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 夜中に出動要請がかかり、全てを片付けてから家に帰ったのは朝の九時前だった。太陽はとうの昔に昇っていて、今日もうざったくなるほど明るく世界を照らしている。
 昨日はたまたま早めに寝始めたお陰で仮眠程度には睡眠時間を確保できていたが、それでも夜中の間ずっと身体を動かし続けていれば当然のように眠たい。今日が非番で良かったと思いつつ、俺は玄関の扉を開いた。

「……寝てんのか」

 思わず呟いてしまったのは、俺が帰ってきたらすぐさま出迎えにくる女の姿が見えなかったことに違和感を覚えたからだ。たしか今日はアイツも非番だったはず。となれば、寝室でまだ寝ているのかもしれない。
 昨日寝る前に「早起きしてデートしよ!」と意気込んでいたのはどこの誰だったか。まあどちらにせよ、今日はそのプラン通りに動けそうな状態ではないから、俺もさっとシャワーを浴びて寝室に行こう。
 寝ているであろう同棲中の自分の女の姿を確認すべく寝室の扉を静かに開いた俺は、そこに誰もいないことに驚くと同時に、眉間に皺を寄せた。休日の朝早くにアイツが俺の声かけなしに起きることは珍しい。家の中にいないのは、更に珍しい……というか有り得ないことだった。
 寝室以外の場所も確認してみたが、女の姿はない。こんなに朝早くから買い物に行くだろうか。それとも俺がいない間に、何か良からぬ出来事が起こったのだろうか。背中に嫌な汗が伝う。
 と、その時だ。どこからどのように入ってきたかは分からないが、俺の足にもさもさと纏わり付く小さな生き物がいることに気が付いた。正真正銘、どこからどう見ても猫である。
 俺が玄関の扉を開けた時に入ってきたとは思えないが、もしかしてこの猫とアイツがいないことには何か関係があるのだろうか。現時点では何も分からないが、猫はかなり人懐っこい性格のようで、俺の姿を見ても逃げる素振りを見せない。しかも俺が家の中をうろうろすると、なぜかその猫も付いてくるのだから意味が分からない。

「ンだよ。俺はてめーの主人じゃねェぞ」
「にゃー」

 人の言葉が分かるとは思えないが、一応言ってみる。本来ならこんな得体の知れない猫はすぐさま外にぽいっと放り投げてしまっても良いところである。しかし俺がそうしないのは、アイツがこの猫を拾ってきたのだとしたら、勝手に逃すと面倒なことになるのが目に見えていたからだ。
 俺の言葉が分かるはずもない猫は、一鳴きしてからまたもや足に擦り寄ってくる。俺は元々動物に好かれるタイプの人間じゃないのだが、この猫は例外なのだろうか。そう思うと、まあ、嫌な気はしなかった。
 膝を折ってしゃがみこみ、猫に視線を合わせる。くるりとした大きな眼は、どことなくアイツを彷彿とさせた。既に飼い主に似てきたのだろうか。そういえば人懐っこいところもそっくりだ。

「腹へったんか」
「にゃー」
「俺がシャワー浴びてる間、牛乳でも飲んどくか?」
「にゃー」
「……」

 真剣に猫に話しかけている自分にハッとして立ち上がる。こんなことをしている場合ではない。猫のことは放っておくとして、アイツはどこに行ったのだろうか。
 携帯に電話をしたら寝室から着信音が聞こえた。どうやら置きっぱなしにしているらしい。携帯を携帯せずに出かけるなとあれほど言い聞かせていたはずなのに。あの馬鹿女め。
 俺はとりあえずシャワーを浴びながら帰りを待つことにした。携帯を持って行かないぐらいだから、そんなに時間がかからない用事を済ませに行っているのかもしれない。
 足元に目をやる。猫は相変わらず俺の周りをうろうろ、すりすり。……わぁーったよ。牛乳やりゃいいんだろ。何も言われていないが、俺は冷蔵庫から牛乳を取り出して皿に入れ、レンジで少し温めてから床に置いて風呂場へ向かった。なんで俺がこんなことしなきゃなんねーんだ! と思いながら。

