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「#幼馴染」のBL小説を読む
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 出水くんは凄い人らしい。
 らしい、というのは、私が得た情報が本当かどうか分からないからだ。彼がボーダーに所属しているのは有名な話だけれど、この学校には彼の他にも沢山のボーダー隊員がいる。だから、ボーダーに所属しているだけで一概に「凄い」とは言えない。もっとも、ボーダー隊員でもなく守られるだけの立場である私が偉そうにそんなことを言う権利はないのだけれど。
 では彼の何が凄いのか。これも本当かどうか分からない情報なのだけれど、彼はボーダー内でもトップクラスの実力の持ち主だという。実力といっても、私にはボーダーの人達がどうやってネイバーと戦っているのか知らないので、これもまた何をもってして、どれぐらいの人がトップクラスに分類されるのか分からないから判断のしようがなかった。

「ねぇ出水くん、ちょっといい?」
「いいけど。何?」
「出水くんって凄い人なの?」
「は? それはおれが自分で判断することじゃなくね?」
「そうだよね、私もそう思う」
「……みょうじさん、変わってるって言われない?」
「何考えてるか分かんないとか不思議ちゃんって言われたことはあるけど、変わってるって言われたことはないかな」
「あ、そう」

 分からないことを分からないままにしておきたくない性格の私は、本人に直接訊いてみるという突拍子も無い行動に出た。彼が「自分の凄さは自分が一番分かる!」という自信満々タイプだったら、あるいは自分の凄さについてプレゼンテーションしてくれるのではないかと思ったけれど、どうやら彼は謙虚なタイプらしい。これで本当に実力もあって力を誇示しない人ならば、私の中の彼の株は急上昇だ。
 同じクラスではあっても、彼とはそれほど話をしたことがない。こうして私から話しかけたのは、英語の授業のペアリングで会話をした時を除けば初めてのことである。きっと、ほとんど話したことのないクラスメイトから急に意味の分からない質問を投げかけられて、彼は内心かなり怪訝に思っていることだろう。

「なんでそんなこと訊いてきたの?」
「出水くんは凄いって女の子達が話してたから、何がどう凄いのかなって気になって。自分は凄いって自覚してるのかなっていうのも気になったし」
「ふーん。凄い、ねぇ」

 一応褒められているはずなのに、彼はそれほど嬉しそうな様子を見せることなく私に視線を寄越してきた。彼は座っていて私は立っているから、見上げるような格好でこちらに顔を向けている。
 凄い。この言葉は相手を褒めているようでいて、実はひどく曖昧な表現だ。何が凄いのか、どこが凄いのか、どう凄いのか。抽象的すぎて何も伝わってこない。ゆえに、私はこの言葉があまり好きではなかった。もしかしたら彼も、私と同じ考えを持っているタイプの人なのかもしれない。

「私、出水くんに興味湧いてきちゃった」
「何それ。どういうこと?」
「出水くんのこと、もっと知りたいなと思い始めました」

 素直に率直な感想を伝えれば、彼は、ふはっ、と笑ってから言った。

「やっぱみょうじさん、変わってると思うわ」
「そうかな」
「でもそういうの、いいと思う。おれは嫌いじゃないよ」

 何がおかしいのか、彼は発言の度にくすくすと笑いを零していた。まあいいや。「なんだコイツ」って迷惑そうな視線を向けられるよりよっぽど良いし。

「おれのこと、なんでも訊いていいよ。答えられることは何でも答えるから」
「ほんと?」

 昔から探究心が強い子だと言われてきた。おかしなことに着目して、普通とは違う考え方をする子だ、と。
 その言葉の真意として、褒めているのか貶しているのかは分からない。ただ、私の性格は変わらないままだから、分からないことや有耶無耶になっていることを追求できるのは、私にとって大きな喜びだった。
 今回のパターンでいくと、出水くんという不確かな凄さをもつ個体の不明瞭な部分を明らかにしていけるというのは、快感以外の何ものでもない。私の胸は踊り出していた。

