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※Twitterにて見かけた「言葉のカラーパレット」より拝借したお題を元に書いたリクエスト作品を加筆修正したものになります。お題は「薔薇色」「折れたヒール」「流し目」です。



「あれ欲しかったなあ…」
「ねえモンはねえんだよ。潔く諦めろや」
「だって……」

 とある日曜日の昼下がり。私と彼は並んで街中を歩いていた。プロヒーローとして忙しい彼との久し振りのデートなのだから、本来なら私は満面の笑みでスキップでもしていなければならない。というのに、先ほどからうだうだとぼやいてしまっているのは、絶対に欲しいと一目惚れしてしまった可愛い鞄が品切れだったからである。店頭に並べてある現物でさえも、私達がお店を訪れるほんの数分前に他のお客さんの手に渡ることが決まってしまったらしく、次の仕入れはいつになるか分からないと言われてしまった。
 私はそんなに物欲がある方じゃないと思う。だから、服も靴も、そして鞄も、いつもならこんなに拘ったりはしない。けれども今回だけは、喉から手が出るほどほしいと思った。それゆえの落ち込みようである。
 彼は私の身に付けるものについて全くと言っていいほど興味がないし、そもそもファッション自体に拘りがないものだから、私のこのヘコみようは理解できないらしい。何度目になるかも分からない溜息を吐いた私に、鬱陶しそうな視線を向けている。その目付きときたら、ヒーローではなく完全に悪役…ヒールのそれであった。

「いつまでも辛気臭ェ面してっと帰んぞ!」
「それはやだ。けど、そう簡単にテンションは上がらない」
「テメェ……」
「だからテンション上げるために甘いもの食べに行こ」
「はァ? さっき昼飯食ったろーが」
「甘いものは別腹なの」

 私の発言に対して「信じられねえ」とでも言いたげに表情を歪めているくせに、反論することなく付いて来てくれるのが彼の可愛いところだ。いまだに気分は上がらないけれど、前々から気になっていたパンケーキ屋さんに行って美味しいパンケーキでお腹を満たせば少しはマシになるかもしれない。そう思って、重たく感じていた足を一生懸命動かしたというのに。今日はトコトンついていなかった。
 お目当てのパンケーキ屋さんはメディアに取り上げられているだけあって人気がすごく長蛇の列。その上、並んだとしても売り切れになってしまうかもしれないとのことだった。なんだ。今日は私が欲しているものが全て売り切れる日なのか。厄日以外の何ものでもない。
 彼は長蛇の列を見た時点でめちゃくちゃ嫌そうな顔をしていたので、並ぶ必要がなくなったと知って内心ホッとしているかもしれないけれど、私はただただ地に埋まりそうなほど気分を落としていた。折角のデートだったけれど、今日はもう帰れということなのだろう。ああもう、最悪。

「…帰ろ」
「あ?」
「今日はもう帰ろ」
「いいのかよ」
「うん。だって全然いいことないし。勝己くんも早く帰りたいでしょ」

 彼は何も返事をしなかった。その代わり、相変わらず不機嫌そうな顔で家の方向に向かって歩き出したということは、私の提案にのったということだろう。本当は夜ご飯もちょっと贅沢なものを食べたいなあと思っていたけれど、今日は諦めよう。
 そうして家に着き、夜ご飯はどうしようかと冷蔵庫を覗いている時だった。つい先ほど一緒に帰ってきたばかりだというのに、彼が「ちょっと出てくる」と言って出かけてしまったのは。
 あまりにも私の纏う空気がどんよりしていたからうざったくなって出て行ってしまったのだろうか。大いにあり得ることだった。折角の休みなのに、とは思ったけれど、これまでの自分の言動とオーラを振り返ってみれば彼の行動は当然のようにも思える。とは言え、ここまでくると気分はドン底より更に下。夜ご飯作りもお風呂の準備も洗濯物の後片付けも、全部放り投げてしまいたい衝動に駆られた。
 私がどれだけ落ち込んでいようと、彼が慰めてくれたりご機嫌を取ってくれるような性格じゃないことは私が一番よく知っている。けれど、なにも一人にしなくたっていいじゃないか、と思ってしまうのは私の我儘だろうか。勝己くんがそこにいてくれるだけで、私はこの気持ちを落としきることなくどうにか堪えることができていたというのに。
 それから小一時間は経過したと思う。ぼーっとしたまま彼の帰りを待っていたけれど、いまだに玄関の扉は開く気配がない。落ち込んでいた状態からだんだん腹が立ってきた私は、ついにテーブルを叩いて叫んでしまった。

