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 私たちってどういう関係なのかな。
 そう尋ねたら、彼はきっと嫌になるほど整った顔のまま、こてんと首を傾げて当然のように言うのだろう。「友だちじゃねぇのか」って。
 うん、そうだよね。私もそう思ってた。でも、四日前に「俺はみょうじのことが好きなんだと思う」と言われてからは、よくわからなくなっている。彼のことだから、友だちとしての好き、だとは思うけれど、改まって「好きだと思う」などと伝えてきたことがどうにも引っ掛かって、もしかしたら特別な意味が込められているのでは……なんて考えたりして。しかし結局言葉の真意を追求することができず「ありがとう……?」と疑問符をつけてお礼を言うことしかできなかった私は意気地なしだと思う。
 
 大体、彼はいつだって唐突なのだ。私の前に現れるタイミングも、声をかけてくるタイミングも、全部。だからいつも心の準備ができなくてワタワタしてしまう。
 彼はただでさえ何を考えているのかわからない。それなのに、何の脈絡もなく人を惑わすことを口にするなんて、反則ではないだろうか。密かに彼に対して特別な感情を抱いている私からしてみれば、大変心臓に悪いのでやめていただきたい。
 変に意識してギクシャクするのは嫌だから今まで通り普通に接したいと思っていても、彼の顔を見るとそれほど大切な意味は込められていないとしてもその口から唱えられた「好き」の二文字が頭をよぎる。そして結果的に、私はあからさまに彼を避けるようになっていた。

 A組の女子は鋭いので、私の変化にすぐ気付く。「何かあったんでしょ」と指摘されたら誤魔化すことはできなくて、どうせ一人でもやもやしていても現状は打開できないし、思い切って意見を聞いてみることにした。轟くんの「好き」ってどういう意味だと思う? って。
 そうしたら、なぜかクラスメイトの女の子たちはきょろりきょろりと顔を見合わせて言葉を詰まらせたではないか。この反応は、私に言いにくいこと、もしくは隠していることがある、ということに他ならない。もしかして、否、もしかしなくても、彼から何か聞いている? 直接は聞いていないとしても何か知っている? だとしたら私だけ仲間外れなんてひどい。
 むっとして皆の顔を順番に見つめていると、三奈ちゃんがやっとのことで口を開いてくれた。「私たちから言っていいのかわかんないんだけど」という前置きをして。

「少し前に轟が、みょうじと話してたら心拍数が上がるのはなんでだ、って訊いてきたことがあって……」
「私たちは、好きだからじゃない? って軽いノリで言っちゃったんだけど」
「轟ちゃん、そうか、って妙に納得してる感じだったから、てっきりなまえちゃんにちゃんと告白したのかと思ってたわ」

 三奈ちゃん、透ちゃん、梅雨ちゃんがリレー形式で言いにくそうに言葉を落とす。私はそれをぼーっと聞いて、しばらく理解するのに時間を要した。
 つまり彼は私のことを友だちとしてではなく、別の意味で、私の期待しているような意味を込めて「好き」という単語を口にした、と。あれは正真正銘の告白だった、と。そういう解釈をしてしまっていいのだろうか。でも、もしそうだったなら、

「ど、どうしよう……私、轟くんのことだからそういう意味じゃないんだろうなと思ってて、自分だけ変に意識しちゃダメだって思ったら逆に意識しちゃって最近変な態度取っちゃってた……もう嫌われたかも……」
「落ち着いてください。今からでも遅くありませんわ」
「そうだよ。轟と話してきたら?」
「轟くん、さっき部屋に行くって言っとったよ!」

 狼狽えている私に、ヤオモモ、響香ちゃん、お茶子ちゃんから声がかかる。他の皆もうんうんと頷いていて、私の背中を押してくれているようだ。
 私は意を決してソファから立ち上がった。そうだ。彼だって、私に「好き」と伝えるには少なからず勇気が必要だったはず。それならば今度は、私が勇気を出して彼にぶつかっていく番だ。

 女子たちの無言の声援を背中に感じながら彼の部屋を目指す。本当は男子の部屋に行くのは禁止だって知っているけれど、今日だけはどうか大目に見てもらいたい。話が終わったらすぐに帰るから。ほんの五分だけ。
 そうして運よく男子たちに出くわすことなく彼の部屋の前まで辿り着いた私は、ひとつ、大きく深呼吸。息を整えて扉をノックしようとしたのだけれど、なんとノックする前に扉が開いてしまった。当然扉の向こうにはお目当ての彼がいて、私の姿を確認して大きな目をぱちくりさせている。

「部屋、迷ったのか?」
「……さすがに寮で迷わないよ」

 彼らしい第一声に、緊張の糸が解れたような気がした。こういうなんともいえない緩い空気、好きだなあ。

「轟くんに会いに来たの。話がしたくて」
「話?」
「本当はダメだってわかってるけど、ちょっとだけ部屋にお邪魔していい?」
「……わかった」

 真面目な彼は一瞬迷っている様子を見せたけれど、意外にもすんなりと自室に招き入れてくれた。どこかに出かけようとしていたようだけれど大丈夫かと尋ねたら「別に急ぎの用じゃねぇから」とのことなので、先にこちらの用件につきあってもらうことにする。
 通されたのは、寮内とは思えぬ和の空間。その普段とは違う景色を見て「ここが轟くんの部屋なんだ……」と思ったら忘れかけていた緊張感が蘇ってきてしまった。しかし彼はそんなこと知る由もないので「話って何だ?」と本題に入る。
 ちょっとは私がわざわざここに来てまで話したいことを予想できないものだろうか。……と思ったけれど、彼の性格上無理だろうとすぐに諦めた。それが轟焦凍という男だ。

