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※上鳴闇落ち設定、未来捏造しまくりのため閲覧注意


 彼は底抜けに明るくて、ノリが良くて、いつも笑顔で、アホだけど人懐っこくて憎めなくて、その“個性”によく似合うピカピカした男だと思っていた。だから惹かれた。だから好きになった。だからなんとなく、この先もずっと一緒にいたいと思っていた。
 それなのに、今私の目の前に広がっているのはなんという光景だろう。彼が一人、広くて暗い倉庫の中で立っていた。彼の周りには何人もの人が倒れている。ヴィラン? 違う。倒れているのは全員、プロヒーロー達だ。私達の仲間。一体どういうこと? ねえ電気、どうしてあなただけが無傷で立っているの? 理由を知りたい。けど、知りたくない。
 彼がゆっくりとこちらを向いた。その表情は今まで見たことがない。どこまでも深い深い闇に染まった瞳。こんな電気、知らない。こんなの電気じゃない。ヴィランが作り出した偽物? 幻? 何でもよかった。彼が彼じゃないと言ってくれるなら、なんでも。

「あなたは、誰?」
「…知ってるでしょ。上鳴電気」
「うそ」
「ほんと」
「うそだよ、」
「残念、ほんとなんだよね、これが」

 軽い口調は確かに彼のものだった。けれども、それならばなぜ、プロヒーローを目指しているはずの彼が、何人ものプロヒーローを虫の息にしているというのだろう。彼はまだプロヒーローじゃない。私や雄英高校に通う仲間と一緒に、プロヒーローを目指して切磋琢磨している身分だ。漸く仮免取得を果たした程度のひよっこ。こんなこと、できるはずがない。

「ヴィランはどこに行ったの?」
「どこにも行ってないけど」
「…じゃあ、これは、」
「もう分かってんでしょ」
「分かんない…」
「俺がやったって、分かってるよね?」
「分かんない!」

 広い倉庫内に木霊した私の悲痛な叫びは、確かに届いているはずなのに、彼の顔色は何一つ変わらない。冷たくて何の感情も感じられない双眸が、私を見つめているだけだ。

「アホで明るいだけが取り柄みたいな俺が、こんなことできるはずないって思ってる?」
「だって…電気は、ヒーローを…目指してるんでしょ……?」
「まあ設定上はね」
「設定、って、」
「俺、ヴィランだもん」

 彼は至極あっさりと、信じ難い事実を口にした。事実じゃないと思いたい。それこそ嘘だと思いたい。けれども現状、彼は多くのプロヒーローを一人で倒しており、本来なら許容範囲を超える量の放電をしたらキャパオーバーになるはずなのにその様子もない。
 底抜けに明るくて、ノリが良くて、いつも笑顔で、アホだけど人懐っこくて憎めなくて、その“個性”によく似合うピカピカした男。そんな彼の姿は見る影もなかった。

「全部演技。上手かったっしょ? アホなフリとかすげー頑張ったもん。なまえちゃんのこと好きなフリも」
「…好きな、フリ、」

 彼は数ヶ月前、私に言ってくれた。「好きになっちゃった」と。とてもシンプルで飾りっ気のない言葉だったけれど、それが彼らしいなと思った。じんわりと「好き」が染み込んでいって、優しい気持ちになれた。彼なら私を大切にしてくれそうだなと、漠然と思った。
 少し悩んでから「私も」と言った時に見せてくれた照れ笑い。その後A組の面々に冷やかされながらも楽しく賑やかに過ごしていた日々。それすらも全て演技だったというのか。だとしたら彼は主演男優賞にノミネートされてもおかしくないほどの演技派男優だ。ただの、ヴィランのくせに。

「本当に全部、嘘、なの?」
「そうだよ」
「本当の電気は、どこにも、いなかったの…?」
「信じたくない気持ちは分かるよ。なまえちゃん俺のこと本気で好きっぽかったもんね」

 電気の見た目をした電気じゃない彼は私を嘲るように笑う。そうか、彼は私のことが好きなわけじゃなかったのか。その表情を見た私は、唇を噛み締めながら痛感した。現実の残酷さを。
 倉庫の外が騒がしくなってきた。応援が駆け付けたのだろう。彼もそのことに気付いて私に踵を返す。…踵を、返す? 放電せずに?

「じゃ、もう会うことはないと思うから」
「なんで…!」

 どうして私に放電しないのか、それが疑問だった。倒れている彼らと同じように、私も虫の息にしてしまえばいい。ヴィランならそうするべきだ。でも彼はそうしない。ねぇ、なんで?
 ひらひらと手を振る背中に張り上げた「なんで」の声に、立ち止まる彼。そして、ほんの少しだけこちらに顔を傾けた彼はひどく小さく、そして確かに震えた声でで言ったのだ。「ごめん、」と。

「電気…っ!」

 伸ばした手は、届かない。空を切った手。消える金色。膝から崩れ落ちた私の背後から駆け寄ってくる大勢のプロヒーローとクラスメイト。
 こうして私の恋は劇的な終わりを迎えた。

