笑顔が一






ぐっと背もたれに寄り掛かる。ぼーっとしたくてもぐるぐると頭を廻る景色に顔をしかめながら溜め息を吐く。誰が悪いとか責任がどうのとか、この仕事にそんな考えが意味を持たないことぐらいはわかっていたし、もし自分が逆の立場であったなら当たり前のことをしたまでだと思っただろう。
…それでも。頭をぐちゃぐちゃにかき乱すこの罪悪感はどうしようもないんだ。


「…吐きそう…」


部下として一緒に現世任務に就いた後輩が、自分をかばって怪我をしてしまった。させてしまった。席位はひとつしか違わない、けど、なんてそんなのは言い訳だ。
班長として隊員を守らなければいけない立場なのに、よりにもよって自分がかばわれるとか…情けない、悔しい、最悪。何より、大した怪我でなかったことを聞いて安心した気持ちの中に、純粋な心配以外の、自分の立場としての安堵が一瞬でもよぎったことに何も言えなくなった。大嫌いだ、こんな自分。
嫌な存在感の塊が胸につかえたような、喉元まで込み上げてくるようなそれは、自分でも形容できない感情の塊。吐きそう。でも、ドクドクと体の奥へ押し入ってもくる。涙が滲む視界で、私は無意識に探していた。


「…隊長…」

「呼んだか?」

「!?…なんで、ここにっ…」

「ああ…先の現世任務の件でな」

「……」


ふいに後ろから聞こえた声に振り返ると、縋りたかったその姿がそこにあった。日番谷隊長。会いたかった。でも、一番会いたくなかった。
隊長の発した現世任務という言葉にドクンと心臓が沈み込む。そうだ、私は私を責任者に据えてくれた隊長の思いも無下にしてしまったんだ。部下たちを頼むという隊長の信頼にも応えられなかった。
ああ、いやだ…泣きたくなんてないのに…。


「お前が無事で、よかった」

「――え…?」

「え、じゃねえよ…ったく、いきなり怪我人の報告を受けたこっちの身にもなってみろ」

「なんで…だって私後輩に怪我させて…そうですよ、私が代わりに怪我でもなんでもしてればよかったのに…っ」

「…お前は本当に馬鹿だな」


隊長の手が私のほっぺたに触れる。そのはずみで限界ギリギリで目のふちに溜まっていた涙がぽろぽろとこぼれはじめる。隊長は少し困ったように眉を寄せると、死覇装の袖で優しく、でも少し乱暴に拭ってくれた。


「でも、だって、班長だったのにっ…それに私、後輩が無事だってわかったとき、心のどこかで班長として喜んでたっ…責任とか汚いこと…考えてたっ…!」

「さっきの俺の言葉を無駄にすんじゃねえよ」

「でもっ…」

「あーうるせぇっ。“お前が無事でよかった。”これが俺の答えだ。それ以上もそれ以下もねえよ」

「……」

「…傷ついていい奴ダメな奴なんて、ないだろ」


何も言えなかった。
所詮は自己満足なんだ。怪我をして被害者ぶっている方が楽だから、だからあんな馬鹿なことを考えて口走って。でも隊長は、そんな私を慰めてくれる。怒ることも失望することもせず、受け止めてくれる。そして何より、私にくれた“隊長の答え”が幸せすぎて。
だめだよ、涙が止まらないよ…。また困らせてしまうよ。


「知ってるか?立場を気にするってことは、その立場に対する責任や重さってのを理解している証なんだよ」

「証…」

「だから、部下に怪我させて立場云々を何も考えねえような奴よりは、よっぽどマシだろうって話だ」

「…隊長は、慰めるのが上手ですね」

「馬鹿野郎…そんなんじゃねえよ」


誰にでもやってるわけじゃねえ、と呟いて、隊長は私を抱きしめた。視界の片隅にふわりと揺れる白い羽織が見えて、隊長の優しい匂いでいっぱいになる。体に回された腕の力強さが心地いい。
ぐっと私の頭を抱く手に力が込められると、隊長が凛とした声で言葉を紡いだ。


「守れるものなんて限られてる。俺だって、お前が無事でよかったと真っ先に思った。それが当たり前だ。その弱さや卑屈さを知っていることが、何より大切なんだよ」


隊長は、どうしていつも欲しい言葉をくれるのかな。どうしてこんなに優しいのかな。
すり、と額を押し付ければ、「羽織で顔拭くんじゃねえ」と甘く怒られる。慌てて顔を上げれば、隊長は冗談と小さく笑って目じりに唇を寄せた。


「お前だけだ、こんなの」


合わせられた隊長の瞳は強い意志を奥底に秘めていて、私は苦しいくらいに切なくなった。
この好きすぎる気持ちをどうしたら伝えられるのかな、どうしたらこの感謝の気持ちを伝えられるのかな。言葉にしきれない気持ちはぽろぽろと瞳から零れていく。隊長の唇はもう一度私の目元に吸い付いて涙を拭うと、ゆっくりと頬を伝って、ちゅ、と私の唇と重なった。

重く固まっていた私の中の塊は、じんわりと隊長と触れ合うところから溶けていくようで。私はありったけの力で抱き着いて、ただひたすら、この気持ちが伝わってくれるよう願った。







傷ついていい人だめな人なんて、いないのです。



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