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 最初に見た時は、私の目がおかしくなったのかと思った。そして次に、目の前に立っている人物は爆豪勝己の皮を被った別人じゃないかと疑った。無理もない。だってあの爆豪勝己が、あの、嘘も冗談も通じないノリの悪い爆豪勝己が、頭に三角形の耳と、それにお揃いのもふっとした尻尾をつけているのだ。この姿を見れば私じゃなくとも、これは現実か? と頬を抓りたくなってしまうと思う。ただ、いくら瞬きを繰り返そうが目を擦り続けようが目の前の彼の姿が変わらないところを見ると、これは紛れも無い現実だと認めざるを得なかった。その証拠に、普段から人相が悪い彼の顔は更に悪人感を増している。
 眉間に深く刻み込まれた皺。これでもかとつり上がった目。普通なら怖くて震えているところだが(私は怖いと思ったことも震えたこともないからこれはあくまでも一般論だ)、頭にはふさふさの犬っぽい耳がついているから締まらないというか。飼い主に噛み付こうとしているペットって感じがしないこともない。

「おかえり、なさ、い……ふ、ふふ、」
「笑うならはっきり笑えや!」
「あっはははは!」
「笑ってんじゃねェ!」
「笑えって言ったの勝己くんの方なのに。理不尽」

 耳と尻尾のせいで余計に野性味が増した彼は、がるるるっ、と今にも噛み付いてきそうな勢いだったけれど、実際には噛み付いてくることなく家の中に入ってきただけだった。どさりとソファに腰を下ろした彼は、どこからどう見てもご立腹。これだけイライラしていたらそっと距離を置いておくのがベストな選択だろう。けれど、そのビジュアルのせいで今日は怖さが半減しているし、なんならちょっと(じゃなくてだいぶ)凶暴ではあるけれど、玄関先で感じた時と同様に、私には彼が大きな犬みたいに見えて、どうにも構いたくて仕方がなくなってしまった。
 聞けば、今日の仕事で相対したヴィランの“個性”は自分が触れて獣化させた相手を手懐けることができる能力だったらしく、その“個性”によって獣化させられた人間には耳と尻尾が生えてくるのだとか。つまり彼は、獣化させられたペット状態から依然として解放されていないのだ。とは言え、ヴィランにかなりのダメージを与えていたおかげで手懐けられるという事態は避けられたようで、彼は自由の身でありながら獣化した姿から戻れないというアンバランスな状態で帰宅させられたというわけらしい。

「いつまでそれなの?」
「ンなもんこっちが知りてえわ!」
「その状態になってからどれぐらい経った?」
「三時間」
「結構長持ちするんだね」
「あのクソヴィラン…ブッ殺す!」
「まあまあ、可愛いからいいじゃん。こっち向いて。写真撮らせて」
「何やっとんだてめェは!」

 かなり貴重な姿だし今後こんな彼は二度と拝むことができないだろうと踏んだ私は、耳と尻尾付きの彼を永久保存すべくカメラを起動させた携帯を向ける。うん、やっぱり。顔はいつも通り凶暴だけど、頭の上についている耳のお陰でマイルドな印象になってるよ、勝己くん。
 私は怒鳴り声を盛大に無視してカシャカシャとシャッターを切る。が、そんな頑張りも虚しく、上手なショットを撮れぬまますぐに携帯を取り上げられてしまった。無念。折角可愛いのに…、とぼやけば今にも殺されそうな勢いで睨まれたけれど、ちっとも怖くない。あのね、勝己くん。今は何をやってもダメだよ。耳と尻尾がついてるんだもん。
 そんなこんなで、携帯を取り上げられて手持ち無沙汰になった私は、仕方がない、と夜ご飯の支度を始めることにした。台所に立ち、慣れた動作でまな板と包丁を準備。冷蔵庫から食材を取り出して「今日の夜ご飯カレーだけど良い?」と何の気なしに声をかけてみる。彼の返事は「何でもいい」といういつも通り素っ気ないもの。けれどいつもと違ったのは、彼には今日、耳と尻尾が付いているということで。
 ふと、ソファに座る彼の方に目をやったら、ゆらゆらと尻尾が揺れていた。確か動物は嬉しいことがあったりご機嫌だったりすると尻尾を振る習性があったと思う。ということは、今、彼の気分も上向いているということになるだろうか。もしかしてカレーが嬉しかったのかな。いや、まさかそんなことで?
 いまだにゆらゆらと控えめに揺れている尻尾を視界に捉えながら、私は次の言葉を発した。彼は自分の尻尾の動きに関心を寄せていないようだし、試す価値は十分ある。

