×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -




おはようからおやすみまで
 私は週に三日から四日程度、彼の勤めている事務所とは別のヒーロー事務所で簡単なパートをしている。ので、仕事がある日の朝は子どもたちを保育園に送り届けなければならない。朝起きて、ご飯を食べさせ、歯磨きと洗面を済ませ、着替えをさせる。文字にすればたったこれだけのことだけれど、これがなかなか大変なのだ。
 まず寝起きの時点で子どものどちらかが泣いていたら、寝室から台所まで移動するということだけにかなり難航する。一歳児の方なら抱っこすればどうにかなるのだけれど、三歳児の方は下手に自我が芽生えてしまっているものだから「ご飯食べよう」と声をかけたぐらいでは梃子でも動いてくれない。「早く支度したら遊べるよ」「今日の朝ご飯パンとご飯好きな方選んでいいよ」とあの手この手を使って、どうにか台所まで自分の意思で来てもらわなければならない(やむを得ず引っ張って行くこともあるけれど、その場合はその後が更に面倒臭いことになるので極力控えるようにしている)。
 三歳児は自分で食べられるけれど、遊びながら食べることが多いから時々お茶や牛乳、味噌汁なんかを零してしまうし、一歳児は手づかみ食べの全盛期なので食事のたびにテーブルが悲惨なことになる。自分の食事なんてしたかどうか記憶がない。
 食事を終えても、歯磨きが苦手な子どもたちは洗面所に行かず走り回っているし、なんとか顔を洗って歯磨きを終えてもスムーズに服を着替えるところまで漕ぎ着けられないことがしばしば。そんなドタバタな子どもの身支度を整える作業を終えてから自分の準備に取り掛かるから、家の中がぐちゃぐちゃのまま家を飛び出してしまうことも多い。

 さて、そんな戦争状態の朝、彼は何をしているのかというと、私と同じように出社の準備をしている。不定休なので平日休みのこともあるのだけれど、朝はほぼ例外なくきっちり起きるのだから偉いと思う。これは子どもが産まれる前からそうだった。朝うんうん唸りながら起きているのは私だけで、彼は涼しい顔をして「そろそろ起きねーと遅刻すんぞ」と声をかけてくるのが日常。その代わり、夜は仕事で遅くならない限り日付が変わる前には布団に入る。規則正しい生活を遵守している人だ。
 子どもたちはお父さんが「オラ行くぞ」と言うと駄々を捏ねていても大抵言うことを聞く。それが「怒られたら怖いから」なのか「お父さんのことが大好きだから」なのか、はたまたそれ以外の理由なのかは分からない。兎に角、寝起きが最悪だったとしても、私があの手この手を使うより彼に対応してもらった方がスムーズだということは実証済みだった。なんせ彼には魔法の技「抱っこ」がある。子どもたちが小さいうちは、ある程度のことは「抱っこ」で解決できるのだ。

「勝己くん、今日燃えるゴミの日!」
「まとめてねーンかよ」
「忘れてた〜」
「おかーさーん! おしっこー!」
「え! トイレ行こ!」

 息子のトイレコールで私がトイレに行っている間、彼はゴミをまとめてくれる。私の余力があれば前日にまとめておいて玄関先に出しておくこともあるのだけれど、それをしていなかったとしても彼が気付いてまとめてくれることが多いから甘えがちだ。そしてゴミ捨て場に捨てに行くのは彼の担当。それは揺るがない。
 家を出るのは彼の方が早いから、子どもたちは毎朝彼と行ってらっしゃいのグータッチをする。これをせずに彼が出勤してしまったら、それはそれはもう三歳の息子が大泣きで大変なことになった。どれだけ時間がなくて急いでいても、玄関先でお父さんのお見送り。これが爆豪家の暗黙のルールだ。

「おとーさん、ねんねのときかえってくる?」
「何もなかったらな」
「みんなが良い子にしてたら帰ってきてくれるよ」
「ぼく、いいこにする!」
「毎日そう言ってっけどな」
「そんな言い方しないの。ほら、お父さんお仕事遅れちゃうからバイバイしようね」
「とっと〜ばいば〜い」
「おとーさんばいばーい!」
「行ってらっしゃい」
「ん。行ってくる」

