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「うるっせェ! いい加減黙れや!」
「大きな声出さないの。みんな怖くて余計泣いちゃうでしょ。それでもヒーローなの?」
「ブッ殺す!」
「なんてこと言うの! もうあっち行ってて!」

 子どもたちの泣き声でいっぱいの室内でぎゃーぎゃーと怒鳴り散らす野獣に痺れを切らした私は、諸悪の根源であるを部屋の外へと追いやった。やはり彼にこの仕事は向いていなさすぎたか、と溜息を零したところで後の祭りである。
 プロヒーローとしての彼はそれはそれは大活躍で、色々なところから仕事の依頼が舞い込んでくる。戦闘に秀でている彼は、基本的に対ヴィラン要員として働くことが多いのだけれど、時には災害救助や地域での奉仕活動なんかにも参加しなければならない。そして今回の仕事は彼の最も嫌いとする奉仕活動だった。
 プロヒーローに憧れている子どもは多い。というか、この世界の殆どの人間が一度は夢見る職業と言っても過言ではないだろう。だからこそ幼稚園や小学校などでは子ども達に対して、プロヒーローとしての仕事とはどんなものなのか、どんな志を持って任務に当たっているのか、憧れだけではない厳しい部分も交えながら話をする場を設けられることがある。今日はその活動の一環として、とある小学校の低学年を対象とした「お話会」の講師として招かれたのだ。
 本当は私と先輩の二人で来るはずだったのだけれど、その先輩が先日、ヴィランからの攻撃を受けて入院してしまった。そこで代役として来ることになったのが、まさかの彼。
そりゃあもう任命された時には大暴れだった。ぜってぇ行かねぇ! クソが! 殺すぞ! エトセトラ。先輩だってできれば彼にはお願いしたくなかったと思う。事務所のイメージ悪くなりそうだし。絶対子ども泣かせちゃうし。けれども、彼以外に空いた人材がいなかったのだから仕方がない。そして見ての通り、予想に反することなく、彼のせいで子ども達は大泣きだ。可哀想に。

「お姉ちゃぁん…ヒーローはみんなあんなに怖いの?」
「怖くないよ。大丈夫大丈夫」

 私は小さな男の子を抱き締めながら、よしよし、と頭を撫でる。恐らく、彼が活躍する姿はテレビで見たことがあるのだろう。子ども達は皆、目を輝かせて彼を見つめていた。だから「何も喋らずにそこに立っているだけでいいから」とお願いしたというのに。彼はそれすらもできなかった。というか、最初は言いつけ通りにぶすくれながらも立っていたのだけれど、やんちゃな男の子が置いてあった彼の籠手を投げつけたのがいけなかったらしい。
 鬼の形相で男の子を睨みつけたかと思うと「人のモン勝手に投げるってこたァどういうことか分かってンだよな?あ?」と、ヴィランも真っ青のドスのきいた声音で壁際まで追い詰めたのだ。気持ちは分かる。大切なコスチュームだし、壊されたら困るというのも理解できる。が、相手は子どもだ。もう少し理性的になってもらわなければ困る。もしかしたら彼なりに譲歩したのかもしれない。“個性”を使わなかっただけマシと考えるべきとも思える。しかし結果的に男の子は恐怖のあまり泣き始めてしまったわけだし、その空気を感じ取った周りの子ども達に連鎖して大変なことになっているのだから、適正な対応だったとは言い難い。
 それから私は泣き叫ぶ子ども達を宥めてから彼抜きでなんとか仕事を終え、超絶ご機嫌ナナメで今にも噛み付いてきそうな彼と事務所への道を急いでいた。事態の収拾に手間取って、時間が押しているのだ。

「私一人で行けば良かったね…」
「だから俺は最初から行かねぇっつったろーが!」
「仕方ないでしょ。仕事なんだから」
「俺はホーシカツドーはしねぇ主義だ!」
「うん、そうだね。知ってる。でも子ども相手なんだからもうちょっと大人になろうよ、ヒーロー」
「知るか」
「もう…これじゃあどっちが子どもか分かんないね」
「あ?」
「あ、道間違えてるよ。事務所あっち」
「直帰する」
「えっ、ちょ、はあ?」

