。彼と視線を交わらせたらダメ。それが分かっていたくせに彼へと目を向けてしまった時点で、私の敗北は決定しているようなものである。
 彼が顔を上向かせて私を見つめてきた。サンバイザーで隠れていたはずの端正な顔も、それこそ射抜くような光を携えた瞳も、今は私に向けられている。どうしよう。目が逸らせない。

「明日、おれの誕生日やねん」
「……し、知ってる、けど、それが何?」
「明日までにさっきの言葉の意味とおれに彼女ができへん理由考えてきて、答え教えてや」
「は?」
「場合によってはそれでプレゼントもらえるかもしれへんし」
「なに、なんなの、どういう、」
「それを考えるんがみょうじの宿題やろ」

 にやりと不敵な笑みを向けられた私は「何それ! 意味分かんないし!」と吐き捨てて、今度こそその場を後にした。できる限り自然体を装って。どこか彼から逃げるように。
 彼のことだから、私の今の様子を見て何かしらおかしいなと思う部分はあったかもしれないけれど、今の状況ではあれが精一杯だった。

 私は彼のことがずっと好きだ。好きだけれど、そんなこと言えやしない。
 だって相手はあの隠岐くんだ。先ほどから言っているように、彼はイケメン。そしてスナイパーとしても優秀。頭も悪くない。性格も、少し意地悪だったり何を考えているのか分からない雰囲気があったりするものの、度が過ぎているわけではないなら概ね問題はないと思う。
 つまり、彼はモテ男のはずなのだ。本人は否定しているけれど、イコさんは私と同じ意見だった。そんなモテ男に玉砕覚悟で告白できるほど、私には勇気も度胸もない。

 今日も、たまたま出会ってお昼ご飯を一緒に食べられただけで、私の心臓はドキドキしていたしうるさかった。本来なら上手く会話などできやしないだろう。けれど私は、それを悟られないように平静を装うことに慣れていた。
 私の心の奥底に眠らせている気持ちは、彼に気付かれてはいけない。けれど、それを理由に彼を不自然に避けたりはしたくないし、普通の友達としての関係を壊したくはなかった。だから、必死に頑張り続けてきたのだ。けれど、彼があんな話題を宿題などと言ってきたら、少なからず動揺してしまうのは仕方のないことである。

「イケメンだからってそう簡単に振り回されてあげないんだから」

 食器を片付け終えた私は、自分に言い聞かせるようにそう言葉を落とした。

◇ ◇ ◇


「誕生日おめでとう」
「自分からわざわざおれのとこに来てくれるとは思わんかったわ」
「早速本題だけど、隠岐くんに彼女ができないのは、イケメンだし色々ハイスペックすぎて女の子が尻込みしちゃうからだと思うよ」
「おれが昨日わざわざみょうじと昼飯一緒に食った理由が加味されてへんけど」
「そういうこと言って、私が動揺するところを見て揶揄おうと思ってるんでしょ。そうはいかないからね」

 いや、めっちゃ本気なんやけど。…と口を突いて出そうになった。けれども、急にマジトーンで話すのは如何なものかと思い、ギリギリのところで言葉を飲み込む。
 イケメンとかハイスペックとか、そんな自覚などおれにはない。というか、そう思っているのは彼女だけのような気さえする。そんな風に思われていること自体に嫌な気持ちはしないのだけれど、そのせいで好きな女の子へのアプローチを「お遊び」だと思われるのは本意ではない。
 彼女は昨日の間に頭の中を整理したのだろう。四時間目の授業が終わり昼休憩が始まったばかりの時間におれのところにやって来るなり、今のような会話を繰り広げたのである。

「これ、誕生日プレゼント。じゃあね」

 昨日と同じく、彼女はおれの元を逃げるように去って行った。手元に残されたのは小さな包みのみ。開けてみれば中には猫と遊べるおもちゃが入っていて、愛猫と戯れるには最適そうだった。
 猫飼っとるって話、したかなあ。記憶にはないけれど、こんなプレゼントを用意してくれたぐらいだ。いつか何かの話の流れで猫を飼っていると言ったのかもしれない。だとしても、よお覚えとったなあ。

 昨日のあの話の流れから、もしかして彼女がおれの気持ちに気付いてそれらしいことを言ってきてくれやしないかと期待していたのだけれど、現実はそう甘くなかった。というか、このままの状態では、おれは一生彼女に本気だと信じてもらえないのではないだろうか。
 はあ。溜息を吐く。イケメンってなんやねん。ハイスペックってどこらへんが? そんなんが理由で好きな子に本気になってもらえないなら…、

「おれ、イコさんの顔になりたいっすわ」
「何!? ええで! 今すぐ交換しよ!」

 昼休憩以降、悶々と考えていたせいで、学校が終わってから作戦室に赴きイコさんの顔をぼんやり眺めていたおれは、よく分からないことを口にしてしまっていた。
 目を輝かせているイコさんは純粋に喜んでいるようだけれど、そんなことが簡単にできたら苦労はしていないし、もしできたとしてもおれの性格でイコさんの顔はないと思う。その逆もまた然り。

「……やっぱ遠慮しときます」
「なんやねん! めっちゃ期待したやん!」

 もしこうだったら、と嘆くより先に、おれはもう少し真正面から彼女にぶつかってみようと決意した。イコさんとの顔面交換作戦は、その後でも遅くはないだろう。

直線でしか射抜けない