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 フラれた。理由は分からない。というか、理解できなかった。毎回同じようなことを言われているような気がするが、前回のことをほとんど覚えていないから気のせいかもしれない。風間さんに、世間話のひとつとしてフラれたという事実を話したら「学習能力がなさすぎる」と呆れ果てた顔をされてしまったが、恋愛に学習能力は必要ないと思う。
 現に、俺は馬鹿だが女経験豊富。それに引き換え賢いはずの風間さんは女の「お」の字も知らないと思う。俺の見立てによると、風間さんはほぼ間違いなく童貞だ。学習能力があったって恋愛ができるとは限らない。それをまざまざと見せつけることができる良い例である。
 そんなわけで、俺は二週間ほど前から絶賛彼女募集中の身となった。ボーダー隊員、しかもA級一位部隊の隊長という肩書きがあれば、どれだけ馬鹿でも女が寄り付いてくる。これもまた風間さんからの有難いお言葉で「好きでもない女と関係を持っても意味がないだろう」と言われたことがあるが、俺は意味がないとは思わない。俺も、そして相手の女も、それなりに楽しい時間を過ごして欲を発散することができるのであれば、そこには大きな意味があると思うのだ。
 人間にも動物的本能ってもんがある。三大欲求として、食欲、睡眠欲と並んで性欲が挙げられているのを風間さんは知らないのだろうか。自分の子孫を残したい、そのためにはセックスが必要。男はそういう本能が備わっているのだ。そう考えれば、俺はかなり正常な人間だと言える。本能を抑え込んで生活している風間さんは、そのうち病気になると思う。

「太刀川、今すっごい馬鹿なこと考えてるでしょ」
「彼女ほしい、セックスしてぇ」
「馬鹿っていうか最低じゃん」
「いや、普通だろ。健全な男なら大体そう思ってる」
「そのうち女の子に刺されるんじゃない?」
「俺を刺せる女か。ぜひ手合わせしたい」
「常にトリオン体でいるわけじゃないんだから気を付けなよほんとに」

 うちの隊の作戦室で呑気にうどんを啜っている女は、俺と同じく攻撃手。ついでに弧月使いであることも同じだ。俺には遠く及ばないが、まあそこそこ強い。米屋あたりといい勝負ができるぐらいだったかな。最近は個人戦をしていないから、もしかしたらもう少し強くなっているかもしれない。
 ちなみに年齢も同じで大学も同じ。俺の単位がやばいと知って、風間さんと共によく窮地を救ってくれる。そういう意味ではいい女だ。

「そろそろ本命彼女作れば?」
「いつも本命だと思って付き合ってる」
「嘘でしょ!?」
「いや、本気で」
「まともにデートもしたことないくせに?」
「デートって必要か?」
「…私は太刀川と付き合ってきた子達が不憫でならない」

 箸を止めて項垂れる女に、親切にも「うどんのびるぞ」と声をかけてやったというのに、めちゃくちゃ呆れ顔を向けられた。そこは感謝すべきところだろ。
 俺は女が自分の分のおまけで作ってくれたうどんを啜りながら考える。本命彼女ってのはどうやって作るものなのだろう。今までの彼女のことは嫌いじゃなかったし、イイ女だなと思ったから関係を持った。俺はボーダー隊員だから防衛任務が入ったらそっちが優先になること、日々の鍛錬(主にランク戦)で忙しいから思うように会えないことは、常に付き合う前から伝えてある。それなのに、俺の元を去る女は大体似たようなことを言うのだ。「太刀川くんは私のことを彼女だと思ってないでしょう?」と。
 彼女だから、キスもハグもセックスもしていた。それなのに彼女達は俺にそんなことを言う。大切にされていないと感じるとか、私がいなくても困らないと思うとか、もっと一緒にいてほしかったとか、そういうことも散々言われた。確かに、彼女がいなくなったからって取り急ぎ困ることはないかもしれないが、欲の吐き出し口がないのは大問題だ。素直にそう伝えたら大泣きされたこともある。
 女ってのは難しい。男と女の脳は根本的な作りが違うらしいから、考えを通わせるのは至難の業だと聞いたことがあるが、まったくその通りだと思う。目の前で再びうどんを啜り始めた女のように、もっとあっさりさっぱりしていたら楽なのに。

