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おやすみのひのすごしかた
「おとーさーん! あっちだよー!」
「ノーコンか!」
「三歳児にそんなこと言ってどうするの」
「ぼーう! ぼーう!」

 日曜日の午前十一時前。天気は文句なしの晴れ。というわけで、私たち家族四人は自宅近くの公園までやって来ていた。
 三歳の息子はお父さんとボールの蹴り合いをしている。まだサッカーと呼ぶにはほど遠いけれど、これを続けていたら上手になるのかなあとまだ見ぬ未来を想像して楽しみになった。
 一歳の娘は私と一緒にブランコでゆらゆら揺れながら、のんびりとその光景を眺めている。ブランコが大好きな娘はご機嫌な様子できゃっきゃとはしゃぎながら、お父さんとお兄ちゃんを指差してしきりに「ぼーう」と連呼中。恐らく「ボール」と言っているのだろう。舌足らずながらも辿々しく言葉を発する娘は心底可愛い。

 それにしても、子どもの体力というのは恐ろしい。公園に到着したのは十時前だったと思う。そして今が十一時前だから、かれこれ一時間は遊び続けているというのに、子どもたちにはちっとも疲れた様子がない。
 公園に到着してすぐ砂場にダッシュして行った子どもたちは、持って行っていた砂場セットを広げて穴を掘ったりひたすらバケツに土を入れたりして暫く遊んでいた。私はそんな二人の間に座り、スコップ片手に土の山作り。彼は近くのベンチでそれをぼーっと眺めていた。
 やがて砂遊びに飽きたらしい息子は滑り台タイムに移行。娘もつられるようにして滑り台に移動したので、一人で滑ることができない娘とともに私も滑り台タイムを楽しむ。大人になったら滑ることなんてないから気付かなかったけれど、滑り台は足でセーブしなかったら意外とスピードが出るから結構危ない。

「勝己くん滑り台する?」
「しねーわ」
「意外とスピード出るし楽しいよ!」
「俺の爆速ターボより速いんか」
「そんなわけないでしょ。ジェットコースターじゃあるまいし」

 妙なところで張り合うのは相変わらず。呆れながら娘と何度目かの滑り台を謳歌する私を尻目に、彼は息子が明後日の方向に向けて蹴ったボールを難なく足でキャッチし、緩やかに蹴り返している。
 さて、もう十一時になろうとしているし、お昼ご飯の準備をしなければならない。とは思うのだけれど、この公園という子どもたちにとっての遊園地みたいな場所から帰るのはなかなか至難の業なのである。

「そろそろお昼ご飯食べに帰ろっか」
「やー!」
「やだー!」
「みんなの好きな焼きそばだよー!」
「やー!」
「やだー!」

 娘と息子の可愛い声は、案の定「嫌」という帰宅の拒絶を表明した。しかしここで活躍するのが、我らがヒーロー・お父さんだ。
 砂場に散乱していた砂場セットやボールを片付けた彼は、帰りたくないと駄々を捏ねている息子と娘に近付くと、その膝を折って子どもたちに視線を合わせる。小さなことかもしれないけれど、子どもと対等な目線で話をしようとする彼の姿勢が、私は非常に好きだ。

「腹へっただろ」
「あそびたいもん」
「食ってから遊べ」
「やだ!」
「今帰るなら肩車してやンぞ」
「かたぐるま……!」

 肩車という単語に反応した息子は、それまでと一変「おうちかえる!」と言い始めた。子どもは素直な生き物である。常に欲望に忠実。
 約束通り息子を肩車した彼は、次に娘に視線を向けて「抱っこしてやろうか?」と片手を広げて見せた。するとこちらも態度が一変。一目散にお父さんの元へ走って行った娘は、ひょいっと抱っこされてニコニコだ。