 なんとも都合が良いことに、今は放課後。クラスメイト達も次々に帰って行き、日直の子もそろそろ日誌を書き終えて帰ろうかという頃だ。このまま彼の生態調査に乗り出すには絶好のタイミングである。
 ただ、私は帰宅部だからたっぷりと時間があるのだけれど、ボーダー隊員である彼は忙しいのではないだろうか。気にはなったけれど「質問どうぞ?」と言ってきたということは、私に付き合ってくれるということなのだろう。
 私は彼の隣の席の人の椅子を拝借し、聞き取り調査を始めた。出身中学校、好きな食べ物、嫌いな食べ物、どうしてボーダー隊員になったのか、仲の良い友達、座右の銘、その他諸々、考え付く限り質問を投げかける私に対して、彼は本当に何でも答えてくれる。
 私のことを変わっていると言ったけれど、彼も十分変わっていると思う。いまだかつて、私の探究心を満たすことに付き合ってくれた人はいない。しかし彼はご覧の通り、嫌そうな顔も迷惑そうな素振りも見せず、私に付き合ってくれている。
 世間では彼のような人を優しいというのだろうか。話しているうちに、私は彼の凄さが少しずつ理解できてきたような気がした。ボーダー云々のことは相変わらず分からないままだけれど、人間性の部分で。彼は確かに「凄い」。

「出水くんのこと凄いって言ってた子達の気持ち、ちょっと分かったかも」
「おれ、今みょうじさんの質問に答えてただけなんだけど」
「うん。そうなんだけど、それがなんていうか、凄いよなあって」

 言葉で表現するのは難しい。だから皆、曖昧な言葉で彼を褒め称えているのかもしれない。当然のことながら、彼は私のふんわりとした的を得ていない説明に納得できていないようで「うーん」と唸っている。

「ま、おれが凄いか凄くないかはどうでもいいんだけどさ」
「うん……うん?」
「おれのこと、ちょっとは分かってくれた?」
「少なくとも昨日よりは色んなことが分かったと思うよ」
「それなら良かった」

 彼はそんな、私からしてみれば非常にくだらないことを確認して、満足そうに笑顔を見せた。そういえばまじまじと顔を見たことはなかったけれど、彼の顔の作りはなかなか整っている。話しやすくて、優しくて、凄い人。彼はもしかしなくても、なかなかの優良物件なのではないだろうか。
 私は今まで、「気になる」「知りたい」という理由以外で人に深く関わろうと思ったことはないけれど、彼には初めてそれとは違う感情を抱いた。それこそ、言葉では上手く言い表せないような、形の見えない気持ちである。

「出水くん」
「今度は何?」
「私は出水くんのこといっぱい知れたけど、出水くんは私のこと何も知らないよね」
「あー…うん、まあ、」
「興味ない?」
「…いや、ちょうど訊きたいことあったんだよね」
「いいよ。私も、何でも答える」

 人に質問をされる機会は滅多にない。私は少し前のめりになって彼からの質問を待った。

「好きな人っている?」

 予想外すぎる質問に、私は思わず身体を引いてしまった。私のように、機械的な質問ではない。きっと友達同士で会話をするならこんなノリなんだろうなと思わせる軽い口調だった。
 好きな人。お父さんとお母さん。…みたいな答えを求めているわけではないということぐらい、私でも分かる。彼のことを知る前の私なら「好きな人っていうのはどういう意味で?」とか「それは異性限定?」とか、質問をし返していたかもしれない。
 しかし、今の私はそれらの質問を投げかけようという気が起こらなかった。彼の質問の意図が、なぜかなんとなく分かってしまったような気がするからだ。
 私が答えに迷っている分だけ、沈黙が長くなる。彼は「早く答えて」と急かすことなく静かに待ってくれているけれど、答えてくれるまで逃がさないという鋭い視線を向けているあたり、抜け目なさそうだ。

「まだなんとも言えないんだけど」
「うん」
「出水くんのことは好きになれそうだなって思ってたところ」

 隠したって仕方がない。隠し方も答え方も正解が分からない。だから私は、思っていたことをそのまま口にする。
 彼は正面で目をパチパチさせるだけで微動だにしていなかったけれど、やがてまた、ふはっ、と愉快そうに笑った。彼の笑いのツボが、私にはイマイチ理解できない。

「みょうじさん、やっぱ変わってる」
「それはさっきも聞いたよ」
「うん。でももっかい言っとく。そういうの、いいと思う。おれは好きだよ」

 さっきは「嫌いじゃないよ」だった。それが「好きだよ」に変わった。それに特別な意味はあるのだろうか。
 彼と視線を合わせる。けれど、どちらからともなくすぐに逸らした。困ったな。彼のことがもっともっと知りたくて仕方がない。そして、自分のことも、もっともっと彼に知ってほしいと思った。

或る日の尋問が結ぶ糸