「みょうじが俺の女になればうまくいくような気がする」
「ぶふっ」
「汚ぇな」
「太刀川が変なこと言うからでしょ!」
「俺は大真面目だ」

 噴き出したうどんをティッシュで掻き集めて口元を拭いながら、宇宙人を見るみたいな目付きで俺に視線を送ってくる女に、メリットを説明してやる。
 同じボーダー隊員なら本部内で会える、イコール、デートができる。散々俺とつるんできたから(というか面倒を見てくれていたというべきか)俺の性格を熟知している、イコール、余計なトラブルが起こらない。何より俺が楽に付き合えそうだと判断した。これが一番のポイントだ。
 俺の非の打ち所のない説明を聞いて感心しているのか、ぼけっとだらしない顔をしている女に再び「うどんのびるぞ」と声をかけてやる。俺はこう見えてなかなか優しいのだ。

「太刀川、なんで男と女が付き合うか分かってる?」
「セックスするため」
「違う! お互い好きだから付き合うの!」
「じゃあそういう理由でもいい」
「じゃあって何? 太刀川は私とセックスがしたいから付き合いたいってこと?」
「それは違うな。今のところみょうじの身体にはそそられてない」
「あっそう! じゃあ他をあたって!」

 よく分からないが、女は突然スイッチが入ったように怒り始めてしまった。これは一体どうしたことか。困った。本音を言うべきではなかったのだろうか。そうだったとしても、俺には何をどのように答えるのが正解だったのかいまだに分からない。
 もの凄い勢いでうどんを啜った女は、こんな時でも律儀に「御馳走様でした」と手を合わせていて、そういうところは好感が持てると思った。お互い好きだから付き合う。その原理に則ると、俺は女のことが「好き」だ。だから付き合っても良いと思うのだが、女はそれでは納得しそうにない。

「みょうじ、待て。おまえのこともそのうち抱きたくなると思う」
「どんだけ最低なの?」
「そそられないって言われて怒ってたんじゃないのか」
「それもあるけど、それだけじゃないし。ていうか太刀川が太刀川のままだったら私はこの先一生、太刀川とは付き合わないから」

 そんな捨て台詞を吐き捨てて立ち上がり、食器を片付けに行った女の後姿を呆然と見送る。俺が俺のままだったら一生付き合わないって、そんなの確実に付き合えねぇだろ。どうういう意味だ。俺に死ねってことか。
 あの女に固執する必要はない。そんなことは百も承知なのに「どうやったらみょうじと付き合えるのか」ということを考え始めてしまっているあたり、俺は俺じゃなくなってしまったのかしれない。ということはみょうじと付き合えるのでは?
 残っていたうどんを急いで掻き込んで立ち上がる。そして、食器を洗っている女に「さっき俺は俺じゃなくなった!」と声をかければ「何言ってんだこいつは」みたいな顔で振り返られた。まあそうだよな。俺も自分で自分が何言ってんのか分かんねぇ。

「もしかして太刀川って今まで告白したことない?」
「告白? そういえばないな」
「自分から誰かに付き合ってくれって迫ったことないの?」
「……ない」

 女は出しっぱなしになっていた蛇口の水を止め、はあ、と息を吐く。これはあれか、また呆れられているのか。ということは、俺はまた「他をあたれ」と言われるのだろうか。そんなことを考えていたら「その食器も洗うから貸して」と言われた。手に持っていたそれを渡す。女が洗い始める。なんだこの、何事もなかったかのようなやり取りは。
 俺の分の食器もちゃっちゃと洗い終えた女は、手を拭いて身体ごと俺に向き直る。その顔は、呆れても怒ってもいないように見えた。だが、何を考えているのかはちょっとよく分からない。

「今は、太刀川とは付き合えない」
「今は?」
「そう、今は」
「…条件は?」
「ちゃんとした告白ができるようになったら、かな」

 ちゃんとした告白。あれか、好きです付き合ってください、ってやつか。今言おうと思えば言えるが、たぶんそういう意味じゃないんだろう。馬鹿な俺にも、それぐらいは分かる。

「私の身体にそそられて抱きたくて堪らなくなったら考えてあげる」

 それが本気なのか冗談なのか。俺は笑みに隠された真実に辿り着くことができぬまま、作戦室を出て行く女の後姿を眺めることしかできなかった。みょうじの身体にそそられて抱きたくて堪らなくなったら? 悪いがその条件なら、今クリアしてしまった。
 ついさっきまでそういう対象と見做していなかった女に、今はこんなにもそそられている。理由は、よく分からない。が、あのよく動く口から出る甘ったるい啼き声を想像したらやっぱりムラムラしてきたことは間違いない。だからとりあえず、俺は今からあの女に「告白」しに行ってみようと思う。

欠陥品、返品不可