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「#幼馴染」のBL小説を読む
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 犬飼くんは人気者だ。まず見た目がイケメン。というか、整った顔立ちをしている。そして取っ付きやすい性格。進学校に通いながらボーダー隊員としても活躍していて、勉強もスポーツもできるというスーパーマン。そんな彼だから、勿論、女の子にはモテモテである。
 私は三年生になって同じクラスになってからというもの、彼のことを目で追い続けていた。少しストーカーみたいだけれど、私みたいな何の取り柄もない普通の女子生徒が近付いていい存在ではないような気がして、近付けなかったのだ。
 しかし、そんな私に突然の転機が訪れた。放課後、担任の先生に頼まれて授業で使うプリント教材をまとめていた時に犬飼くんが現れて、図らずも二人きりというシチュエーションになってしまったのである。
 彼は何か忘れ物でも取りに来たのだろうか。自分の席の机の中をごそごそと漁った後「何やってんのー?」と私の方に近付いてきた。この時点で私の緊張は最高潮に達している。

「先生に頼まれてプリント教材をホッチキスでまとめてたの」
「一人で?」
「うん。私帰宅部だし。特に用事もないから」
「ふーん…」

 そう呟いた彼は、何を思ったか私の前の席の椅子に跨るようにして座り、背もたれの部分に肘をついて私のことを眺め始めた。さっきよりも数倍距離が近い。
 先ほどまでは私一人だった空間に彼が現れた。それだけでも恐るべきことなのに、ものの数分で更に色んなことが一気に起こりすぎて、私の手元は覚束なくなってしまった。
 しかし、顔を上げることはできない。だって私の目の前には犬飼くんがいるのだ。ここで顔を上げてしまったら、彼と至近距離で見つめ合うことになってしまって命取りだ。ここはとりあえず作業に没頭しているフリをしてやり過ごすしかない。私はどうにかこの場を乗り切るために、一生懸命話題を探す。

「犬飼くんは忙しいんじゃないの?」
「うーん、どうだろ。そこそこ忙しいけど今日は時間あるよ」
「そ、そうなんだ」
「おれがいたら邪魔?」
「そういうわけじゃないんだけど!」

 断じて邪魔ではない。けれど、気にはなる。すごく。そして全く作業が捗らない。あともう少しで終わりそうだったのに、このままでは永遠に終わらないような気さえしてくる。それほどまでに彼の存在は私にとって大きなものだった。
 ホッチキスでプリントをとめるという単純作業なのに、彼が現れてからというもの何度もとめそこねてホッチキスの芯を無駄にしてしまっている私。彼はそれを黙って見ているだけだ。もしかしたら「不器用な子だなあ」と思われているのかもしれない。
 カサカサ。トントン。カシャン。プリントをまとめて机でトントンと整え、ホッチキスでとめる。それだけの音しか聞こえない教室内で、私の心臓の音はどんどん大きくなっていくような気がした。このままでは彼に聞こえてしまうんじゃないだろうか。そんな懸念をし始めた時だった。

「ねぇ、なんか顔についてる」
「えっ? ど、どこ?」
「右のほっぺたのとこ」
「ゴミかな? 鏡…」

 突然声をかけられたことにも驚いたけれど、俯いている私の頬についたゴミなんてよく見えたなと、そっちにも驚いた。恥ずかしい。一体いつから見られていたのだろう。そしてゴミはいつからついていたのだろう。私は手鏡を取り出そうと制服のポケットに手を突っ込んだ。
 しかし、それを取り出すより前に衝撃的なことが起こった。彼の手が私の右頬に伸びてきたのだ。思わず身を引く。が、私の動きより彼の動きの方が何倍も早い。

「こっち向いて」
「え、いや、あの、」
「ゴミ、取ってあげる」
「ちょっ…!」

 私は「ちょっと待って」と発言することすら許してもらえなかった。手だけではなく彼の顔がどんどん近付いてきて、声が発せなくなってしまったからである。近い近い近すぎる。このままでは顔がぶつかってしまうのではないだろうか。
 ゴミってそんなに近付かないと取れないもの? ていうか私、自分で取れると思うんだけど。いやその前にこの手を離してもらわないと死んでしまう。実際には死なないけど、気持ちの問題で死んでしまう。
 ぎゅっ。もう全てがキャパオーバーすぎて、私は思わず目を瞑ってしまった。すると一秒後、ちゅ、と小さな音とともに唇に何かがぶつかる。瞑っていた目を勢いよく開けて、ガタガタッという音を立てて慌てて椅子から立ち上がる私。
 だってだって今のって! いやそんなまさかとは思うけど、近付きすぎて事故的にぶつかってしまったのだろうか。口元に手の甲を当てて隠す。今、私の顔は茹でダコもびっくりの赤さになっていることだろう。
 犬飼くんは椅子に跨って座ったまま立ち尽くしている私のことをニコニコした笑みを張り付けて見上げていて、何が何だかさっぱりわからない。あれ? さっきの感触は私の気のせい? もしかして夢だったの? そんな考えに陥り始めてしまう。

