×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -



 別れた。今回は一ヶ月弱。最短は一週間だからそれよりはマシだったけれど、それでも、世間一般の平均として見たら短いだろう。私はきっと男を見る目がない……というより、考えるより先に行動しすぎなのだ。
 第一印象だけで決めるからダメなんだろうなあということは自分でもなんとなくわかっている。しっかり相手のことを知って、相手にも自分のことを知ってもらって、それからお付き合いを始めたらもう少し続くのかもしれないけれど、頭で理解していても「この人のこと好きかも!」と思ったら身体が勝手に動いていて、気付いたら「好きになっちゃいました。良かったら付き合ってください」と言っているのだから自分の行動力が恐ろしい。
 友だちからは「野生的すぎる」「人間ならもう少し冷静に考える時間があってもいいんじゃないか」「同じ失敗を繰り返しすぎて学習能力がない」などとやや辛辣な指摘を受けたけれど、いやはや、ごもっとも。言い返す言葉もございません。でもこの衝動的な性格を直す術が見つからないから困っているんです。どなたか助けてくれませんでしょうか。

「また別れたあ……」
「だろうな」
「今回はイケると思ったのにー!」
「それを本気で言ってんならてめェの頭ン中は脳みその代わりにカニ味噌が詰まってんな」
「さすがにひどくない?」

 どの友だちよりも散々な物言いをする彼は、相変わらず不機嫌そうな表情で毒を吐いた。ただ、不機嫌そうな表情ではあるけれども、毎回なんだかんだで私の別れ話を聞いてくれるから、彼はたぶん良い人なのだと思う。……なんて言ったら、ますます不機嫌になりそうだから本人には言わないけれど。

 彼、爆豪勝己は、私の幼馴染である。デクくんこと緑谷出久くんと彼と私の三人は保育園の時に出会ってから高校卒業までを一緒に過ごし、就職してからも定期的に顔を合わせる仲である。
 デクくんは色恋沙汰にかなりうといタイプで今時珍しい超純情男子だから、その手の話をするとしどろもどろし始めてすごく困った顔をする。だから私は申し訳ない気持ちになって、わりと早い段階でデクくんに恋愛相談するのをやめた。
 で、彼はというと、恋愛経験豊富ってわけじゃなさそうなのに全くの無知ではないみたいで、(といっても彼が誰かとお付き合いしている話は一度も聞いたことがないのだけれど)呆れながらも意外と話はちゃんと聞いてくれる。大体バカにされることが多いけれど、時々私がめちゃくちゃヘコんでいたら彼なりに元気づけようとしてくれたりもして、なんというか、そう、つまり結局のところ彼はまあまあ面倒見が良いのだ。
 今だって何度目かになるかもわからない私の別れ話を、一人暮らしのそこまで綺麗じゃない私の部屋で聞いてくれている。しかもお酒も飲まずシラフで。口も人相も悪いから第一印象はすこぶる悪いけれど、彼は知れば知るほど魅力が引き出されるタイプだと思う。

「どっかに浮気しなくて頼り甲斐があって仕事ができてかっこよくて優しくて料理も上手で洗濯も掃除もできちゃうスーパー彼氏いないかなあ!」

 ヤケクソになって思いつく限りのイイ男の条件を言い並べてみる。すると彼は深く溜息を吐いた。どうせ「また馬鹿なこと言ってやがるなコイツ」とでも思っているのだろう。

「そんなヤツいねーわ」
「わかってますぅ」
「俺以外は」
「へ?」

 いつも通り馬鹿にされて終わり、だと思っていた私は、彼の突拍子もない発言に思わずマヌケな声を漏らしてしまった。だって「俺以外は」って、今確かにそう言ったよね? 自分のことそんなにパーフェクトな男だって思ってるの? ……じゃなくて。
 これは、えーと、どういう意味で言ってきたのだろう。彼の表情を窺ってみても美しい紅の瞳がこちらを見ているだけ。不機嫌そうではないけれど、茶化している風でもない。まあ彼はもともと冗談を言うようなキャラではないから「なんちゃって」などと自分の発言をうやむやにはしないだろう。
 もう一度彼の発言を反芻する。俺以外は。つまり爆豪勝己は私の言った条件を全て満たしている、と。だから俺にしたらどうだ、と。暗に提案してきたということで良いのだろうか。
 確かに、彼は浮気するタイプじゃないと思うし、仕事もバリバリにこなしていることを知っている。見た目も悪くない(どころかたぶん良い方だ)し、家事全般は私よりキッチリできると思う。悔しいけれど、私が言い並べた先ほどの条件をおおむねクリアしている。そうだ。幼馴染だからうっかり忘れていたけれど、過大評価でもなんでもない。彼はパーフェクトマンだった。でも、ちょっと気になるのは、

