×
「#学園」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -



 別に好きじゃないし、と意地を張って自分の気持ちに気付かないフリをするのは、高校入学と同時に止めることにした。そう、私は彼のことが好きだ。きっと私が思っているよりもずっと前から。
 彼…爆豪勝己くんとは中学校で知り合った。第一印象どころか第二、第三、第四印象まで最悪。目付きが悪い、口が悪い、態度が悪い、怖い。恐らく私以外の同級生も、大体はそんな感じだったと思う。
 男子達の中には、彼のことが怖いからなのか、へこへこと従っておけば害はないと踏んだのか。そこら辺の理由は分からないけれど、彼の腰巾着みたいにわらわらと群がる連中もいた。あとはひたすら関わらないように目を逸らす人が殆ど。女子達は特に、近付かないようにしていたような気がする。
 けれども何でも例外というものは存在するわけで、彼に従うわけでもなければ避けるわけでもなく、普通に接する人もいた。それが緑谷くんと私だ。緑谷くんは普通、と言ってもビクビクしていたけれど、私は違った。だって、あんな横柄な態度を取られ続けたら腹が立つじゃない。
 自分はまるで王様であるかのように立ち振る舞う彼に、物怖じせず突っかかっていく女。だから陰で「自殺志願者」とか「ゴリラ女」とか不名誉な呼ばれ方をしていることは知っていたけれど、別にどうってことはなかった。こちらから喧嘩を売ったことは一度もない。私は、彼が協調性を欠き、好き放題、我儘放題で周りに迷惑をかけている時に注意しているだけで、何も間違ったことはしていないと胸を張って言うことができたから、誰に何と言われようとも気にしていなかったのだ。

「てめェは毎度毎度うるっせーんだよクソが!」
「クソで結構。みんな困ってるの。黙るのは爆豪くんの方じゃない?」
「もう一回そのセリフ言ってみろや…」
「ちょ、かっちゃん! 喧嘩は駄目だよ!」
「黙れこのクソナードが!」

 緑谷くんを巻き込んでのこんなやり取りは日常茶飯事。誰がどこから見ても、どう考えても、私達は犬猿の仲だった。というのに、どうして私は彼のことを好きになってしまったのか。実はキッカケは自分でもよく分からない。よくあるあれだ。いつの間にか恋に落ちてました、ってやつ。
 だって、彼はズルいのだ。荒くれ者なら荒くれ者らしく、ずっと怒鳴り散らして周りを威嚇し続け、尖りまくっていれば良いものを、口調はそのままでちっとも優しくないくせに、時々重たい荷物を持ってくれたり(寄越せや! と無理矢理奪い取られる、という説明の方が正しいかもしれない)、上級生数人に絡まれているところを助けてくれたり(たまたま現れて「こんなところで俺の行く道を塞いでんじゃねェよこのクソモブ共が!」と喧嘩をふっかけて大騒ぎになったけれどそれはまあ置いといて)、兎に角、なんだかんだ言って優しい? ところがあったりするから、私は少しずつ彼に絆されていってしまったのかもしれなくて。
 自分の気持ちに気付いた時には、我ながらなんと男を見る目がないんだと嘆きたくなった。だから簡単に認めたくなかったのかもしれない。好きなんかじゃないと思いたかったのかもしれない。けれど、この気持ちはどうすることもできなかった。そんなわけで私は腹を括って認めることにしたのだ。彼のことが好きだって。
 認めたところで私の日常が変化するかと言えばそうではない。彼と同じ雄英高校の普通科に入学することはできたものの、彼はヒーロー科だから接点はないし…と思った時にふと思い出したのが緑谷くんの存在。
利用するわけではない。けれど、緑谷くんとは中学時代からそこそこ仲が良かったので、彼に会いに行くのは無理だとしても緑谷くんに会いに行くことは難しくなかった。
 ヒーロー科は独特の雰囲気が漂っているから他科の生徒はあまり近寄らない。だから放課後に私が緑谷くんのクラスに行くと非常に目立つ。物怖じする性格ではないけれど好奇の目に晒されるのを避けたかった私は、正門近くで緑谷くんと待ち合わせをして一緒に帰ることにした。

「お待たせ!」
「ううん。ごめんね、急に一緒に帰ろうなんて」
「それは全然良いんだけど……」
「あのね、実はちょっと相談があって…」

 私はのんびりとした足取りで帰路につきながら、隣を歩く緑谷くんに自分の気持ちを暴露した。緑谷くんなら、私の気持ちを馬鹿にしたり他人に言いふらしたりはしないと思ったからだ。
 一世一代のカミングアウト、だったにもかかわらず緑谷くんはそれほど驚いてくれず、むしろ落ち着いていて拍子抜け。なんだかおどおどしている気がするし、私の話をきちんと聞いていないのだろうか。私は足を止めると、緑谷くん! と上の空の彼の名前を呼んだ。はい! と背筋を伸ばして私に向き直る様は、先生に叱られた生徒のようである。

「さっきから話聞いてる? 私、すごく真剣に悩んでるんだけど」
「聞いてるよ!」
「じゃあもう少し集中してくれないかな」
「ごめん……えっと、つまり……」
「爆豪くんのこと好きなんだけど、どうしたら素直に言えるかなって話!」

