突然だけれど、私と勝己くんは付き合っている。彼がプロヒーローになる前、高校を卒業する前からの関係だから、もう二年以上になるだろう。
あの爆豪勝己と付き合うと決めた時、どれだけ塩対応されようが、理不尽なことで怒鳴られようが、私が彼のことを好きだと思っている間は修行だと思って耐えようと決心していた。しかしその決意は、良い意味で裏切られることとなる。
付き合い始めてからの彼は、意外にも私に優しかった。正確に言うと、世間一般で言うところの「優しい」とはちょっと違うかもしれないけれど、彼のことをよく知っている人間からして見れば「めちゃくちゃ優しい」、みたいな、そんな感じ。
呼んだらちゃんと返事をしてくれるし、声をかけても怒鳴られないし睨まれないし、デートの時に色んなところへ連れ回しても「仕方ねーな」と付き合ってくれるし、私が買ったものは当然のように持ってくれる。おまけに私が忙しい時は美味しいご飯を作ってくれるし、何もお願いしていないのに冷蔵庫の中に私お気に入りのプリンやアイスを常備してくれている。つまり、思っていたよりもずっと私を大切にしてくれていることを実感できる毎日なのだ。
だから本来、私は彼に不満を抱けるような立場ではない。むしろ、こちらからもっと何かを与えてあげないと割に合わないぐらいだとは思うのだけれど、それでも私にはちょっと不満に思っていることがあった。
「もうすぐ今年も終わりだね」
「いきなり何だ」
「今年が終わる前に何かやり残したことはないですか」
「ねェ」
「ほんとに?」
「しつけェ! 言いたいことがあンならはっきり言えや」
あと数時間で今年が終わるという大晦日の夜。彼お手製の美味しい年越しそばは夜ご飯として早めにいただいた。テレビに映る年末特番からは例年と同じように愉快な笑い声が聞こえてきている。
食後のデザートに今年の食べ納めとなるカップアイスを食べた私たちは、こたつの中に足を突っ込んでぬくぬくとくつろぎ中。そこで私が切り出した会話の意図を、彼は素早く汲み取ってくれたようだった。頭の回転が早い彼らしい対応である。
「私は心残りがあるんだけど」
「だから何だよ」
「実は付き合い始めてからずっと思ってたことなんだけどカミングアウトしてもいいですか」
「むしろそんな前から思ってたならなんで今の今まで黙っとったんだてめェは」
「なんかちょっと言い出しにくくて」
「……で? 何なんだよ」
少しイラついている様子は見られたものの、彼の口調は私を責めているようには聞こえなかった。良かった。これなら冷静に話ができそうだ。私は息を吸い込んで、思いきって疑問を口にする。
「なんであんまりキスしてくれないの?」
「はァ?」
私が意を決して尋ねたことに対して、彼はこれでもかと眉間に皺を寄せた。怒っているというより、不本意だと機嫌を損ねているような表情。私は彼の眼光に耐えきれず、思わず興味もないテレビの方へと視線を逃してしまった。
でも、だって、本当のことなのだ。普段スキンシップはまあまあ取るくせに、キスはほとんどしてくれない。セックス中でさえ強請らないとしてくれないことの方が多い……と思う。
もしかして口臭がヤバいのかと思ってめちゃくちゃマウスケアをしていたこともあったけれど、どれだけ爽やかな匂いになっても彼の行動は変わらなかった。単純にキスの仕方が下手とか、テクニック的な問題があるのだろうか。もっとぷるぷるの唇になればキスしたくなるのだろうか。色んなことを考えて密かに努力してみたけれど、やっぱり結果は同じ。だから私はこうして、彼に直接尋ねるという最終手段に出たのだった。
「自覚ないの?」
「ねーわ。つーかしてンだろ」
「え? 私からお願いしないとほとんどしてくれないのに?」
「はァ?」
本日二度目の「はァ?」は、一度目よりも更に凄みを増していた。なんだこの反応は。まるで、俺はめちゃくちゃキスしてやってんぞ、とでも言いたげな様子だけれど、私は全く身に覚えがない。
「覚えてねェんか」
「何を?」
「キスの話してんだからキスのことに決まってんだろ! あんだけしてやってんのに覚えてねェんか!」
「全然身に覚えがないんだけどいつしてくれてた?」
「寝る時とか! ヤった後とか! 死ぬほどしてやっとるわ!!」
「それはつまり全部私の意識がない時ってことじゃない?」
「…………」
「そりゃあ覚えてないよ」
「……意識なくても覚えとけや」
「無茶なこと言ってるのわかってるよね?」
賢い彼にしては随分頭が悪いことをぼそぼそ言っていて笑ってしまった。バツが悪そうに舌打ちをしているところを見ると、私が言っていることが正論だということはちゃんと理解しているらしい。
私の意識がある時にしてくれていたらこんな話題が持ち上がることはなかったのに、どうしてわざわざ意識がない時を選んで(彼によると死ぬほど)キスしていたのだろう。素直に尋ねてみたら、彼はやっぱりバツが悪そうにそっぽを向いた。
「ねぇ、勝己くん、」
「耐えれんのかよ」
「はい?」
「こういう普通の時にしてテメェは耐えれんのかって訊いとんだ!」
「キスの話だよね? 耐えるって何? どういうこと?」
「死ぬほどされて耐えれんのかって意味だ」
「ああ……えぇ……どうだろ……頑張ります……?」
「言ったな?」
あれ。これは返答間違えちゃったパターンかも。彼のぎらつく瞳を見て嫌な予感がしたけれど、時すでに遅し。
彼が私の意識がない時にキスをしていたのは、もしかしたら私を思ってのことだったのかもしれない。それを実感したのは、彼に散々、文字通り死ぬほどキスをされた後のことだった。
「今年中にやり忘れたこと、まだあるか?」
「も、もうない……」
「そりゃ良かったな」
満足そうに舌舐めずりする彼に、息も絶え絶えな私は結局惚れ直す。キスされてないなんてとんでもない。私は私が知らない間にたっぷり愛されていたのだ。
コタツなんかに入っていられなくなるほど熱くなって脱出。すると、待ってましたとばかりに彼に捕まって「まだ終わったなんて言ってねェぞ」と不穏なことを言われた。年越し早々、私は彼に満たされすぎて破裂する運命にあるようだ。