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 轟くんは、何を考えているのかわからない、と言われていることが多いイメージだ。実際、普段は何をしていてもほとんど表情が変わらないし、皆が大爆笑している時もキョトンとしている姿しか見ないから、そのイメージは当たっているのだと思う。
 だから、まさかまさか、そんな轟くんから告白される日がくるなんて、微塵も思わなかったのだ。もしかしたら私にそういう気持ちがあるのかも、と仄めかす素振りなんて当然なかった。授業中だって、お昼ご飯を一緒に食べる時だって、轟くんが私とその他の人に対する態度を変えたことは一度もない。
 そもそも轟くんが恋愛にうつつを抜かすイメージは全くないし、大変失礼なのを承知で言わせてもらうと、轟くんはラブとライクの違いがわかっているのかどうかも危ういと思っていた。だから何度も言うように、轟くんからの告白はどうやったって信じられない。

 放課後の教室、というベタなシチュエーション。他のクラスメイトたちは先に寮に帰ったはずだから、残っているのは私と轟くんだけだ。
 私は日直だったから日誌を提出しに行って、その後で発目さんのところにコスチュームの改良に関する話をしに行ってから教室に戻ってきた。発目さんとの話がどれぐらいかかるかわからないから皆には先に帰ってと言っておいたはずなのに、轟くんだけがぽつんと残っていた時点でおかしいなとは思っていたのだけれど、だからって、告白されるかも、という予想までできるはずがない。

「轟くんどうしたの? 忘れ物?」
「いや。みょうじに言いたいことがあって待ってた」
「何ー? 急に改まって」
「俺はみょうじのことが好きだ」
「……へ?」

 あまりにも唐突に。そして照れる様子も躊躇う様子もなくするりと言われたものだから、聞き間違いか、都合の良い空耳か、そうでなければ、聞こえた声の主は本物の轟くんではないのかもしれないと疑いたくなるほど、私にとってキャパオーバーな一言だった。
 轟くんと言えば、イケメンかつ将来有望なプロヒーローの卵だ。私もプロヒーローを目指して日々奮闘しているけれど、轟くんを見ていると努力だけではどうにもならないことってあるよなあと思うことがある。それぐらい轟くんは、“個性”と“個性”を操る才能に恵まれていると思う。もちろんそこに至るまでに、私が考えられないような苦労や努力を積み重ねてきたことも理解しているつもりだ。
 さて、話を元に戻そう。正直、轟くんのことは恋愛対象として見ていなかった。というか、私如きが恋愛対象にして良い人物だとは認識していなかった。客観的な評価をするなら、クラスメイトとして、友だちとして、普通に会話ができているだけでも凄いことだと思う。
 それなのに、今轟くんは私に好きだと言ってきた。どこかヌケたところがある轟くんのことだから、犬や猫と同等の「好き」という意味で言ってきた可能性もゼロではないけれど、わざわざ放課後に私を教室で待ち伏せて二人きりになってまで言ってきたのだから、さすがに特別な意味を孕んだ「好き」の方だろう。

 完全にフリーズしてしまった私は「えっと」「あの」「あー」「うーん」と、その場凌ぎにもならない意味のない言葉を漏らし続ける。轟くんは私が明らかに戸惑っているのを見ても、ちっとも動揺していない。圧巻の落ち着き具合である。
 一人焦る私をよそに、轟くんは「みょうじ」と、その綺麗な声で私を呼んだ。ごめんなさい。まだ何って返事をするか決まってないんです。もう少し時間をください。私が心の中でそう言うのと、轟くんが半歩私に近付くのがほぼ同じタイミングだった。

「困らせて悪いと思ってる」
「え、いや、うん……その、ごめん、びっくりしすぎて何も言えなくて……」
「俺が勝手に好きになっただけで、みょうじに俺のことを好きになってもらう必要はないから気にしないでくれ」
「え」

