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ぎゅーしましょ!
 彼に「赤ちゃんができた」と報告した時の反応は、今でも忘れない。驚きの中に嬉しさだけではなく何か負の感情を入り混ぜた、とても複雑で言葉では言い表しようのない表情をしていた。だから私は一瞬「もしかして子どもは欲しくなかったのかもしれない」と不安になったけれど、彼はすぐに言ってくれた。「仕事無理すんじゃねェぞ」と。
 当時の彼なりの、妊婦となった私の身体を気遣う精一杯の優しさを含んだ一言だったのだと思う。手放しで喜ぶ姿は見られなかったけれど、私が妊娠中だった時の彼は日を追うごとに過保護になっていったから、子どもができたことを嬉しいと思ってくれていて、無事に産まれてきてくれることを願っているんだなと感じた。
 結婚式に招待した彼のかつてのクラスメイトたちとの食事会の際、妊娠したことを報告した時の反応ときたら「爆豪に子ども!?」「爆豪がパパ!?」「爆豪子どもの面倒見れんの!?」「絶対泣かれるじゃん無理だって!」「食べちゃダメだよ!」とそれはそれは散々な言われようだった。けれど、そんなことが遠い昔のことに思えるのは、今の彼が思っていた以上に立派なパパになっているからだろう。

「おとーさーん!」
「あ? どした」
「あーそーぼー!」

 プロヒーローである彼の休みは不定期で、しかも緊急要請があって出動することもしばしばだから、休める時間は少ない。きっとたまの休みの日ぐらいゆっくりソファに座って微睡んだり、ぼーっとして過ごしたいだろう。しかし三歳の息子に手を掴まれた彼は、溜息を吐くことも面倒臭そうに顔を顰めることもなく「何すんだ」と言いながらすんなり立ち上がり、小さな手に引っ張られているのである。こんな光景、誰が予想できただろうか。
 我が夫ながら失礼だとは思うけれど、私は子どもができたと分かった瞬間から「彼は忙しいしあの性格上子どもの面倒は見ることができないだろうから私が頑張るしかない」と高を括っていた。彼は仕事、私は家事と育児。そうやって分業するのがベストだと思っていたのである。
 しかし、蓋を開けてみればどうだろう。彼は元々、家事を割と手伝ってくれる方だった。それも意外だったのだけれど、子どもが産まれてからは更に積極的に手伝いをしてくれるようになったのである。仕事の量は当然ながら減っていない。むしろ年々増えている。けれど彼は、料理も洗濯も掃除も、そして子どもの面倒を見るのも、私だけに押し付けることはなかった。
 育児なんて彼も私も当然初心者。だから子どもが産まれたばかりの頃は二人で苦労した。あの爆豪勝己が赤ちゃんに髪を引っ張られても顔をビンタされても「痛ェわ」とやんわり言うだけで止まっている光景を初めて見た時は、密かに感動したものだ。オムツの交換はずっと慣れないままだったけれど、衝撃的なことに、私よりも彼の方が寝かしつけは上手だった。私がトントンゆらゆらしてもぐずぐずしていた子どもが、彼の手に渡って暫くするとすうすうと寝息を立て始めるのだ。その度に「勝った」と言わんばかりの誇らしげな顔をされるのは、ちょっと悔しかった。
 いまだに我が子はお父さんの抱っこが好きだ。大きくてがっしりしているから安定感があるのかもしれないし、人より少し高い体温が心地良いのかもしれない。理由は不明だけれど、大号泣していても彼に抱っこされるとぴたりと泣き止む程度には「お父さんの抱っこ」には絶大なパワーがあるらしい。それはまあ、分かる。彼に包み込まれる幸せは、子どもより私の方が知っているはずだから。

「とっと、とっと」
「お父さんね、あっちでお兄ちゃんと遊んでるよ」
「とっと〜! だーっこ!」
「わーったから、こっち来い」

 息子とちまちまブロックで遊んでいた彼が、両手を広げて近付いてきた一歳の娘を正面から抱き留めて脚の上にちょこんと座らせる。それにご満悦の娘は、きゃっきゃっと上機嫌で手を叩いていた。なんとも微笑ましい光景。……写真撮っとこう。こうして私のスマートフォンには家族の写真が何百枚、何千枚と溜まっていく。幸せなことだ。

「何ニヤニヤしとんだ」
「えー? 幸せだなあと思って」
「ハッ。今更かよ。暇ならこっち来いや」

 あ、勝己くんも幸せなんだ、って。彼の反応に心を躍らせる。そしてそのタイミングで、ちょうど昼食で使用した食器の後片付けを終えた私は、浮かれ気分のまま娘と同じように両手を広げて彼にダイブした。勿論、ちゃんと息子と娘を潰さないように配慮して。

「ばっ……! 危ねえだろうが!」
「ちょっとテンション上がっちゃってつい……」
「ガキかよ」
「勝己くんなら受け止めてくれるって思ったんだもん」
「おかーさん、おとーさんとぎゅーするの?」
「そう。お父さんとお母さん仲良しだからね」
「ぼくも! ぼくもぎゅーしたい!」
「いいよ。みんなでぎゅーしよ」
「ぎゅー!」
「ぎゅー!」
「重てェ……」

 結局、子ども二人と大人一人が彼にしがみ付くみたいな構図になってしまったから、彼の負担は計り知れない。けれど、本気で嫌なら私が引き剥がされるだろうし、なんだかんだで彼も満更でもなさそうだからもう少しこのままでも良いかなあって。
 爆豪家は、今日も幸せです。