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いいおとうさんでしょ?
「ほんっとごめんなさい……」
「だァかァらァ! さっきから謝んなっつってんだろーが!」
「うー……大声出さないで……頭痛い……」
「それはお前が! ……悪かった」

 素直に謝ってくる彼は珍しい……と思ったけれど、実はそうでもないかもしれない。だって結婚してから「なんでこの人謝んないの!?」と思ったことなんて一度もないし。いや、そんなことより今は自分の体調不良の方がよっぽど謝らなければならない事態だ。私はまたズキズキと痛み始めた頭を抱えて項垂れた。
 普通の、なんでもない日ならここまで申し訳ない気持ちにはならなかっただろう。しかし今日はよりにもよって可愛い子どもたちのお遊戯会の日。この日のために子どもたちが一生懸命振り付けや歌の練習をしていたのを知っているだけに、この日に限って熱を出してしまった自分の不甲斐なさに苛立ちが募る。
 しかもお遊戯会の後には簡単な懇親会があるのだ。私が行けないということは必然的に子どもたちの父親である彼が参加する流れになるわけだけれど、彼が懇親会などという集まりが大の苦手であることは私が一番よく知っている。だからこそ私はずっと謝り続けていて、冒頭のやり取りに発展した。

「とりあえずお前は飯食って薬飲んだら寝ろ」
「ごm」
「寝・ろ。いいな?」
「はい」
「こっちは適当にやる」
「ご……ありがと」
「ん」

 彼が適当にやると言ってくれているならたぶん大丈夫だろう。彼や子どもたちに対する申し訳なさがゼロになるわけではないけれど、無理に行って迷惑をかけてしまう方がもっと申し訳ない。私は「ごめん」を飲み込み「ありがとう」にすりかえた。彼はそれに満足そうに頷いていて、自分の判断が正解だったことに安堵する。
 それから彼は、驚くほど手際よく子どもたちの準備をしてくれた。本来なら私がやらなければならないところを、彼は文句のひとつも言わずに全てやってくれて本当にありがたい。私は彼と子どもたちを送り出すと彼が作ってくれたお粥を食べてから薬を飲み、彼の言いつけ通り布団にもぐりこんだ。

◇ ◇ ◇


 目が覚めた時にはもう彼も子どもたちも帰ってきていた。……なんてことはなくて、実際にはほんの一時間ちょっとしか経っていなくて逆に驚いた。しかし、寝る前に比べてかなり頭がすっきりしている。薬の力ってすごい。
 喉が渇いたので台所に行って冷たい水を流し込み、特に見たい番組があるわけでもないのにテレビをつける。土曜日の午前中にゆっくりテレビを見ることなんて滅多にないからどんな番組があるのかもよく知らないけれど、たまにはいいかもしれない。
 チャンネルを変えながら情報番組が多そうだなあと眺めていた私は手を止めた。テレビ画面を食い入るように見つめて、数回まばたき。そして見間違いではないことを確認する。

「こちらの保育園では本日お遊戯会が行われ、先ほど懇親会が始まったそうです。お子さんたちと触れ合いながらということで、とても賑やかですね。では早速、参加していらっしゃるお父さんやお母さんたちにインタビューしてみましょう!」

 マイクを持ったアナウンサーが紹介しているのは間違いなくうちの子どもたちが通っている保育園。しかもアナウンサーが近付いているのは、あろうことか彼である。彼が「大爆殺神ダイナマイト」とわかっていて、あえてインタビューしようとしているのだろうか。
 なぜ生放送で保育園に訪問しているのか、そもそも元々がどういうコンセプトの番組なのかもわからないけれど、そんなことはこの際どうでもいい。彼はテレビ慣れしているはずだからマイクやカメラを向けられても緊張なんてしないだろうけれど、我が子と一緒に、というシチュエーションは間違いなく初めてのはずだから、どんな対応をするのか未知すぎてハラハラする。私は固唾を飲んで見守った。

「すみません、お父さん……」
「あ?」
「え!? ま、まさか、プロヒーローのダイナマイトですか……!?」
「だったらどーした」

 どうやらアナウンサーは彼があの有名なプロヒーロー「大爆殺神ダイナマイト」とわからず声をかけたらしい。生放送でなんという衝撃的な展開だろう。アナウンサーが気の毒になってきた。
 しかしそこはさすがプロ。驚いて固まっていたのは三秒にも満たないわずかな時間だけで、すぐに焦り顔から笑顔に切り替えてインタビューを再開した。