「今日一緒にお風呂入る?」
「は?」
「耳と尻尾の研究したいし」
「誰がンな理由で入るか!」
「久し振りに勝己くんといちゃいちゃしたいし」
「……頭でも打ったんか」

 私が自分からいちゃいちゃしたいなんて言うのは確かに珍しい。だからまあ、こういう反応が返ってくるんだろうなということは大体予想できていた。けれども私の発言の目的は彼の真意を探ることにあるので、じゃがいもを切りながらそれとなく尻尾の動きを観察する。
 ふりふり。さっきより明らかに振りが激しくなっている、ということは。ふふ。込み上げてくる笑いを堪え切れなくて、私は小さく声を漏らしてしまった。
 彼の性格は分かっているつもりなので、どれだけ口調が荒々しくたって、酷い単語を言われたって、本心からそう思っているわけじゃないということは理解していた。それでも、今喜んでくれてるのかな、とか、本当に嫌がってたらどうしよう、とか、不安が尽きないのも事実で。だから例え一時的なものであっても、こうして何かしらの形で「嬉しい」とか「ご機嫌」などのアピールをしてもらえると、舞い上がってしまうのだ。

「何笑っとんだ」
「いや、ううん…ふふ、ごめん、何でもない」
「何でもねえのに笑うのかよ」
「ただちょっとね、改めて勝己くんのこと好きだなあと思って」
「…わけ分かんねえこと言ってる暇あったら早よ飯作れや」

 言葉とは裏腹に千切れんばかりに揺れる尻尾。よく見たら耳は真横にぺたりと倒れていて、確かこれも喜びの表現なんだよな、ということを思い出してしまったら、なんていうかもうどう考えたって可愛いとしか思えなくて、今口から溢れた好きだなあって気持ちが更に大きく膨らんでいく。私に好きって言われてそんなに嬉しい? いつもこんな風に嬉しがってくれてるの? だとしたら、私も嬉しいよ。
トントントンと軽快に包丁を鳴らす。今の私に尻尾があったら、間違いなく彼と同じ動きをしているだろう。こんな気持ちにさせてもらえるなんて、今回のヴィランには感謝しなければならないかもしれない。尤も、彼にこのことを伝えたら激怒されることは間違いないだろうから、私の心の中だけにそっと留めておくしかないのだけれど。

「オイ」
「ご飯はまだできないよ」
「ンなこと分かっとるわ」
「じゃあ何?」
「……風呂は」
「え?」
「どーすんだよ」
「ご飯の後で入る? …一緒に」
「……ん」

あらまあこれは一体どうしたことでしょう。依然として尻尾をパタパタ振りながら、随分と珍しく素直に同意してくれるではないか。明日は雨か、季節外れの雪が降るかもしれない。いやいや、そんなんじゃ足りない。もしかしたら槍が降ってくるかも…ってほどじゃないと思うけれど。
 それから一時間後、夜ご飯を食べる頃には耳も尻尾も消えていて残念極まりなかったけれど、こればっかりは仕方がない。「研究できなくて残念だったな」と言ってくる彼はしたり顔だったけれど、私の本音は本当に彼といちゃいちゃしたかっただけだったりするから全然残念なんかじゃなかった。そんなこと、いちいち彼には伝えないけれど。
 出来上がったご飯をテーブルの上に並べて、こちらに来た彼に何の前触れもなく抱き付いてみる。「ほんとに頭おかしくなったんじゃねェか?」と言いつつもよろけることなく私を抱き留めてくれた彼の背後で、パタパタと揺れる尻尾が見えたような気がした。

ワンダフル・パニック