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「なぁ、サボっていいの?」
「んー? うん。いつものことだから。勇くんと一緒」
「なまえさんと一緒にしないでほしいなぁ……俺は昨日の夜任務だったから休憩が必要なの」
「うんうん、その言い訳は聞き飽きたよ」

 なまえはにっこりと笑みを浮かべながら、寝転がっている当真の上に馬乗りになった。制服のスカートは規定の長さよりも随分と短くて、当真の身体を跨ぐとかなり太腿が露わになってしまう。
 普通の男子高校生であれば、こんな大胆な行動を取られたら少なからず動揺するか、もしくはその気になってしまうだろう。しかし当真は、そのどちらでもなかった。「まただよ」と言わんばかりに溜息を吐いたのだ。
 なまえは当真と同じ学年だが、留年しているので年齢はひとつ年上にあたる。それゆえに「なまえさん」という呼び方をしていたが、呼び方以外は同級生に接するそれと何ら変わりなかった。
 変に気遣われることもなければ、距離を置かれることもない。煙たがられることもない。なまえはそれに心地よさを感じていた。そしていつの間にか、自分が恋愛感情を抱いていることに気付いてしまった。

「勇くん、しようよ」
「またそういうこと言うんだから」
「私はいつも本気なのに」
「俺じゃなくても相手してくれるヤツいそうだけど」
「ヤキモチ? 可愛いね」
「違うっつーの!」

 二人の関係は同級生、あるいは先輩後輩という、ただそれだけだった。なまえが当真を組み敷くのはよくあることだが、だからといって身体を重ねたことは一度もない。いつもなまえが仕掛けて、当真がかわす。そういう関係。
 当真はお世辞にも頭が良いとは言えないが、その手のことに関して馬鹿というわけではなかった。だから分かっていたのだ。なまえの言葉を本気にしてはいけないと。ほんの少しでも期待して手を出そうもんなら、その瞬間、なまえは自分に興味を示さなくなると。だからどうやっても、興味のないフリをするしかなかった。

 昼休憩を終えた五時間目の真っ最中。空はどこまでも青くて、風は時折ぴゅうっと吹き抜ける程度。もうすぐ夏が始まる。そんな季節。
 春先に屋上で出会った時は、お互いに「コイツもサボりか」ぐらいにしか思わなかった。しかし、そんなことが二度三度と続けば、どういう人物なのか気になってしまうのは必然。それは「惹かれ合った」というには足りないぐらいの陳腐な引力だったが、磁石程度の威力はあったらしい。

「いないよ。勇くん以外」
「だとしても、俺はこんなとこでするほど盛ってねーし」
「じゃあ保健室行く?」
「なんでそんなにしたいのかねぇ」

 当真の呆れたような一言に、なまえは口を噤んだ。
 なまえは別にセックスが好きなわけではないし、俗に言うビッチというわけでもない。なんなら、セックスは数えるほどしか経験したことがなかった。それでも当真とはセックスをしたいと本気で思っている。それはなぜか。
 なまえはセックス自体を望んでいるわけではなかった。セックスをすれば、当真は自分のものになるかもしれない。既成事実を作ってしまえば、自分から逃げられなくなるのではないか。そんな考えの成れの果て。
 理由はない。ただビビビッと感じた。ああ、好きかも、と。当真なら自分を受け入れてくれるかも、と。なまえは根拠もなく、当真に、自分を委ねてみたいと思ったのだ。
 しかしそれを伝えることはできない。「何言ってんの?」と拒絶される覚悟は、できていないから。遊びのように戯けてみせながら本音を伝える。そうすることだけで精一杯だった。

「セックス嫌い?」
「まさか。男なら誰でも大体好きなんじゃねーの?」
「じゃあなんでしてくれないの」
「だから、なんでそんなにしたいのかって訊いてんだけど」

 なまえから見て当真は、そういう理屈っぽいことを考えるような男には見えなかった。したいからする。それで良いと思っていそうな男という印象があったのに、こうも理由を追求してくるのは意外だった。そしてそんな意外な一面が、なまえの中の当真の存在を更に大きく特別なものにさせる。
 一方当真は、完全に、自分は遊ばれていると思っていた。だからこそ本気にしてはならないと自身に言い聞かせ、のらりくらりとかわしていたのだ。しかし、その膠着状態の攻防戦は、なまえの一言によってぐらりと揺らぎ始める。