「まさかここでダイナマイトのお父さん姿を見ることができるとは思いませんでした! 懇親会はいかがですか?」
「こいつらが楽しんでんならそれでいンじゃねぇの」
「そうですね。他の親御さんとは交流されていますか?」
「俺がすると思うか?」
「あはは……ダイナマイトが相手となると他の親御さんも緊張してしまうかもしれませんね」
「いつもこういうのに参加すんのは俺じゃねえからな」
「そういえば本日奥様は……」
「体調不良で休み」
「そうなんですか……お一人で大変ですね」
「いつも俺がいない間こいつら二人を任せてんだ。たった数時間見てるだけで大変なんて言ってらんねーわ」
「いいお父さんですね!」
「それはこいつら二人となまえ……“オクサマ”が判断することだろ」

 アナウンサーの「なるほど! そうかもしれませんね!」という元気な相槌で彼へのインタビューは幕を閉じ、カメラは次の保護者へと移動した。途端、全身から力が抜ける。どうやら無意識のうちに身体をこわばらせていたらしい。自分がインタビューされているわけでもないのに、信じられないぐらい緊張していたことを実感する。
 しかし、思っていた以上に彼が落ち着いた受け応えをしてくれていて安心した。と同時に、彼のセリフたちが時間をかけてじわじわと胸に染み込んできて、泣きそうになる。

 彼は忙しくて家に不在のことが多い。だから時々、子どもたち二人の相手をするのにすごく疲れてしまうことがあった。もちろん、それで子どもたちのことを嫌いになったりすることはないけれど、つらいなあ、上手くいかないなあ、もっと頑張らなきゃいけないなあ、と落ち込むことがあるのも事実だ。
 彼に対して「もっと家事も育児も手伝ってよ!」などと思ったことはない。むしろ、大変な仕事を頑張ってくれている彼にはできるだけ負担をかけまいと思って、愚痴を言ったり相談したりするのは必要最小限にとどめていたつもりだ。けれど、もしかしたら彼は私のそういう小さな心の浮き沈みにも気付いていたのかもしれない。だから、休みの日や早く帰ってきた時に、何も頼んでいないのに自ら家事を手伝ってくれたり子どもたちの面倒を見てくれていたのかもしれない。そう思ったら、彼の優しさにやっぱり泣きそうになる。
 ほんの数分のインタビューだったのに、彼の短いセリフを聞いただけで今までの頑張りが全て報われたような気がして、これからもっと頑張ろうと思えた。まったく、私の夫はデキすぎている。怖くなるぐらいに。
 私も二人の子どもたちも、彼のことはずっと「いいお父さん」だと思っているし、実際本当に「いいお父さん」だ。そして今日の放送の視聴者もきっと、彼のことを「いいお父さん」と認識してくれただろう。

「ただいまー!」
「ただいまー!」
「おかえりなさい」

 三十分後、玄関から元気な子どもたちの声が聞こえてきた。子どもたち二人の面倒を見て疲れたはずなのにそんな素振りを一切見せず、帰ってきて第一声「ちゃんと寝たんか」と私を気遣ってくれる彼に「うん」と笑顔で答える。
 あの生放送を見ていたことを言おうか言うまいか迷って、言わないことに決めた。テレビを見ていたと言ったら「寝てねェじゃねーか!」と怒られそうだから。それに、彼はきっと私にあのセリフを聞かせるつもりで言ったわけじゃないと思うから。何も知らないフリをしていた方がいいような気がしたのだ。

 さて、これは余談だけれど、あの番組は放送の数時間後にネットニュースやSNSで取り上げられ、私の期待通り「ダイナマイトはいいお父さん」として世間に定着した。そしてどうやらヒーローとしての人気も更に上がったらしい。彼としてはヒーロー活動以外のことで株が上がるのは大変不本意なようだけれど、私は密かに喜んでいた。
 彼が「いいお父さん」だって、ヒーロー活動をしている時以外でもこんなに素敵なのよ、って知ってもらえたのだ。妻としてこんなに鼻が高いことはない。