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 俺はそんなに賢い方じゃないし、男気があるってわけでもない。どちらかというと無茶はしたくないと思う方だし、極力怪我もしたくないと思っている。だから決してプロヒーロー向きの性格ではないと思うのだが、それでも、どうしてもヒーローになりたい理由があった。
 それは俺がまだ小学生だった頃。“個性”の扱い方がまだ完璧ではなくて(今も完璧だとは思わないし制御しきれないこともあるがそれはひとまず置いておいて)、コンセントを口に咥えて充電したり電化製品を使うぐらいが関の山だった頃のことだ。
 当時の俺は今よりもう少し無邪気でアホだったから、プロヒーローを目指そうなんて志の高いことを思う脳みそも持ち合わせてはいなかった。テレビで活躍するヒーローをみてカッコいいなと思うことはあっても、将来こんな風に誰かの役に立ちたいなんて、微塵も考えていなかったのである。
そんな俺に訪れた転機。それは、小学生になってずっと同じクラスだった初恋の女の子、なまえちゃんによってもたらされた。
ある日の帰り道、俺と数名の男子と数名の女子で仲良く下校していた時のこと。その数名の女子の中に、なまえちゃんもいた。集団下校していたのは、捕獲できていないヴィランが街中をうろついている可能性があるから、という理由だったのだが、一緒に下校してくれるはずの先生がなかなか来なかったものだから、俺達は勝手に帰路についていた。
ヴィランに遭遇することなんて滅多にない。だから大丈夫だと、俺を含め、そこにいる全員が思っていた。けれどもそういう時に限って、不測の事態というものは発生する。逃走中のヴィランが俺達の前に現れたのだ。初めて相対するヴィランに、子どもだった俺達は怯えて後退ることしかできなかった。なまえちゃんを除いては。
 彼女の“個性”は触れたものを自在に操ることができるという、ちょっと人より秀でていそうな能力だった。だからどうにかできると思ったのか、それ以外の意図があったのか。正直、そこら辺はよく分からない。ただ、彼女は近くにあったものに手当たり次第に触れて、ヴィランに投げつけていた。
 そのお陰で俺達はその場から逃げる時間を与えてもらったのだが、それでも、子どもの足で逃げる距離には限界があったし、子どもである彼女の“個性”を使える時間もまた、すぐに限界を迎えた。ヴィランに追い付かれて、空き地のようなところに追い詰められた俺達は、もうここで殺されるのではないかと思った。
 しかしその時、俺の視界に彼女が映った。恐怖で震えている彼女の姿が。勇敢にもヴィランに立ち向かっていった彼女も怖くなかったわけではないのだと、当たり前のことに気付いたのだ。
じゃあ俺は? 怖いからって何もしなくていいのか? このままヒーローが来るまで大人しく待っていることしかできないのか? それでもしヒーローが来るのが遅かったら? 俺達はどうなる?
 正義感に駆られてとか勇気があったからとか、そんなカッコいいもんじゃない。ただ、何もせずに終わるよりも彼女のように何かをして終わる方が納得できるんじゃないかと思っただけ。そして俺は初めて、自分の“個性”を人に向けて使った。放電をしたのは、この時が初めてだったのだ。
 結果的に、俺はヴィランだけでなく彼女を始めとする周りにいた友達も巻き添えにしてしまったけれど、直後に駆け付けたプロヒーローによって事なきを得た。幸いにも俺の電力はまだそこまで大きなものではなかったから友達も大事には至らなくて、緊急事態だったからという理由でお咎めを受けることもなかった。

「電気くん」
「あー…ごめん、もう怪我大丈夫?」
「うん。全然平気。守ってくれてありがとう」
「いや、最初に守ってくれたのはなまえちゃんだし」
「私は怖くて、ただ自分が逃げたかっただけだもん。電気くんとは違うよ」
「そうかな…」
「電気くんはきっと、将来、カッコいいヒーローになるね」

 俺は無邪気でアホで単純だったから、彼女のその一言によってヒーローを目指そうと決めた。初恋の女の子のたった一言によって、大切な将来の道を決めたのだ。そういうところがアホなのだと言われたらぐうの音も出ない。しかし今日、俺はプロヒーロー「チャージズマ」としてのスタートを切った。それは紛れもない事実である。

