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はっぴーばーすでー!
 午後六時三十分。子どもたちはもうお風呂に入れた。料理も準備万端。後は彼の帰りを待つのみ。

「おとうさん、かえってくる?」
「うん。きっともうちょっとしたら帰ってくるよ」
「とっと〜?」
「そうだよ。帰って来たら何って言うんだったか覚えてる?」
「うん! はっぴーばーすでー!」
「正解! お歌も歌おうね」

 そう。息子の言う通り、今日は我が家の大黒柱である彼、勝己くんの誕生日。朝の出勤前に「今日はできるだけ早く帰ってきてね」とお願いしておいたから、相当なことがない限り、彼は早めに帰宅してくれるだろう。
 自分の誕生日を忘れるような人ではないから、私が朝どうして「早く帰ってきてね」などと言ったのか、その理由は分かっていると思う。サプライズにはならないけれど、家族揃ってお祝いすることはサプライズよりも大きな意味があるはずだ。
 そんなことを考えていると、がちゃり、玄関の鍵が開く音が聞こえた。噂をすればなんとやら。どうやら本日の主役が帰ってきたらしい。リビングの扉が開く。そして、

「ただい、」
「おとーさん! はっぴーばーすでー!」
「とっと〜!」
「ふふ、おかえりなさい」
「……ただいま」

 彼の帰宅の挨拶を掻き消す元気な子どもたちの声に、彼がゆるりと呆れたように笑う。子どもたちはお父さんが帰ってきただけで大はしゃぎしていて、なかなか落ち着きそうもない。
 彼が着替える間、私はテーブルの上に夜ご飯をセッティングしていく。辛いものが好物な彼のためのメニューと、子どもたち用のメニュー。二種類作るのは少し大変だったけれど、こういう特別な日じゃないとやらないことなので、私なりに一生懸命頑張った。
 彼は並べられた料理を見ただけでそれを理解してくれたらしく「気合い入ってんじゃねェか」と嬉しさを滲ませた声で呟いて席に着く。その一言だけでも頑張って作った甲斐があるというものだ。

 家族四人揃って夜ご飯を食べる。それは、一般家庭においては普通のことなのかもしれないけれど、忙しい彼がこの時間に帰ってくることは稀だから、我が家にとっては特別なことに分類される。
 子どもたちは食べこぼしが多いし、途中で遊び始めてしまったりお茶が入ったコップをひっくり返しそうになったり、それはそれは忙しい。ちっともお祝いムードではないけれど、彼は少し現状を楽しんでいるように見えた。
 そうして、賑やかな夜ご飯タイムを終えた頃合いを見計らって、私は冷蔵庫の中から誕生日に欠かすことのできない大事なケーキを取り出す。勿論、部屋を暗くしてろうそくに火を灯すのも忘れない。

「じゃあお歌うたおっか」
「うん! はっぴばーすでーとぅーゆー……」

 息子の歌声に合わせて、娘が楽しそうに手をパチパチと叩く。ろうそくの灯りがゆらゆら揺れて、それが幻想的で。

「はっぴばーすでーでぃあおとうさーん! はっぴばーすでーとぅーゆー!」
「勝己くんおめでとう!」
「ああ」
「ほら、ろうそくの火ふーってして」
「俺ァガキじゃねンだぞ」
「いいからいいから」
「ふーしないの?」
「ふー?」

 子どもたちに言われたら、さすがの彼も断りきれないのだろう。「なんでわざわざ火ィつけたんだよ」と、ぶつくさ文句を言いながらも、乱暴に息を吹きかけて火を消した。
 電気をつけて、改めて「おめでとう」を伝えながら、子どもたちとパチパチ拍手をしてお祝いする。ケーキは彼のリクエストではなく、息子のリクエストで苺がたっぷりのったホールケーキだ。
 普段、ケーキなどの甘いものは基本的に私しか食べない。息子も娘もそれほど沢山は食べないから、余ったら私の胃袋の中に収まるのがお決まりとなっている。
 しかし今日は、子どもたちが食べきれなかった分のケーキを、珍しく「俺が食う」と申し出てきた彼。きっとこのケーキが私の手作りだと気付いたのだろう。自分のために作ってくれたなら自分が食べるべきだとでも思ったに違いない。変なところで律儀な人だ。

「あのね、おとうさんにこれあげる」
「なんだ」
「おとうさんのおかお! かいたの!」
「……ん、ありがとな」

 ケーキも全てたいらげた後、私が食器の後片付けをしている時に息子が彼にプレゼントとして渡したのは、保育園で描いたというお父さんの似顔絵だった。三歳児の絵なんて、目と耳と鼻と口が描けていたら万々歳、ぐらいのクオリティだ。だからそこに描いてあるのが本当に彼なのか判断するのは難しい。
 けれども彼は何もつっこまず、息子の手から似顔絵を受け取り、その小さな頭をぐしゃりと撫でた。息子は得意げに「ぷれぜんとあげたー!」と言いながら家中を走り回っている。

「ほら、そろそろねんねの時間だよ」
「おとーさんとねるー」
「とっと、ねんね、ねんね」
「わぁーったから。歯磨きしろ」

 言いながら子どもたちを引き連れて洗面所に行った彼は、二人の歯磨きを済ませてくれたのだろう。そのまま寝室へと向かい、リビングに戻ってきたのは九時を回った頃だった。
 誕生日だというのに結局子どもたちの面倒を見させてしまったから疲れてはいないだろうか。私はソファに深く腰掛けた彼に「お疲れ様」と声をかけながらビールを出す。

「お前も持って来い。相手しろや」
「はーい。今日は勝己くんの願い何でも叶えまーす」
「何でもっつったな?」
「うわ。悪そうな顔」

 彼のご要望通り、私は自分の飲む分のビールを持って隣に座った。子どもが産まれてからというもの、私たちはお互いの誕生日の時にプレゼントというものを準備しなくなった。それは決して、お互いの誕生日を軽んじるようになったからではない。そういう特別なことをしなくても良い関係になったということだ。
 缶ビールの蓋を開け、二人でぐびりと喉に流し込む。私も彼も家ではそんなにお酒を飲まないタチなのだけれど、お酒が嫌いというわけではないので、こうしてたまに飲むと非常に気分が高揚する。

「これ飲んだら風呂入る」
「お背中流しましょうか?」
「もう風呂入ったんだろーが」
「うん。子どもたちと入ったけど、今日は特別な日だから」
「それは風呂の後も俺の好きにして良いってことだよなァ?」
「もう……いちいちそんな悪い顔しないの」

 私は子どもたちの母親である前に、あなたの妻なんだから。逃げも隠れもしませんよ。
 子どもたちの前ではお父さんとお母さん。でも、二人っきりの時は男と女でしょう? お酒の力を借りて、私は彼にずいっと近付く。ちゅ。自ら唇を重ねたのは、随分と久し振りのことでドキドキする。

「そんなんじゃ足んねえわ」
「続きはお風呂でする?」
「アイツら起こさねーようにできンのかよ」
「勝己くんが口塞いでくれたら声は出ないと思うんだけど」
「なまえ……もう酔ってんのか」
「ふふ、そうかな。そうかも」

 今日は勝己くんのお誕生日だから、なんていうのは建前で、本当は私、自分がそういうことしたかっただけなのかも、なんて。これじゃあお祝いにならないね。
 でも、これだけは毎年思ってる。生まれてきてくれてありがとう。