「最近ちょっと轟くんを避けるみたいになっちゃってたんだけど、気付いてた?」
「目を合わせてくれねぇなとは思ってたけど、俺のこと避けてたのか」
「避けてたわけじゃないんだけど、轟くんに好きって言われて、どういう意味の好きなのかわかんなくて、一人で色々悩んでたら避けるみたいになっちゃって……ごめんね」

 素直な彼は素直に驚いた顔をしていて、可愛いなと思った。この人はきっと嘘が吐けない。だから私に言ってくれた「好き」も、絶対に嘘じゃない。そう確信する。

「轟くん、私のこと好きなんだよね?」
「そう言われた」
「自覚はないの?」
「初めてだからよくわかんねぇんだ。顔を見たら心拍数が上がるのも、寝る前になんとなく思い出すのも、自然と目で追っちまうのも、全部みょうじが初めてで、そういうのを好きって言うんだって言われた」
「私も、轟くんと同じだよ」

 馬鹿正直に恥ずかしくなるようなことを述べる彼につられて、私も馬鹿正直に伝える。轟くんと話をしている時はいつもドキドキしていること、授業でペアになった時ひそかに喜んでいる反面ドキドキしていて上手く集中できないこと、一人でぼーっと部屋にいる時に今何してるかなあって轟くんのことを考える瞬間があること。そして、私も轟くんのことが好きだってこと。彼はやっぱり目をパチパチさせて驚いている。

「それで、轟くんは私と付き合うとか、そういうことは考えて……ない、よね、たぶん」
「付き合うって、具体的にどうすればいいんだ」
「私もなんて説明したらいいかわかんないけど、友だちじゃなくて恋人になるってことだから、えっと……うーん……でもまあ、特別どうするってことはない……かな……?」

 まさかここでキスとかハグとかそれ以上のことをします、なんて言えやしないので、私は言葉を濁す。だって素直で馬鹿正直な彼のことだ。そういうことをする、と聞いたら「じゃあするか」と何の抵抗もなく行動する可能性が高い。それはこちらとしても困るのだ。色々な意味で。
 私のしどろもどろした返答に、彼は首を傾げている。けれど、今はお互いに気持ちが通じ合っていることが確認できただけで満足だから、付き合うかどうかとか、そういうことはもう少しゆっくり決めたらいいような気がした。彼だってよくわかっていないみたいだし。

「じゃあ私はこれで……」
「もう行っちまうのか?」
「え? だって話終わったし、あんまり長居しちゃダメかなって……」
「付き合うことにしたらまだここにいてくれるのか」
「そういうわけじゃないけど、」
「俺はみょうじともう少し二人でいたい」

 だめか? と見つめてくる瞳は濁りがなく綺麗すぎて眩暈がした。ダメじゃないけど、これはダメな気がする。主に私の精神的な問題で。でもダメだという気持ち以上に、彼と同じようにもう少し二人の時間を楽しみたいという気持ちが大きいのも事実だった。

「じゃあ、あともう少しだけ」
「わかった。帰るまでに付き合うってのはどういうことか教えてくれ」
「それは私が教えるものじゃない気がする……」
「誰に訊いたらいいんだ?」

 そう尋ねられると困るけれど、男子には男子の知識みたいなものがあるかもしれないし……と考えた私は、咄嗟に「瀬呂くんとか上鳴くんなら教えてくれるんじゃないかな」と答えてしまった。それが運の尽き。
 翌日、素直な彼は、当然のようにクラスメイトたちに「みょうじと付き合うにはどうしたらいい?」と馬鹿正直な質問をしていて、頭を抱えることとなったのだ。内緒で付き合えるとは思っていなかったし隠すつもりもなかったけれど、この調子だと彼との出来事は全て筒抜けになりそうで恐ろしい。
 生温かい目で見守られるのは気恥ずかしいけれど、彼に(合っているかどうか、必要な知識かどうかは別として)恋愛についてレクチャーしてもらえるのは有り難い……と思うことにする。そう思い込まないと、彼とは付き合えない。
 あれ、そもそも私たち付き合うことになったんだっけ? お互い好きだけど、そういうのはわかんないし……ってことで保留になった気がするんだけど、クラスメイトたちの認識は完全に「轟とみょうじは付き合い始めた」だ。まあ私はそれでもいいけど。嬉しいけど。

「なまえ」
「へ!? な、なんで急に名前……」
「付き合い始めたら名前で呼び合うものなんだろ」
「それは別に決まりじゃないよ」
「そうか……名前で呼ばれるのは嫌なのか」
「嫌ではないけどびっくりしちゃって……慣れてないから」
「じゃあこれから慣れたらいい」

 誰から吹き込まれたかわからぬ知識を早速フル活用している彼に苦笑する。覚悟はしていたけれど、彼とのお付き合いは色々と大変そうで、楽しみだ。こうなったらもう、楽しむしかない。

素直な子ほどおそろしい