 気にするなと言われても、どうやったって気になるに決まっている。いや、今はそんなことよりも(そんなことではないけれども)告白してきたのにその相手に好きになってもらう必要はないと言うなんて、一体どういうことだ。
 普通、自分が好きになった相手には好きになってほしいと思うものではないだろうか。少なくとも私は、自分が好きになった相手に好意を持たれたいと思う。しかし轟くんの考えは、どうやら違うらしい。

「片想いのままがいいってこと?」
「そういうわけじゃない。ただ俺は、みょうじに好きになってもらいたくて好きになったわけじゃねぇから」

 愛は見返りを求めない、とは誰が言った言葉だっただろうか。そもそもそんな名言が本当にあったのかどうかも記憶が定かではない。が、今はそんなことどうでもいい。
 轟くんの言い方は、まるで遠回しに「俺のことは好きにならなくていい、好きにならないでくれ」と、私を突き放しているように聞こえた。私が屈折した受け止め方をしているのかもしれない。けれど、轟くんの発言を聞いていたら疑問が生まれた。本当にそんな風に思っているのだとしたら、どうして私に告白してきたのだろうか、と。
 自分一人が一方的に好きなままで良い、好きになってもらう必要はない、と思っているのなら、その気持ちを私に伝えなくても良かったはずだ。一人でひっそりとその気持ちを秘めていれば、私がこんなに戸惑って挙動不審になることもなかったし、今まで通りクラスメイトとして仲良くすることができていただろう。
 しかし轟くんは、今までの関係が壊れるかもしれないのに(もしかしたらそこまで考えていなかった可能性もあるけれど)私にその気持ちを伝えてきた。それはなぜなのか。私は純粋に、轟くんが告白しようと思った経緯が知りたくなった。

「じゃあ私は、轟くんのことを好きになっちゃだめなの?」
「それは……」
「好きだって言われたら、これから轟くんのことは特別な目で見ちゃうよ。今までよりどんどん好きになっちゃうかもしれない。轟くんはそういうのも望んでないってこと?」

 言葉を濁す轟くんは、考えはまとまっているのに発言するのを躊躇っているように見えた。だから私は、ただ静かに待つ。轟くんの口から言葉が零れてくるのを。

「初めてなんだ。好きとか、そういうの」
「うん」
「だから、怖い」
「怖い?」
「例えばみょうじが好きになってくれたとしても、いつか好きじゃなくなったって言われる時がくるだろ」

 何でもそつなくこなし顔色ひとつ変わらない轟くんの表情が、儚げに歪んだ。今の口ぶりでいくと、私は轟くんの初恋の相手ということになるのだろう。それに胸を高鳴らせる間もなく、続けて言われた本音らしき言葉に驚愕する。轟くんは、誰かに好きになってもらえる喜びよりも、いつか終わるかもしれない、壊れてしまうかもしれないその時のことを考えているのだ。
 はっきり言って、轟くんの考え方は重い。一度好きになったら一生その人だけを好きでい続ける、というのは理想かもしれないけれど、私たちはまだ高校生だし、もしものもしも結婚したとしても、ずっと好きでい続けられるとは限らない。それが現実である。
 けれども轟くんは、そういうことを言っているのではない……ような気がした。ただ、誰かに好かれることを恐れているというか、好きという感情を信じられないというか。好意を抱かれることに対して極端に不器用であることは間違いない。

「私がこれから轟くんを好きになるかどうかはわからないし、好きになったとしても、これから先ずっと好きでい続けられるっていう約束はできない」
「わかってる。だから、」
「でも、嫌いにはならないよ。絶対に。それは約束できる」
「……ありがとう」

 轟くんの大きな目が更に大きく見開かれ、それから細められた。照れ臭そうに笑ったのだ。もともと整った顔立ちだから、微笑みだけでキラキラというよりピカピカ眩しい。笑顔を見たことはあるけれど、今みたいに真正面から笑いかけられたことはないから心臓が飛び跳ねた。
 先ほど轟くんに言った通り、私がこれから轟くんのことを好きになるか、好きになったとしてもそれが持続するかどうかはわからない。けれどなんとなく、良い方向に進みそうな予感がする。

いつか始まる永遠の前に