「今日はこの地域のパトロールを頼む」
「分かりました」
「初任務だからな。頼んだぞ。何かあったらすぐ連絡するように」
「うっす」

 雄英高校に通っていた三年間で、色々な経験は積んできた。インターンにも参加していたから現場での動き方も心得ている。けれどもやっぱりヒーローとして仕事を任されるというのは、それまでとは違う緊張感があった。
 まあでも、そう簡単に事件なんて起こらない。起こったとしても、そんなに大した事件じゃないだろうからどうにかなる。元々能天気な俺は、そんな楽観的な考えの元、パトロールに当たっていた。それがいけなかったのかもしれない。
 パトロールを始めてから一時間ほどが経過した頃だった。大きな爆発音がきこえて振り向けば、数百メートル先の小さなビルから黒煙が立ち上っているのが見えて慌ててそちらへ向かう。すると、そこには数名のヴィランと思しき人物と、民間人であろう女性の姿が見えた。
 先輩に急いで応援要請はしたものの、駆け付けるまでどれだけ早くても数分はかかるだろう。その間にあの女性はヴィランに連れて行かれてしまうかもしれない。何がどうなって爆発が起こったのか、こんなことをした目的は何なのか、ヴィランは全部で何人いるのか。何も分からなかった。けれども、分からないからといって指を咥えて応援が来るのを待っているわけにはいかなかった。俺はもう、プロヒーローなのだから。

「その人、離してもらえる?」
「誰だお前?」
「スタンガンヒーロー・チャージズマ。知んないの?」
「知らねぇな。ザコか」
「ザコかもしんないけど、ヒーローはヒーローなんで」

バチバチと電気を帯びる。ゴーグルは装着完了。腕につけたシューターとポインターの準備も万端整っていることを確認した。見えるヴィランの数は今のところ三人。右端のヴィランが民間人の女性を人質に取っている。
 昔は一つのポインターを扱うことで精一杯だったが、訓練に訓練を重ねた俺は、複数のポインターを自在に操れるようになった。だから三人程度なら制圧は容易い。ただ、民間人の女性まで巻き込むわけにはいかないので、右端のヴィランだけは少し手古摺りそうだ。
 相手の“個性”が分からない以上、その力を発揮される前に制圧するのが一番手っ取り早い。俺は左端と真ん中のヴィランにさっさと電気を流し込みながら右端のヴィランの元へ急ぐ。するとヴィランは、逃走を優先させようと決めたのか、女性をこちらへ投げつけるように寄越すと、一目散に走り出した。俺は女性を抱き留めてヴィランの逃走経路の先にポインターを設置する。

「怪我ない? 大丈夫?」
「は、い…」
「なら良かった」

 女性の顔の確認をするより先に、声で無事を確認。俺の視線の先には逃げるヴィランの後姿とポインター。狙いを定めれば後は放電するだけだ。一瞬ぴかっと光って、逃げていたヴィランが倒れ込む。どうやら制圧できたらしい。今のところ他にヴィランは見当たらないようだし、とりあえずこの場から離れよう。
 そう思った時に初めて女性の顔を見た。そして「あ」と出るマヌケな声。

「電気くん、だよね?」
「なまえちゃん…?」
「覚えてくれてたんだ」
「そりゃあまあ…びっくりした……」
「助けてくれてありがとう」

 驚くべきことに、俺が初任務で助けた女性は、当時の面影を残しつつもすっかり大人の女性へと変貌を遂げた初恋の女の子だったのだ。こんな運命的な再会があっていいのだろうか。いっそ誰かに仕組まれた罠なのではないかと疑いたくなってしまう。

「電気くん、やっぱりヒーローになったんだ」
「あー…うん。一応。実は今日が初任務だったんだけど」
「そっか…すごいね。私の見立ては間違ってなかった」

 俺よりも満足そうな表情を見せる彼女は、相変わらず可愛かった。中学校に進学するのと同時に、彼女とは離れ離れになりそれっきり。連絡先も知らなかったし、知っていたとしてもどうすることもできなかったと思う。
 中高、そして今に至るまでに、何人かの女の子と付き合ってはみた。しかしいずれも長続きすることなく、今は絶賛彼女募集中の身。そんな俺の目の前に現れた初恋の女の子。あまりにもできすぎている。やっぱり誰かに図られているのではないだろうか。そう思ったけれど。

「俺がヒーローになれたの、なまえちゃんのお陰だから」
「え? どういうこと?」
「……話の続き、また今度にしてもいい?」
「今度…?」
「そ。今度。だから、連絡先教えてよ」

 例えばこれが誰かによる策略だったとして。何かの罠だったとして。それでも俺は、このチャンスを逃したくないと思ったから。未来を見通す能力がない以上、目の前のチャンスを掴むことしかできないのだ。

ドラマティックは本物か