「……優しい?」
「お前には」
「あーなるほど。…………なるほど?」

 間髪入れずに「お前には」と即答されて、私は何も「なるほど」じゃないのに「なるほど」としか言えなかった。そしてどうにか言葉の意味を理解しようと、何度も何度も頭の中で彼の発言をリピート再生して、それから心を落ち着けて発言主を見る。
 頬杖をついてこちらを見つめている瞳はどこか楽しそうで、もしかして揶揄われているのではないかと思ったりもしたけれど、瞳の奥の光はどうやっても真剣そのもので思わず逸らしてしまう。その眼光の真っ直ぐさに耐えられなくて。
 彼はただの幼馴染で、だから今までずっと仕方なく私の恋愛相談にのってくれていたのだろうと思っていた。けれど、この話の流れでいくと、たぶん……いや、ほぼ確実に、幼馴染だからという理由だけじゃない。それ以外に大きな理由があったのだ。

「あの、さ、」
「ん」
「もしかして、なんだけど……」
「早よ言えや」
「かっちゃんって私のこと……好き、だったり……?」
「気付くのが遅ェんだよ、ばーか」

 えええええ!? もしかしてって思ったけど、でも、えええええ!? 本当に!? あの爆豪勝己が私のこと、す、好きって! そんなことあり得る!? ていうか好きとか誰かに対して思うんだ!? そんなの気付かないよ絶対!
 ……と、ひとしきり心の中で叫んでちょっと心臓の音が落ち着いてきたところで、性懲りも無くまた心拍数を上げようと彼の方へ視線をそろりと向けてみる。もちろん彼は私から目を逸らしたりなんかしていないから、バッチリ視線がぶつかった。

「で? どうする?」

 あたふたしている私を見て、彼は絶対に楽しんでいる。しかし不思議と彼の「好き」が揶揄うために言われた嘘の言葉ではなく本気であることだけは伝わってきた。というより、嘘じゃないと信じたかっただけかもしれない。

「どう、しましょう、か」

 やっとのことで返したセリフはなんとも情けなかった。なぜか敬語になってしまっているし、声はめちゃくちゃ小さいし、先ほどまで失恋話をしていた時のボリュームと明らかに違うということは自覚している。でも、どんなテンションで声を発せばいいのか、今更ながらに迷走してしまっているのだから仕方がない。
 いっぱいいっぱいになっている私を尻目に、彼はクツクツと肩を揺らして笑いをこぼしていた。笑うこと自体珍しいのに、このタイミングで笑うとはどういうことだ。もしかして精神状態が不安定なのだろうか。どちらかというと今精神状態が不安定なのは私の方だと思うのだけれど。

「この際いくらでも待ってやっから精々悩めや」

 私には優しくしてくれるんじゃなかったのか。このドS男め。憎たらしい。腹立たしい。しかし口角を上げて笑っている彼を見るとそれ以外の感情の方が大きくなって、つまりはそういうことなのかもって、単純な私は思ってしまうのだ。
 待つのが大嫌いな彼がいくらでも待ってくれるなんて、それだけ私のことが好きってことでしょ? 私の恋愛相談を聞きながら片想いし続けていたぐらい一途ってことでしょ? そんなに愛してくれる人がこんなに近くにいたならもっと早く気付きたかったなあ。

「待たせすぎたみたいだし悩むのはやめる」
「賢明だな」
「これからも宜しくお願いします」
「違ェだろ」
「え?」
「いつも言ってるやつ」
「……好きになっちゃいました。良かったら付き合ってください?」
「仕方ねーなァ」
「そっちが先に!」
「先に?」

 好きって言ってきたくせに! と言おうと思って、口籠る。そういえば好きとは言われてないということに気付いてしまったからだ。なんだかすごく負けた気分。
 俯いて、むう、とわかりやすく拗ねながら「私のこと好きなくせに」と独り言を吐き出す。すると「そォだよ悪ィか」と聞こえてきて、弾かれるように顔を上げた。のに、せっかく上げた頭をぐわしっと思いっきり下に向かされて、危うく首が折れるかと思った。彼の手が私の後頭部を鷲掴みにしていて、どうやっても上に向けない。

「痛いんだけど」
「知らね」
「私には優しいんじゃなかったんですかぁ」
「揚げ足取んな」

 口調は変わらないけれど、長年の付き合いからわかる。彼は今、すこぶる機嫌が良いみたいだ。やっぱり頭は上げられないけれど、実はそんなに痛くないし、彼が照れた顔を隠すためにこんなことしてることぐらい私にだってわかるから、今日のところは大人しく下を向かされておくことにした。どうせ私もニヤけた顔を見られたくなかったし、ちょうどいい。
 彼となら、今度こそ、イケるような気がする。

近くて見えぬは睫毛と君