 彼の突然の発言に、私はおかしな声を出さざるを得なかった。直帰って、そんなのきいてないし。運転しているのは彼だから、私が横から介入することはできない。だからと言って、事務所に何の連絡もなしに直帰するのは有り得なかった。仕方がないので事務所に電話をしようと携帯を取り出したところで「もう話はつけてある」という不機嫌さマックスの声が隣から聞こえてきて、私は思わず顔を顰める。どうやら私が一生懸命子ども達を宥めている間に勝手に連絡していたらしい。それでいいのか先輩よ。
 とりあえず連絡の必要はなくなったので携帯をポケットに戻す。直帰、と言ったけれど彼は私を家まで送り届けてくれるのだろうか。そんな雰囲気は微塵もなさそうだけれど、彼の家に行くのであればそれはそれで良い。
 私と彼の関係。同じ事務所で働くプロヒーロー。唯一の同期。元同級生。それから、恋人。事務所の皆さんは知っているけれど世間にはまだ公表していない事実だ。恐らく今日の代役だって、私だから彼を任せても良いと思ってくれたのだと思う。私達がそういう関係だから。けれども残念ながら、私に彼を手懐けるだけの度量はないのだった。
 車が彼の家に到着する。着いたぞ、と言ってきたということは、私を家に送り届けるつもりは最初からなかったのだろう。まあ良いけど。写真撮られたらバレちゃうよ。

「子ども、そんなに嫌い?」
「好きじゃねえことは確かだ」
「じゃあさ、もし将来爆豪くんに子どもができたらどうするの?」

 私はリビングでスーツのジャケットを脱ぎながら尋ねてみる。興味本位だった。私達は恋人だけれど結婚の話は出たことがないし、あくまでも一般論の話として。それなのに彼ときたら、何やら苦虫を噛み潰したような顔をして固まっているではないか。あまりにも怒りすぎて気がおかしくなってしまったのだろうか。

「おーい。爆豪くん?」
「ほしいのか」
「何が?」
「子ども」
「ん? 誰の話?」
「お前が先にふってきた話だろが! 分かれや!」
「え? もしかして私の意見きいてる?」
「他に誰がいンだよ! 察せ!」
「えー…子どもかあ…どうかなあ…」

 鼻息の荒い彼のことは無視して、少し考えてみる。自分に子どもができたら。お父さんが爆豪くんだったら怖いだろうなぁ。あやしたりするところ想像できないし。夜泣きのたびにめちゃくちゃイライラしてそう。たぶん家壊れるな。あ、だめだ。子どもとか無理。私、守りきれる自信ない。

「爆豪くんが家壊さずに面倒みてくれるならほしいかな」

 ぽつり。考えをまとめた結果、零した一言。彼は着替えを中断して私を睨みつけるように凝視してきていて、かなり怖い。
 ふっざけんな! 誰がガキの面倒なんかみるか! とか、言ってきそうだな。まあそうだよね。知ってる。私の中で怒鳴られる準備は整っていた。けれども、いくら待っても彼は怒鳴ってこない。あれ。今日はもう怒りすぎて疲れちゃったのかな。そういう日もあるのかな。

「ガキだろうがなんだろうが、ベタベタすんな」
「はい? 何です?」
「今日何人のガキに触られたと思ってんだ」
「何言ってんの。急に」
「お前は俺のモンだっつったろーが」
「……まさかとは思うけど、子ども相手に嫉妬してたの? だからいつも以上に機嫌悪かったとか? そんな、まさかねぇ?」
「うるっせぇ! 黙れや!」

 否定なし。ということは図星か。なんだ、可愛いな。そういうことか。ふふふ、と緩む口元が隠せない。そんな私を見て更に青筋を浮かび上がらせた彼は、再び、黙れや! と言った。私、何も言ってないのに。ただちょっと笑っただけなのに。どっちかと言うとうるさいのは彼の方なのに。
 なんだなんだ、私って愛されてるなあ。勝手に脳内お花畑な解釈をした私は、彼に近付いて逞しい身体をぎゅっと抱き締める。背伸びをして、よしよし、と色素の薄いつんつんとした髪を撫でつければ、嫌がられるかと思いきやそうでもなく。

「ガキ扱いすんな」
「嬉しいくせに」
「こんなんじゃ足りねェわ」
「えー。爆豪くんったら欲張りさん」
「……そろそろマジで黙ってろ」

 本日何度もきいたそのセリフ。でも、物理的に口を塞がれたのは今が初めて。なるほど、直帰した理由が漸く分かった。ほんとにもう、子どもみたいだなあ。こんなに大きくて手のかかる子どもがいたら、他の子どもの面倒なんてみてらんないや。実の子どもにまで嫉妬しそうなほど私のことが好きで堪らないらしい彼だから、仕方がない。一生二人でもいいけど、その分、ちゃんと私のことを可愛がってね。

ふたりっきりが最強説