「ばか…ばか勝己…ばかつき!」
「オイてめェ、今なんつった?」

 ほんの数分、数秒前までは帰ってきていなかったはずの男のドスのきいた声が背後から聞こえてきて反射的に振り返る。すると、そこにはやっぱり見間違いでもなんでもなく、彼がぶすくれた表情で立っていた。そっぽを向いて、紙袋を差し出しながら。
 その紙袋には見覚えがある。私が一目惚れした鞄が売ってあったお店のロゴ。間違いない。え、まさか、いや、でも品切れだって店員さんが言ってたし。

「早よ受け取れや!」

 顔はいまだにそっぽを向いたまま。けれどもこちらに目玉だけをぎょろりと向けて紙袋をガサリと揺らした彼に促されるまま、それを受け取って中を覗き込む。見えたのは鮮やかな薄い紅色の鞄。俗に言う薔薇色のそれは私が一目惚れしたものと相違なかった。
 何これ。どこでどうやって手に入れたの? ていうか私のためにわざわざ買いに行ってくれたってことだよね? あの勝己くんが? 今までそんなの一度もしてくれたことなかったくせに? 私のご機嫌取りをしてくれてるって受け取っていいの?

「勝己くん」
「うちの事務所の奴がそこの店のオーナーと知り合いだったのを思い出しただけだ。勘違いすんな」
「お店の名前ちゃんと覚えてたんだ」
「うるせえわ」
「ねぇ勝己くん」
「ンだよ」
「嬉しい。ありがとう。大好き」

 普段は言わない感謝の気持ちと愛の言葉を送れば、彼は流し目で一瞬だけこちらを見てから「単純かよ」と吐き捨てた。彼のご指摘通り、私の気分は急上昇。だってそんなの当たり前だ。欲しくて欲しくて仕方がなかった鞄が手に入ったのは勿論だけれど、それよりも何よりも、いつもゴーイングマイウェイで他人の気持ちなんて知ったことかと放っておく彼が、こうして私を甘やかしてくれたのだから。
 ひたすら鞄に注いでいた視線を彼の方に向ければ、なるほど、折れたヒールは少しだけヒーローっぽい表情になっていて、こんな表情を見ることができるのは私だけなのだと思うと頬をだらしなく緩めてしまう。

「夜ご飯なんだけど」
「どうせ作ってねえんだろ」
「うん。だから食べに行こう」
「何回外出りゃ気が済むんだてめェは」
「勝己くんとだったら何回でもデートしたい!」
「……頭沸いてんのか」

 ぼそぼそと吐き捨てられた声は言葉のわりに不機嫌ではなさそうだったし「オラ早よしろや!」と出かける気満々なところを見ると満更でもないのかなあと思ったりして。彼が帰ってきてからというもの、私の表情筋は緩みっぱなしだ。
 玄関の方から再び「早よしろや!」という声が聞こえて、慌てて支度を整える。薔薇色の鞄に財布と鍵と携帯を放り込んで「お待たせ!」と小走りで近付けば、彼はチラリと鞄に視線を落としてから玄関の扉を開けた。
 夜ご飯は予定通り、ちょっと贅沢なものを食べよう。できたら彼の好きな辛いものがあるところがいい。そう思っていたのに、私の好きな甘いものが美味しいお店を選んでくれるあたり、彼はとびっきりヒーロー向きな性格なのかもしれないと改めて思った。

王子様にはなれないけれど