「勇くんのこと、すきだから」
「な、」
「って言ったらしてくれる?」
「……びっくりしたー…マジのトーンだったろ今…」

 「すき」という単語を耳にした当真は、いまだに自分の上に乗っかったままのなまえに危うく頭突きしそうな勢いで身体を起こしかけた。が、続く言葉を聞いて重力に逆らうことを諦め、身体を地面にぺたりと戻す。
 うっかり期待してしまった。あれほど本気にしてはいけないと言い聞かせていたのに、「すき」というたった一言でボロが出そうになった。情けないことに当真の心臓は、人知れず鼓動を速めている。

 実のところなまえは、相当な覚悟を持って「すき」という単語を口にしていた。その言葉を言ってどういう反応をされるかによって、今後の自分の取るべき言動を決めようと思っていたからだ。
 当真は一瞬だけ驚いた表情を見せたが、嬉しそうな素振りは見せなかった。ゆえになまえは、人知れず落ち込んだ。自分は当真に女として意識されていない。つまりはそういうことだと受け止めざるを得なかったからである。

「ねぇ勇くん」
「しねーから。なまえさんとは。絶対に」
「セックスじゃなくて、ちゅーしよ」
「は?」
「ちゅーならいいでしょ」
「いや、よくはないっしょ」
「やだ。したい」
「ちょっ、マジで…!?」

 馬乗りになられている当真は、ボーダー隊員のくせに一般市民の女の子から逃げることができず、唇を奪われた。時間にしたら三秒ぐらい。一瞬とは言えない、むしろ当真にとっては永遠にすら感じられる時間だった。
 なまえはキスをすると、美しく微笑み当真の上から降りる。「もうこんなことしないから」という言葉を落としたのは、自分の中でケジメをつけるため。
 もうサボりはやめよう。サボるとしても屋上には来ないようにしよう。なまえはそう決心していた。このままでは上手に当真との距離を保てなくなってしまう。だからおかしなことになる前に離れなければ。そう考えたのだ。
 キスは思い出作りのつもりだった。いつかの未来で、あんなことあったなあ、と思い出すために必要なパズルのピースを作った、みたいな。そんな感じ。
 なまえは立ち上がって、短いスカートのシワを伸ばす。そして、きっともうこの場所で会うことはないだろうからと、見納めのつもりで当真を見下ろした。のに、そこにあるはずの当真の顔が見当たらない。

「勝手にあーいうことすんのはどうかと思うけど」
「…ごめん。だから、もうしないって、」
「俺にもやり返す権利あるよな?」
「え、っ、」

 目の前に突然現れた男の唇が、なまえの唇とぶつかる。ロマンチックさのカケラもない、下手くそなキスだ。
 それまで並んで立ったことがなかったから気付かなかった当真との身長差を、なまえはこの時初めて実感した。身を屈めてくれないと自分から口付けるのは難しいほどの差。しかし当真は、その差をあっさりと埋めたのである。

「セックス、してもいーけど」
「どうしたの。急に」
「だって、こういうことできなくなんの嫌だし」
「嫌なんだ」
「なまえさん、俺のことどう思ってこんなことしてんの?」

 怒っているわけではなく、やけに真剣な顔をした当真に見下ろされるなまえ。そのまま固まること五秒弱。先に動いたのはなまえだった。

「勇くんのこと、すきだと思ってるよ、私」
「その手には乗んない」
「うん。乗らなくていい。いいから、たまにさっきみたいなちゅーして。私からはしないから」
「……本気ですきならしてくれていいのに」

 そう呟いて唇を重ねた当真を、なまえは受け入れた。お互いの気持ちは交わらぬまま。確かめきれていないまま。それでもキスをした。馬鹿みたいに口付けをかわし続けた。今までそれらしいことを一切したことがなかったくせに、突然スイッチが入ったみたいに。
 五時間目終了のチャイムが鳴ったと同時に唇が離れる。そして、

「じゃあ、やっぱりしようよ」
「ちゅーを? セックスを?」
「どっちも」
「……俺んち来てくれんなら考える」
「わ、本気じゃん」
「本気だけど」
「勇くん、私のことすきになっちゃったって感じだね」
「すきになっちゃったって言ったらどーする?」

 探り合いの果て、二人が辿り着いたのは当真の家だった。つまりは、そういうこと。屋上での密会は終わりそうにない。

すきすきす