◇ ◇ ◇


 終わりの日から五年。ヴィラン連合は完全に解散したらしいと風の噂で聞いた。だからと言ってヴィランがこの世界から消えるわけではないし、ヒーローが必要なくなったというわけでもない。私達の日常自体に大きな変化はなかった。
 私は高校卒業後、サイドキックとして任務をこなす日々を送っている。いつかは独立したいと夢見ているけれど、まだまだ先は長そうだ。
 今日はやけに運が良い日だった。ヴィランはそんなに手こずるタイプじゃなくてあっさり確保に成功。建物の被害はほとんどなかったし、怪我人もゼロ。市民の皆さんから温かい拍手や激励の言葉までいただいた。そういう現場は多くない。
 きっと今日はあらゆる占いにおいて一位の日だったのだろう。だから先輩にチョコレートをもらったり、赤信号で止まることなくすいすい帰れたり、立ち寄ったスーパーでお目当ての品が安くなっていたりしたに違いない。もうこれ以上の幸せはないだろう。
 そう思っていた私の目の前に、突然音もなく現れた人物。忘れもしない。忘れられるはずもない。それは、私に終わりを告げた金色。これが幸福の延長なのか、今日一日の運を使い果たした結果もたらされた災いなのか。今の私にはまだ、判断できない。

「俺のこと、覚えてる?」
「……忘れたかったよ」
「そりゃそうだよな」
「どうしてヴィラン連合の残党がこんなところにいるの」
「まあ…俺にも色々あって」
「色々、ね」

 随分と久し振りに会った彼は髪型も声音も変わっていなかったけれど、少し背が伸びたせいか大人びた印象になっていた。ヴィラン連合はそのほとんどが拘束されたはずなのに、なぜ彼がこんなところにいるのか。そしてなぜ、わざわざ私の前に現れたのか。何も分からない私は、また何かを企んでのことなのかと、警戒心を露わにした。
 あの頃とは違う。私はもう、プロヒーローの一員となった。何もできずに震えて泣くだけ、なんてことはない。
 彼は、上鳴電気は、私をじっと見据えていた。微動だにせず、ただ真っ直ぐ私を見つめているその瞳は色を取り戻しているような気がするけれど、信じる勇気はない。なんせ私は彼に、今世紀最大と言ってもいいほどの裏切りをされたのだ。そう簡単に信用できるわけがない。

「今更って思われるかもしんないけど」
「何?」
「嘘だった」
「知ってるよ。全部嘘だった、って、あなたがそう言ったんじゃない」
「そうじゃなくて」
「何がそうじゃないの?」

 もう五年だ。私も少しは大人になった。あの日の出来事も自分なりに消化して乗り越えた。冷静に話せるだけの余裕もある、はずなのに。
 声が荒ぶった。彼の姿を見つめれば見つめるほど、胸の騒めきが増す。それと同時に、消え失せたはずの想いがどこからともなく蘇ってきて、次第に息苦しくなってきた。そんな変化を悟られまいと、自然と威嚇するような声を発してしまったのだろう。
 一種の防衛本能のようなものだ。もう傷付きたくない。辛い思いはしたくない。それなのに、蘇ってきた想いは私の意思に反して瞬く間に大きく膨れ上がっていく。

「全部演技だって言ったけど、あれ、うそだった」
「…そんなこと、」
「信じらんないのは分かってる。でも、ごめん」

 「ごめん」という音色は終わりの日に微かに聞こえた時のものと酷似していて、心臓を鷲掴みにされたような気分に陥る。何に対する謝罪なのだろう。裏切りに対する謝罪なのだとしたら遅すぎる。謝られたって許せるわけがない。
 それまで微動だにしなかった彼が近付いてきた。一歩、二歩と距離が縮まる度に、私の鼓動は速くなる。逃げた方がいい? とりあえず離れる? 迷っている間にも彼は歩を進めてくるものだから、あっと言う間に私の目の前に辿り着いてしまった。
 近付くと余計に感じる私との体格差。けれどもその顔に貼り付けられた情けない表情は五年前とちっとも変わらない。縋り付くみたいに私を見つめる瞳は、やっぱり曇りがなかった。これも演技なのだろうか。私には本当の彼がいまだに分からない。

「好きだって気持ちは、嘘じゃなかった」
「……うそ」
「今度は演技じゃないって言ったら信じてくれる?」

 それが本当だったらどんなにいいだろう。こうして私に会いに来てくれた時点で、彼の気持ちは本当なんじゃないかと期待してしまう。あの時、私に手をくださず見逃してくれたのはそういう気持ちが根底にあったからだと信じたいとも思う、けれど。
 過去が現在の邪魔をする。どれだけ彼のことが好きでも、信じたいと思っていても、一度裏切られた記憶は簡単には塗り替えられない。だから。

「信じられないよ…」

 吐き出した本音に、彼が息を飲むのが分かった。あの頃よりも高い位置にある瞳が微かに揺らいでいる。「だよな、」と落とされた声のなんと力のないことか。
 演技が上手だって知ってしまった。私よりうんと強いということも知ってしまった。じゃあ本当の上鳴電気はどれ? 私は、それが一番知りたい。

「だから、本気だって言うなら…これから一生かけて信じさせて」

 傲慢なことを強請った。「それはさすがに無理っしょ」と軽くあしらわれてもおかしくなかった。それなのに目の前の男ときたら、目を見開いて驚いた直後、目を細めて「ありがとう」なんて言うから。アホすぎて、涙が出てきてしまった。
 今日はやけに運が良い日だった。だからこの再会も、私が更に幸せになるための一欠片だったのだと思うことにする。それを証明できるのは、私の一生が終わる時だと信じよう。

ゴールド・エンド