×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -



 たぶん俺の彼女は俺よりも強い。主に精神面において。いや、ヒーローとしても強いとは思うけれども。
 俺となまえは高校時代に出会って、その頃からお付き合いが続いている。高校卒業後はそれぞれ別のヒーロー事務所に就職し、現在社会人二年目。まだまだ駆け出しのひよっこヒーローだ。
 お互い一人暮らしをしているから都合が合う日はどちらかの家で過ごすことが多いけれど、時々外をぶらついたりもする。残念ながら記者にすっぱ抜かれるほど有名じゃないので、二人で堂々とデートしていても問題ないのは喜ぶべきか悲しむべきか。
 俺としては、もう同棲しちゃえばいいんじゃね? と思ったりしていたのだけれど、それを先日ちらりと提案してみたら「ヒーローとして中途半端なうちはプライベートで遊んでいる暇はない」とストイックなことを言い返されてしまった。なまえの言っていることは正論だと思う。本来なら俺もそれぐらい気を引き締めるのが理想だ。
 しかし俺はなまえほどストイックじゃないというか、プライベートと仕事はわけて考えるタイプだから、たとえヒーローとして中途半端だとしても、プライベートはプライベートで楽しんじゃっていいんじゃねぇかなと思っている。まあこの考えを伝えても険悪な雰囲気になりそうな気がするから、いちいちなまえに伝えることはしていないけれど。

 そんな矢先の出来事だった。いつも通り、ヴィランの制圧任務のため街に繰り出したら、そこには偶然なまえもいて、一緒に仕事をこなすことになった。
 お互いヒーローだから、こういうことはたまにある。なまえに限らず、他の元クラスメイトたちと共闘することもあるから、今日はたまたまそれがなまえだったというだけの話だ。
 高校時代から知っているヤツと共闘するのは、個人的には大歓迎。それぞれの“個性”を知っているからというのもあるけれど、こういう時こいつはこう動くだろうな、というのがなんとなくわかるから共闘しやすいのだ。まあそう思っているのは俺の方だけかもしれないけれど。
 特になまえとの共闘はかなり動きやすくて助かる。付き合っているからというのを抜きにしても、俺となまえは息があった良いパートナーとして成立していると思う。だから今回も楽勝だと、無意識のうちに気を抜いていたのかもしれない。
 ヴィランの人数は四人。対してこっちは二人。数では相手に分があるけれど、戦闘経験の差とチームワークではこっちの方が上だ。それに、あと数分もすれば応援が来る。とりあえずここで足止めをしておけばどうにかなるだろう。そんな甘い考えも良くなかったのだと思う。

 ヴィランの一人、一番小柄な男はすぐに仕留めることができた。この調子で二人目も……と思った直後、予想だにしないことが起こる。なんと一番体格が良く手こずりそうなヴィランの前に、ふらりと女性が現れたのだ。
 先ほど市民の皆は非難させたはず。それなのにどうして女性がいるのか。ヴィランはこの機を逃すまいとほくそ笑み、女性へと手を伸ばしていた。恐らく人質にするつもりなのだろう。
 そうはさせない! と俺より早く動いたのはなまえだった。一瞬の躊躇いもなく女性の方に向かって走り出したなまえ。ギリギリ女性を保護できたものの、状況はあまりよくない。
 女性は腰が抜けてしまったのか、この場から立ち去ることができない様子。つまりなまえは女性を守りながらヴィランの相手もしなければならなくなってしまった。こんな時に俺は残りの二人のヴィランに足止めを食っていて、すぐには助けに行けそうにない状況。
 さっさと片付けてなまえの方に行ってやりたいところだけれど、焦れば焦るほど手元が狂って上手くポインターの位置が定まらない。こういう時、俺じゃなくて他のヤツらだったら冷静に対処できるのだろうか。そんなことを考えている暇なんてないくせに、自分が制圧しなければならない相手は目の前にいるのに、俺はなまえの方へと意識を飛ばしてしまった。

 すると、その隙を見逃さなかったヴィラン二人がなまえと女性に襲いかかろうと動き出す。しかもこのタイミングで、女性はパニックに陥ってしまったのか、よろよろとなまえから離れて行くではないか。これではヴィランの思う壺である。
 俺の位置から守れるのは、どんなに頑張ってもなまえか女性、どちらか一人だけ。ヒーローなら迷わず女性の方を助けるべきだ。なまえもヒーローなんだから自分のことは自分で守れるはず。
 頭では理解していた。しかし俺の身体は反射的になまえに駆け寄ろうとしてしまう。それを阻止したのは、他でもないなまえだった。

