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「轟くん!? なんでこんなとこに来てんの!?」
「一緒に帰ろうと思って」
「えっ、いや、それは嬉しいけど、あの、轟くん目立つから…」
「悪い。嫌だったか」
「嫌ではない! けど!」
「けど?」
「……なんでもない、です…」
「そうか」

 彼はクラス中の視線を一身に受けているにもかかわらず、全く動じることなく淡々と言葉を紡いでいた。轟焦凍。雄英生で彼のことを知らぬ者はいないだろう。体育祭で二位の実力。しかもあのエンデヴァーの息子。更にイケメンのオプション付き。これで注目されない方がおかしいというものだ。雄英生でなくとも、体育祭のテレビ中継を見ていた人であれば振り返って顔を確認するほどの有名人。
 一方で私はというと、そこら中に生えている雑草みたいに平凡でどこにでもいる、普通科に通う雄英生だった。“個性”だって特に突出したものではない。触れた人の感情がちょっとだけ色で見えるぐらいの、何の役に立つのかも分からないものだ。洗脳できる能力を兼ね備えているわけでもなければ、見える色もぼんやりしていて数秒程度で消えてしまう。上位互換の“個性”を持つ人はこの世に腐るほどいるだろう。そんな私と彼が恋仲にあるなんて、本当に奇跡みたいなことである。
 正門を潜って、帰路につく。速すぎるわけでもなければ遅すぎるわけでもなく、私の歩調に合わせて歩いてくれる彼はきっと優しい。巷では、無愛想で少し怖い、という印象があるらしい彼だけれど、話してみればなんてことはない。彼だって普通の高校生の男の子なのだ。…いや、普通、ではないかもしれないけれど。

「轟くんのクラスの皆は将来プロヒーローになるんだよね?」
「そうだと思うが…それがどうかしたのか」
「女の子も、だよね」
「たぶんな」
「…私、轟くんの隣にいても良いのかなぁ」

 それはずっと思っていることだった。こんなどうでも良い“個性”しか持っていない私より、将来有望で優秀な可愛い子が、彼の周りには沢山いる。それは何も彼のクラスの女の子に限った話ではない。この雄英に通う子の多くは、私よりずっとずっと秀でているのだ。
 今の関係になる前、彼は私に言った。「俺は俺自身の力でナンバーワンヒーローを目指す」と。彼とお父さんの関係については、彼自身の口から少しきいた。普段は穏やかな海のように深い青色に見える感情が、その話の時にはどんどん黒く濁った色に染まっていったのが非常に印象深くて。つまりはそういうことなのだろうと察知してからは、お父さんの話には極力触れないようにしている。
 とん。考え事をしていたせいで突然彼が立ち止まったことに反応できなかった私は、彼の背中にぶつかってしまった。その瞬間、視界に飛び込んできた色に、私は目を見開く。黒い、黒い、混じりっけのない黒。この感情は。振り返った彼と目が合う。それと同時に視界の黒は消えていった。

「見えたか。俺の色が」
「……怒ってる?」
「そうだな。腹が立っているのは確かだ」
「どうして?」
「自分が何を言ったのか思い出してみろ」

 お父さんの話は一切していない。それは間違いない。彼は基本的に温厚というか、家族関連の話題でなければ大体の場合は感情の起伏がないタイプだった。だから、お父さんの話題を持ち出していない限り怒らせるような事態にはなり得ないと思っていたのに、どうして。
 「思い出してみろ」と言われたからにはきちんと思い出してみようと、私はほんの数分前までの会話を必死に反芻してみる。けれどもやっぱり、彼が怒りそうな話題は見つからなかった。私の記憶力が悪いせいかもしれない。ああもう、私のポンコツ。

「理由分かんないや…ごめん」
「俺はみょうじを選んだ」
「え、あ、はい」
「みょうじは俺を選んだわけじゃないのか」
「へ? え、と……」

 突然の問いかけに、私は戸惑いを隠しきれない。彼は真面目な顔で一体何の話をしているのか。賢くない私には、ちっとも理解できなかった。
 そもそも、選ぶとか選ばないとか、そういうレベルの話はできないと思う。だって、私は彼と同じ土俵の上に立つことができるような、選べる側の人間じゃないもの。彼が私を選んでくれたことは飛び上がるほど嬉しかったけれど、私如きが彼を選んだ、なんて。そんな言い方は烏滸がましすぎる。

「私は轟くんが良いならそれで良いっていうか…」
「その言い方は気に食わないが、それならそれで隣にいても良いかどうかなんて迷うな」
「え」
「俺はみょうじに、隣にいてほしいと思った。だから好きだと伝えたし、できるだけ同じ時間を共有したいと思って一緒に帰ってる。これからもそうするつもりでいる」
「あ、ありがとう……」

 彼の言葉はいつもストレートだ。まどろっこしい言い方はしない。思ったことを的確に、簡潔に伝えてくる。言われたこちらが恥ずかしくなってしまうぐらい、照れもせずにはっきりと。だからこそ、響く。決して嫌な気持ちはしないけれど、その言葉はずしりと重たい。

「そもそも、そういうつもりじゃなかったら教室まで迎えに行ったりしない」
「うん…そう、だよね…」
「不服そうだな」
「まさか! 嬉しいことばっかり言ってくれるから現実味がなかっただけ!」
「……それならいい」

 わたわたしている私の手を徐に取って、彼は先ほどよりもゆっくりと歩き出す。触れたところからじんわりと伝わる熱は彼のもの。冷たくも熱くもなく、温かい。
 繋がっている手元に落としていた視線を彼へと流す。映ったのは彼の髪の色をちょうど半分こしたような色でちょっと似合わないなあと思ってしまったけれど、私のことを想ってくれている時の彼の色だけは特別なのかもしれないと考えたら嬉しくて、ひとりでに顔が綻んでしまった。

「そんなに面白いことがあったか」
「面白いっていうか…嬉しいこと、かな」
「そうか」
「轟くん」
「なんだ」
「これからも宜しくね」

 改めてそう言えば、キョトンと不思議そうな顔をする彼。きっと「何を今更?」と思っているのだろう。別にいい。私の考えていることが伝わらなくても。彼はきっと何も分からなくても、無条件で隣にいてくれるって分かったから。こんな風に甘えてしまう私を、嫌いにならないでね。

赤と白と真ん中と