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「#年下攻め」のBL小説を読む
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「今なんつった?」
「だから、結婚しないのかって」
「誰と」
「ミスジョークと」
「…誰と?」
「ねぇ、人の話聞く気ある?」

 先ほどから何度同じことを言っても眉間に皺を寄せるばかりの元同級生に、私もつられて顔を顰めた。
 こんなに物分かりが悪いタイプじゃなかったと思うんだけど。もしかしてもう酔ってるとか? それとも歳を取っちゃったせい? 脳が衰えちゃったのかなあ。あのイレイザーヘッドも人の子なんだなあ。

「聞こえてるぞ」
「あら、声に出ちゃってた?」
「お前は昔から注意力が足りない」
「でも元気にヒーローやってるよ」
「周りは苦労してんだろうな」
「そうかなあ。そうかもねぇ。申し訳ない」
「思ってねぇだろ」
「思ってるよぉ」

 私はへらりへらりと適当な言葉を返しながらジュースみたいに飲みやすいお酒に口をつける。大人になってからの楽しみは美味しいお酒を飲むことと、それによく合う肴に舌鼓をうつことだ。おっさんみたいだと思われても良い。私はこういう女なのだ。
 今私の隣で訝しげに顔を歪めている元同級生の彼、相澤消太は、その昔、私の彼氏だった。所謂、元カレ。と言っても、付き合っているという感じは全くなくて友達の延長みたいな雰囲気だったから、同じクラスだった皆も付き合っていることは気付いていなかったと思う。今彼の同僚であるプレゼントマイクだって知らなかったはずだ。ヤツが知っていたら、声を大にして全校生徒に言いふらしていただろうから。

「私、相澤のこと好きなんだぁ」
「は?」
「びっくりした?」
「……変な揶揄い方をするな」
「だって動揺すると思わないじゃん。そうか、って適当に流されると思ってた」
「こっちの気も知らねぇで」

 始まりは私の唐突な告白からだった。言うつもりは全くなかったのだけれど、彼の顔を見ていたらぽろりと口から「好きだ」という気持ちが零れてしまっていたのだ。溢れる気持ちが抑えきれなくて…なんて、可愛い理由じゃない。所謂、不可抗力というやつ。
 その時の私はと言うと、意外と冷静だった。元々、好きだからといって「付き合ってほしい」などという感情を押し付けようとは思っていなかった。彼はそういうものを「合理的じゃあない」と一蹴するタイプの人間だと知っていたからだ。
 それなのに、まさかの展開。「付き合いたいとか思ってんのか」と。あろうことか彼は私に意見を求めてきたのだ。そう尋ねられたら、そりゃあまあ好きなんだから付き合いたいという気持ちは少なからずあるわけで、当時の私は恐る恐る首を縦に振った。それに対して彼は淡々と言ったのだ。「じゃあ付き合うか」と。
 恋人らしくデートをしたこともなければ手を繋いだこともない。それなのにキスはした。たった一回だけ。でもそれは甘ったるくてうっとりするようなものとは程遠くて、事故でぶつかっちゃった、みたいな一瞬の出来事だった。勿論(と言うのは些か切ないけれど)好きだと言い合ったこともない。私が何度か一方的に伝えたことはあったけれど、彼は特に何の反応も示してくれなかった。
 今でも不思議に思うのだ。どうして彼は私と付き合おうと思ったのだろうか、と。別れらしい別れの言葉もなく、自然消滅という形で終わりを迎えた私達の関係は、長い年月を経て何事もなかったかのように元同級生に戻った。後腐れなく、今こうして二人きりで酒を酌み交わせるほどまでに。ああ、あの頃が懐かしいなぁ。

「お前はそろそろ結婚しねぇのか」
「相手がいないって知ってるでしょ? 嫌味?」
「したいのか」
「そりゃあねぇ。女の夢だからねぇ」
「じゃあするか」
「は?」
「俺と。結婚」
「……は?」
「お前こそ、人の話を聞く気ねぇだろ」

 相変わらずの顰めっ面で突拍子もないことを言い出したもじゃもじゃ頭の男に、私はひどく動揺させられてしまった。人の話を聞く気がない? いやいや、耳の穴をかっぽじってめちゃくちゃ真面目に聞いてますよ。聞いてますけれども。今の話の流れで誰が、そうね良いわね結婚しましょ! って反応をすると思うの? 冗談でしょ。
 そこまで考えた私は、ある答えに辿り着いた。ああ、なるほど。私は揶揄われているのか。あの時、遥か昔の学生時代、私が揶揄うような言い方で告白をしたもんだからその仕返しとか、そういうことなのかもしれない。だとしたら納得できる。まったく、何年も前のことなのに仕返しだなんて、彼は何でも根に持つタイプに違いない。

「言っとくが冗談じゃねぇからな」
「じゃあ酔ってる?」
「酔ってねぇ」
「私が見てない間に頭打ったとか」
「そうだとしたらお前の目はお飾りだな」
「だってどう考えたっておかしいでしょ。結婚って意味分かってる?」
「お前はまだ俺のことが好きなんだと思ってたんだが。違うのか」

 突然核心を突く一言を投げかけられて、私の心臓は驚きのあまり飛び跳ねた。いつも通りに淡々と、何を考えているのか分からない表情でお酒を口に運ぶ彼は「違うのか」と再度同じ言葉を繰り返す。
 相澤のことが好きかどうか。かつて恋仲にあり自然消滅したにもかかわらず、今もこうして時々彼を呼び出して食事に付き合ってもらっている意味とは。そして圧倒的合理主義な彼が、絶対的に無意味な私の呼び出しに毎度応えてくれている理由とは。これはもしかしたらもしかするのかもしれない。

「…好きだって言ったら、どうするの」
「どうもしねぇよ。さっき言ったことが現実になるだけだ」
「……相澤はそれでいいの?」
「俺は合理主義だからな。自分の意に反することはしねぇんだよ」
「私のこと好きってこと?」

 何年も前から訊きたかったことを、漸く訊くことができた。ぐびり。彼がまたお酒を喉に流し込む。

「こっちの気も知らねぇで」
「それ、前にも聞いたことある」
「お前は昔から注意力が足りない」
「それもさっき聞いた」
「だからそんな馬鹿な質問ができるんだ」

 はあ、と大きく息を吐いた彼は、心底面倒臭そうに私へ視線を寄越してくる。
「何年待ったと思ってる」って言われても。終わったと思ってたんだもん。ていうか完全に終わってたでしょ。それなのに、待ってるって何よ。そんなのちゃんと言ってくれなきゃ分かんないじゃん。私、注意力が足りない馬鹿だから。相澤みたいに賢くないから。安っぽくても良いから言葉にしてよ。

「また全部口に出てるぞ」
「わざとだもん」

 じとり。彼を見つめる。やる気のなさそうな双眸は揺らがない。はあ。また溜息を吐いた彼は「一回しか言わねぇからな」という前置きをしてから、珍しく、本当に珍しくちょっぴり照れながら、安っぽい愛の言葉を囁いた。
 彼はお酒を飲みすぎると記憶をなくしてしまう厄介な酔い方をする男なのだけれど、こちらに向けられた眼光は鋭いままだから。きっと大丈夫…だと信じたい。
 どうか明日になっても、この瞬間のことを覚えていてくれますように。なかったことになりませんように。そう願いながら、私は彼の手元からお酒を奪った。

不確定な未来、ひとつください