 シャワーを浴びて下着とズボンだけ適当に履いてから髪を拭きつつリビングに戻ってきたが、未だにアイツの姿はなかった。いるのは猫一匹。俺の姿を見つけるなり近寄ってくるあたり、相当懐かれているのだろう。動物は好きでも嫌いでもないが、やはり懐かれて嫌な気はしない。
 俺が髪をわしゃわしゃと拭いた際に飛び散った水滴が猫に降りかかったのか、ふるふると身体を振る。「にゃー」と何かを訴えてはいるが、生憎俺に猫語は分からない。温めてやった牛乳は空っぽになっているから腹はそこそこ満たされたんじゃないかと思うが、他に何が言いたいのだろう。
 冷蔵庫からペットボトルの水を取り出して飲み干しながらソファにどかりと座る。すると猫はそれを見越していたかのように、すぐさま俺の足の上に飛び乗ってきた。

「てめーのご主人サマはどこ行ったんだよ」

 なんとなく猫の首元を擽りながら呟く。するとどうだろう。今の今まで俺の足の上でゴロゴロと喉を鳴らしていた猫が、ずっと探していた女の姿になったではないか。
 シンデレラでもあるまいし、一体何の冗談だ。俺は女をひと睨みする。が、女は怯むどころか、むしろ俺の顔を見て安堵の色を浮かべていた。

「良かった〜! 戻った!」
「……何の遊びだ?」
「違う! 違うの!」

 人の足の上に跨ったままどんな言い訳をするのかと思えば、今朝早くに目を覚ましたら俺がいないことに気付き、寂しさを紛らわすために散歩に出かけたら通りすがりに可愛い猫がいて、その猫を撫でたら自分も猫になってしまった、などとふざけたことを言ってのけた。
 恐らく誰かの何らかの“個性”による影響だろう。「どうやったら人間に戻れるか分からなくて不安だったから良かった」と俺にしがみ付く女を見たら、さすがの俺でも怒鳴りつけることはできなかった。

「ったく…何やっとんだ……」
「ごめーん……あと、おかえり」
「ん。ただいま」

 漸くいつも通りの状態に戻ったところで、安心したせいか睡魔が襲いくる。

「仕事疲れたよね。今日は家でゆっくりしよ」
「少し寝りゃ午後からなら出れる」
「私も勝己と一緒に寝るからいいの。それより、勝己って猫好きなの?」

 突拍子もない質問に面食らって言葉に詰まる。が、俺はすぐさま答えた。

「好きでも嫌いでもねえわ」
「ふーん……意外と優しかったから好きなのかと思った」

 何を言い出すかと思えば、先ほどまで猫だった女はニヤニヤと嫌な笑みを浮かべていて居心地が悪い。優しくした覚えは一切ないが、僅かな間でも猫だった女にとってはそう受け止めることができる何かがあったのだろう。
 確かに、普段だったら猫一匹相手にあんなことはしないかもしれない。というか、できないのだ。猫の方が俺に寄り付かないから。そういう意味では、今回の状況はイレギュラーすぎたから、参考にされても困る。

「牛乳、ちゃんと温めてくれるんだなあって思ったよ」
「うるせえ」
「追い払われなかったし」
「黙れ」
「照れてる?」
「違ェーわ!」
「ふふ、そんなに怒らないでにゃん?」

 小首を傾げ語尾にふざけた擬音をつけて笑う女のせいで、一気に睡魔が吹っ飛んだ。これは俺に対する挑戦か。はたまたそういう誘いなのか。何にせよ、上半身裸の俺の足の上に跨って座ったままふざけたことを言ってきたのだから、それなりの覚悟はできているに違いない。
 腰を引き寄せて、とりあえず手始めに唇に噛みつく。すぐに離して顔を見れば、ふふ、とまだまだ余裕たっぷりに笑って見せる女に、また煽られる。

「ヤる気満々だなァ?」
「眠たいんじゃなかったの?」
「それは後でいい」
「朝ご飯食べなくていい?」
「それどころじゃねーだろが」
「朝から元気だねえ」
「どっちが」

 跨ったままの女をひょいと抱きかかえて向かうのは、勿論寝室。冷え切ったベッドシーツが俺達の体温で温まるのも、時間の問題だろう。

気紛れデイズ