「電気! こっちは大丈夫だから!」
「っ、わかった!」

 なまえの方に踏み出しかけた足を女性の方へと向ける。お陰で間一髪のところで女性を保護し、無事にヴィランを仕留めることができた。
 それに安心していたのも束の間。振り返れば、なまえがヴィランからの攻撃を受けて怪我を負っていた。傷の深さはわからないが腕から血が流れている。ひゅうっと。心臓が縮こまった。
 やばい。俺が助けなくちゃ。そう思うのに身体は思うように動かなくて、俺が助けに入るより先に応援で駆け付けてくれた先輩たちがなまえの周りを取り囲んでくれた。
 結果オーライだったとは思う。女性を無傷で保護できて、なまえも腕に傷を負う程度の怪我だけですんだ。しかし、もし先輩たちが来ていなかったらなまえは今頃もっと重傷だったかもしれないと思うと、自分の不甲斐なさと情けなさで押し潰されそうになった。
 なまえのセリフを思い出す。「ヒーローとして中途半端なうちはプライベートで遊んでいる暇はない」。まったくその通りだ。俺はまだまだ弱い。それを痛感させられた。

「電気、最近元気ないね」
「そう見える?」
「アホっぽさに欠ける」
「それただの悪口じゃね?」
「私が怪我したこと、気にしてるの?」

 その仕事から一週間が経った頃。どうにも気分が上がらずモヤモヤしたまま過ごしていた俺に対して、目敏いなまえはその変化と原因を的確に指摘してきた。怪我はもうほとんど癒えてきていて、傷も残らないそうだ。
 なまえはいつも通り俺の家に遊びに来ていて、ベッドを背もたれにして俺の隣に座りレモンティーを啜っている。あの日のことでモヤモヤしているのは俺だけらしい。そりゃそうか。なまえが思い悩むことなんてひとつもないのだから。
 なまえが怪我をしたのは俺のせいかな、って。ぽつり、そんな呟きを落としたら、間髪入れずに「馬鹿じゃないの」と返された。確かに俺は賢い方じゃないかもしれないけれど、今の「馬鹿」はそういう意味で言われたんじゃないと思う。ていうか馬鹿ってなんだ。俺、これでもすげーヘコんでたし気にしてたんですけど。

「この怪我は私の力不足のせい。電気はあの時ちゃんと正しい行動を取った」
「そうかもしんないけど」
「もし今後あの時と全く同じ状況になっても、電気は私を選んじゃダメだよ」

 返事はできなかった。なまえの実力を信じていないからではなく、もし怪我だけで済まなかったら自分自身が激しく後悔すると思ったから。俺はいつも、自分のことばかり考えている。これでヒーローだなんて笑っちゃうよな。

「電気は優しいから、全部自分のせいにしようとする」
「優しいからじゃない」
「ううん。優しいからだよ。優しいから、全部守ろうとする。そういうところ、ヒーローに向いてると思うよ」
「……なんで急にそういうこと言うかなあ」
「元気になった?」

 俺が弱っている時に笑顔を傾けてすかさず寄り添ってくれるなまえの方が、俺より何倍も優しくてヒーローに向いている。同じヒーローとしては、悔しい。けど、恋人としては、これほどイイ女はいないと惚れ直した。
 ぎゅっと抱き締めたら抱き締め返してくれて、首筋にぐりぐりと頭を埋め込んだらわしゃわしゃと撫でてくれる。俺ばっかりダメダメで、こんなんじゃいつか捨てられるじゃないかと不安になるけれど、なまえはこんな俺が良いと言ってくれる数少ない女の子なのだ。

 たぶん、じゃなくて絶対に、俺の彼女は俺よりも強い。精神的にも、ヒーローとしても。でも、あと一年後、二年後、三年後。それが無理なら十年後でもいい。とにかく、何年後かの未来では、俺の方が強くなっていたいと思う。ヒーローとしてじゃなくて(できればヒーローとしても、だけど、まずは)一人の男として。
 胸を張ってなまえを守れる男になったら、今度は同棲じゃなくて一世一代の申し出をしよう。どうかその時まで待っていてくれますように。

あいはぼくをだめにするけど