「重たくない?」
「お前より軽いわ」
「そりゃそうだけど!」

 まったく、失礼な言い方ではあるけれど、事実なので何も言い返せない。まあ、普段からプロヒーローとして要救助者を抱えたりしている彼からしてみれば、子ども二人を抱えるなんて朝飯前なのだろう。
 そんなこんなで家に帰って来た私たちは、宣言通り作った焼きそばを仲良く食べてお昼寝タイムに入った。一歳の娘は昼ご飯の途中からうとうとしていたこともあり、すんなり寝てくれたけれど、三歳の息子は眠たいくせに遊びたい気持ちもあってぐずぐずしている。

「おいで。一緒にねんねしよ」
「おとうさんは?」
「ねんねするよ。みんなでねんねしてまた遊ぼう」
「うん」

 午前中遊び疲れたらしく珍しく目を擦りながら頷いた息子は、彼の隣にこてんと横になった。寝かしつけはそれほど大変そうじゃないし、ここは彼に任せて私は昼ご飯の後片付けをしよう。
 彼にアイコンタクトで離れることを伝え、一旦寝室を出る。そして十分後、寝室に戻った時には、可愛い子どもたち二人は完全に夢の中。ついでに彼もすうすうと寝息を立てていた。子どもたち二人は寝返りを打って移動したらしく、横になるスペースは彼と壁の隙間ぐらいしかなかったので、私はそちらにお邪魔する。
 まじまじと彼の寝顔を眺め、改めて思う。横で眠っている子ども達にそっくりだ、と。普段は眉間に皺が寄りがちな彼だけれど、それがなくなった寝顔は少しあどけなく見えるから余計にそう感じるのだろう。そりゃあ親子なんだから似ているのは当たり前なのかもしれないけれど、それを目の当たりにすると微笑ましい気持ちになるというものだ。
 いつもこんな顔だったら皆に怖がられずに済むのに、とは思いつつも、この表情を知っているのは私と子どもたちだけなんだと思うと優越感もあったりして。そんなことを考えている間に、私はいつの間にか眠りに落ちていた。

 意識を浮上させたのは、それから三十分ほど経過してからのこと。子どもたちはまだ寝ているのか、泣き声も物音も聞こえない。
 ぱちぱち。何度か瞬きを繰り返して隣を見れば、先に起きていたらしい彼と目が合った。いつになく穏やかな表情で口元を緩めているところを見ると、なんだか機嫌が良さそうだ。

「そんなに昼寝気持ち良かった?」
「あ?」
「機嫌良さそうだから」
「マヌケ面は変わんねえな」
「へ? 何? 私のこと?」
「アイツらと同じ顔だった」

 幸せそうに眠る子どもたちにチラリと視線を送ってそう言った彼の表情は、相変わらず緩い。なんだ、私と同じことを思ってそんなに幸せそうな顔してくれてるんだ。そう思ったら嬉しくて、私は彼よりも更に緩んだ表情を浮かべてしまう。
 この子たちは正真正銘、私たちの子どもなんだ。それを実感したら愛おしさも倍増するというものだ。

「私もさっき同じこと思ったよ」
「俺はこんなマヌケ面じゃねェ」
「いやいや、寝顔は可愛いよ」
「はァ?」
「しー……子どもたち起きちゃうでしょ」

 何か反論したそうだったけれど、娘が「う〜……」と寝返りを打ったことにより、彼は言葉を飲み込んだ。昔の彼なら有り得なかったことだ。周りを気にして発言を止めるなんて。
 この変化は、大人になったから、というより、お父さんになったから、という理由で生じたものだろう。柔らかい表情の作り方も、以前より格段に優しくなった口調も、誰かに指摘されたからじゃない。自然と変わっていったのだ。

「私たちももう少し寝る?」
「そうだな」
「久し振りに腕枕してほしいなあ……なんて」
「ん」

 何の抵抗もなく差し出された腕に頭をのせる。今は子どもたちを挟んで寝るスタイルが定着しているので、彼の腕枕は本当に久し振りのことだ。前よりも更に逞しくなった腕と、変わらぬ体温に目蓋が重たくなっていく。
 さらり。何の気無しに触れられた髪。その手付きに、まだ子どもたちがおらず二人きりだった頃のことを思い出し、なんとなく気恥ずかしくなった。