 道のど真ん中であるにもかかわらず、つい大きな声で叫んでしまった私は、慌てて手で口を押さえる。きょろきょろ。辺りを見回して、誰も人がいないことを確認……と、背後を見た私は、全身からさあっと血の気が引いていくのを感じた。私の視線の先、少し離れているとは言え目視できる程度の距離に、なんと彼…爆豪くんがいたからだ。
 いつからそこにいたのだろう。いや、それはもはやどうでも良い。肝心なのは先ほどの私の発言が彼の耳に届いたか否かということである。隣に立つ緑谷くんをちらりと見遣れば、僕は何もしてないよ! と顔の正面で手をブンブンと振っていて逆に怪しい。
 もしかして最初から私の気持ちに気付いていて仲を取り持とうとしてくれたとか? だからカミングアウトしてもあまり驚かなかったとか? この状況、緑谷くんがセッティングしてくれてたとか? おどおどしていたのは彼が近くにいることを知っていたから、とか? 緑谷くんがそこまで策士とは思えないけれど、お節介であることは事実なので、私の予想は全て有り得ない話ではなかった。
 そんな私達の元に、気怠そうに不機嫌そうに近付いてくる彼。逃げてしまおうか。でも、走って逃げたところですぐに追い付かれてしまうだろう。いや待てよ。私が逃げたところで追いかけて来ないかも。
 一か八か。私は脱兎の如く駆け出した。……が、ものの数秒で全速力で追いかけて来たらしい彼に肩を掴まれてしまうという恐ろしい展開に陥る。どんな身体してんだ。普通こんなに早く捕まるもんじゃないでしょ。ていうかやばい。今回ばかりは殺されるかもしれない。

「何逃げとんだてめェは」
「条件反射で…つい……」
「俺に言うことあンだろーが」
「え、いや、ないです」
「はァ? さっき自分が言ったことも忘れたんか!」
「……さっきのが聞こえてたなら、もう他に言うことないもん…」

 私は小さな声でぼそぼそと、観念したように言葉を吐き出した。だって本当のことだ。さっきのが全て。彼に言うべきことがあるとすれば、本当にそれだけなのである。
 こんな風に伝えるつもりはなかった。だからと言って、どんなシチュエーションでどんな言葉を使って伝えるかを決めていたわけではないのだけれど、それでも、もっとこう、今よりマシな伝え方は幾らでもあったと思う。なんでこんなことに。そんなことを考えたって、時間が巻き戻ることはないのでどうしようもない。
 ひゅうひゅう。今日は風が強くて、春めいた少し暖かい風が私の髪を揺らす。この空気、一体どうしたら。また逃げようか。でもすぐに捕まっちゃうよな。俯いてそわそわしている私の正面に立つ彼は、何を考えているのだろう。気持ち悪ぃこと言うなクソが! って言われちゃうかな。まあ、そりゃそうだよね。大丈夫、今のうちに失恋する覚悟は固めておくから。

「遅えんだよ言うのが」
「は?」
「大体なァ! そういう大事なことは俺に直接言ってこいや!」
「え、いや、待って、え?」
「待たねえ」
「さっきのアレ、聞こえてたんだよね?」
「あんだけでけェ声で言われたら嫌でも聞こえるわ」
「気持ち悪ぃこと言うなクソが! って反応しないの?」
「…そういう反応をしてほしいのかよてめーは」

なんだか随分と理性的というか、落ち着いているというか、普段の彼らしくなくて調子が狂う。けれどもそれはお互い様なのだろう。なんか言えや、と吐き捨てる彼の声はやっぱり少し勢いがない。
恥ずかしいやら気まずいやらで自分の足のつま先ばかり見ていた視線を上げて、思い切って彼に向けてみる。そうしたら、手を首裏に回してバツが悪そうにそっぽを向いている彼が目に飛び込んできて放心してしまった。
 えっ、何その顔。満更でもなさそうっていうか、何ならちょっと嬉しそうっていうか、兎に角、今まで絶対に見たことのない表情。もしかして、って期待、しちゃうじゃん。

「あの、さ」
「ンだよ」
「もしかして、なんだけど、」
「はっきり言えや」
「爆豪くん、私のこと、好き?」

 今世紀最大の緊張だった。そんなことあるはずがないのだけれど、でも、もしかしたらもしかするかも、って胸が高鳴る。視線は彼に向けたまま。ちらり、彼の目が一瞬だけ私を確認して、また逸らされた。

「だったら悪ィかよ」
「……ふふ、あはは…ううん、全然悪くない。嬉しい」

 殊の外すんなりと出た本音に、彼が目を丸くさせるのが分かった。なんだ。私達、結構似た者同士だったんだ。それが分かったら、あとはもう恥ずかしさとか気まずさなんてどこかに飛んでいってしまって、ただただ笑いが込み上げてくる。
 こうなったら緑谷くんを巻き込んでしまったのは申し訳ないなあと思ったけれど、いつの間にか居なくなっているということは気を利かせてくれたと受け取って良いのだろうか。今度何かお礼をしなければ。

「オラ帰んぞ」
「ねぇねぇ爆豪くんは私のどこが好きなの? いつから?」
「うっせーわ! 知りたきゃてめェから言いやがれ!」
「えっとねぇ、私は……」
「アホか! 今言うなや!」
「言えって言ったの爆豪くんでしょ」
「TPOを弁えやがれ」
「え……爆豪くんがそれ言う……?」

歩き出した彼の背中を追う。隣に並んだらなぜか舌打ちをされたけれど、気にしないことにする。なんたって今の私は、春風に飛ばされていってもおかしくないほど浮かれているのだから。

ホップステップ春