 子どもたちとはグータッチ、私には頭ポン。それが彼のルーチン。私はもう子どもじゃないのに、と思う反面、それがあるから一日を乗り切ることができているような気もするので、子どもたちのためというより自分のためにお見送りをしていると言っても過言ではないかもしれない。
 そんな朝を乗り切ったら、送り迎えは簡単。私の“個性”である「テレポート」を使えば一瞬で終わるからだ。保育園の送り迎え如きで“個性”を使うのはよくないと知っているけれど、もはや保育園の先生にも保護者の皆様にもバレてしまっていることなので気にしないことにしている。

 そんなわけで保育園の送り迎えは基本的に私がやるのだけれど、体調不良の時やどうしても外せない用事があって難しい時には彼がやってくれる。ただ、彼はプロヒーローとして有名人なので、保育園に行くと大変なことになってしまうのが厄介なところ。保育園の登降園システムを説明するために初めて一緒に保育園に行った時は、子どもたちだけでなく保育園の先生や保護者たちまで浮足立っていて、非常に行動し辛かった。
 しかし彼が保育園の送り迎えをする姿はテレビで報道されている攻撃的な部分以外の家庭的な一面が見えるという点においてポイントが高かったらしい。彼の事務所関係者から、地味に好感度を上げている、という話をちらりと耳にした。
 ちなみに普段現れないお父さんが迎えに行くと、子どもたちのテンションは急上昇する。帰って来てからも一緒にお風呂に入り、夜ご飯を食べ、布団に行く。私が苦労しているのが馬鹿馬鹿しくなるほど、その一連の流れがスムーズなのだ。

「二人とも勝己くんのこと大好きだよねぇ」
「親に好きも嫌いもねえだろ」
「あるよ。私なんて毎日苦労の連続だもん。勝己くんが二人の面倒見た方が絶対スムーズ」
「母親には甘えてんじゃねーのか」
「わ。勝己くんからそんな発言が聞けるなんて意外。勝己くんもお母さんには甘えてたの?」
「ンなわけねェだろうが!」
「そこは否定するんだ」

 子どもたちが寝静まってからの二人だけの時間。それが私にとっては癒しでありご褒美。なんてったって彼を独り占めできるのだ。これ以上の至福はない。

「子どもたちがいないと静かだよね」
「そりゃあな」
「毎日疲れる?」
「なんで」
「仕事して帰って来て子どもたちの相手してくれるから」
「疲れるとしたらお前の方だろ」
「私はほら、お母さんだから」
「俺も父親だわ」
「ふふ、そうだね」

 爆豪勝己が父親。彼の友人たちではないけれど、その響きにはいまだに違和感を覚える。出会った時のことを思い出して今と比べると別人のように思えるけれど、今の彼も過去の彼も、当然のことながら同じ「爆豪勝己」なのだ。それがどうにもおかしい。

「子どもがいなかったら、勝己くんは勝己くんのままだったんだろうね」
「何わけ分かんねえこと言っとんだ。じゃあ今の俺は何なんだよ」
「お父さん」
「はァ?」
「お父さんと爆豪勝己を使い分けてる感じ」
「……それが不満かよ」
「ううん。大人になったんだなあって感慨に耽ってたところ」
「なまえもだろ」
「うん?」
「母親と爆豪なまえを使い分けてんだろ」
「そうだねえ。そうかも」

 親になったら、きっと無意識のうちに線引きをする。切り替える。子どもの前での自分と、そうじゃない時の自分。そして二人きりの時の私たちは親じゃない。ただの夫婦。ただの男と女。だから、時々無性に彼を欲してしまう。盛りのついた猫だと思われても仕方がないと思う程度には、求めてしまうのだ。
 隣に座る彼との距離をずいっと縮める。それに驚くでもなく拒絶するわけでもなく、平然とした顔で腰に手を回してくるのだから、彼は私のことを分かりすぎている。

「明日仕事は」
「休みだけど子どもたちはいつも通り保育園だよ」
「起きれんだろ」
「勝己くんはね」
「俺が送りゃいいんだな?」
「そんな条件なくてもいいんですけど?」
「上等じゃねェか」

 舌なめずりをする彼はすっかりお父さんの仮面を脱いでいて、雪崩れ込むように事を致してしまった。ちなみに、大口を叩いたわりに翌朝起きられない私に代わって彼が子どもたちの面倒を見てくれるという流れもルーチンとなってしまっているけれど、それは彼が手加減を知らないせいだから断じて私のせいではない。