「座って? これ、終わらせなきゃいけないんでしょ?」
「そ、そうだけど、」
「もしかして、キス、初めてだった?」
「なっ…さ、さっきのってやっぱり本当に、き、きす…っ」
「好きな子と二人きりになったらしたくなるでしょ。普通」
「え、まっ、ちょっ、なに、犬飼くん、お、おちついて、」
「おれは落ち着いてるけど」

 うん、それはごもっともな意見だ。動揺しているのは明らかに私の方。でもそんなの仕方ないじゃないか。情報量が多すぎるんだもの。
 いまだに狼狽えて立ち尽くしたままの私に、彼が椅子から立ち上がり近付いてくる。なんとなく後ずさってしまったけれど、すぐに誰かの机にぶつかって足が止まった。目の前に彼が迫っている。やばい。私はまた咄嗟に目を瞑る。

「そんな顔してたらまたキスしちゃうよ?」
「それは、っ!」

 だめ。そう言う前に言葉ごと飲み込まれた。
 目を開けた瞬間に彼と視線が交わって、本日二回目となる唇への感触。後ろに身体を仰け反らせた拍子にガタガタと音を立てる机と椅子。私の心臓は今にも飛び出してしまいそうだ。

「ごめんね、我慢できなくて」
「な、なんで、」
「あれ。さっき好きな子って言ったの聞こえなかった?」
「そんな、まさか、」
「……返事、聞かせてくれない?」

 ちょっと動いたらまた唇が触れてしまいそうな距離で詰め寄る彼に、私は為す術なく固まる。
 誰かが来てしまうかもしれない。廊下から見られているかもしれない。そんなことを考えたりもしたけれど、今はそれどころではない。私は目の前の彼に伝えなければならないことがあるのだ。

「わ、わたし、も、すき、です」
「うん。知ってる」
「え」

 ガタン。ちゅ。
 一体いつから? 今日ここでの出来事は彼によって仕組まれたものだった? 何が何だか分からぬまま三度目の事故。私は呆然と彼の顔を見つめることしかできない。
 あの、犬飼くん。とりあえず離れてもらっていいですか。このままだと私、本当に死んでしまいます。
 そう言いたいのは山々だけれど、私はあまりの驚きで声の出し方すらも忘れてしまった。ぱくぱくと金魚のように口を開閉させるマヌケ面を曝してしまったけれど、どうか見なかったことにしてほしい。

「あれ、終わらせちゃおっか」
「え。あ、うん」
「で、一緒に帰ろ」
「そそそそれはちょっと!」
「なんで? キスした仲じゃん」

 ガタガタガタッ。動揺のあまり危うくよろけて転けてしまうところだった。まったく、彼と二人きりで過ごすのは心臓に悪すぎる。
 遊びであんなことを三回もされたとは思いたくないけれど、どこまでが本気なのかも分からないし、好きという言葉も信じて良いものかどうか。彼のことは好きだけれど、信用できるかどうかはまた別問題だ。
 私がぼけーっとしている間に、彼は何事もなかったかのように私が先ほど手間取っていた作業をサクサクと終わらせ、全ての教材をまとめていた。仕事が早い。
 元々私がやっていた作業なのに彼にやらせてしまっては申し訳ないと思い「私が持って行くよ」と言えば、キョトンとした顔をされて嫌な予感がした。また、心臓に悪い出来事が起こる気がする。

「これはおれが持つから、なまえちゃんは自分の鞄持って」
「なっ、なんで私の名前…!」
「そりゃ知ってるよ。好きな子の名前ぐらい」
「もう…勘弁して……」
「ああごめん、今は好きな子じゃなくて彼女だったか」

 これは確信犯だ。私が動揺すると分かって言ってきている。それが分かっていてもワタワタしてしまうのだから手の打ちようがない。
 犬飼くんの彼女。私が。実感が湧かなすぎて他人事のようだ。しかし、彼と廊下を歩いている間にじわじわと込み上げてきたもののせいで、私は職員室で先生に「顔が赤いぞ。大丈夫か?」などと言われてしまった。
 隣でくすくす笑っている犬飼くん。頼むからこれ以上、私のことをもてあそばないでください。そう思ったけれど、彼が私の彼氏になってしまったからには、その願いは聞き入れてもらえないに違いない。

放火後の罪は重い