笑顔が
番!





「がんばれって、」

「…ん?」


お盆に乗った急須に据えられた蓋がカタカタと音を立てて震えている。机に置かれた湯飲みにお茶を注そうと隊長の傍らに立ったのに、いざ側に来るとその凜とした首筋と姿勢に心の奥を突かれ、漂う大好きな匂いに酷く泣きたくなった。


「…がんばれって、難しい、ですよね」


震えているのは私自身だった。お茶汲みの仕事も中途半端に、私は何をどうしてよりにもよって隊長に、こんな話をしているんだろう。カチャカチャと鳴る急須の口から薄緑の液体がぽたぽたと零れて、お盆に少しずつ広がっていく。零れてくるのは、何。お茶?それとも……。
このままじゃ溢れちゃうよ。それでも、止めることは出来なかった。


「がんばれって声を掛けたいけど、でも、そう声を掛けたくなるくらい、もうその人はがんばってて」

「ああ」

「いっぱいいっぱい、がんばってて…そんな人にがんばれなんてそんなの…それに第一私なんか、人にがんばれとか、言える立場じゃないのに…」

「…ああ」

「でも私ほんと、情けないくらい馬鹿の一つ覚えみたいに、掛ける言葉が、それくらいしか思い付かなくて…」


「…そっか」と、小さく呟いた隊長を私は直視することが出来なかった。
カタンと筆を置く音が耳に残る。お盆にはどんどんお茶が広がっていて、ああ情けないなと…――まるで鉛が喉を流れ落ちていくように気持ちが沈んでいく私に、隊長の優しい声が静かに響いた。


「プレゼントみたいなもんだ」

「…え…?」


両手を顔の前で組んで肘を突いた隊長は、一旦何かを思案するように言葉を飲み込んで、そしてゆっくりと、語りかけるように口を開いた。


「中身が無ければ、それはただの空の箱だろう?」
「言葉の力が偉大だって言われるのは…そうやって偉大だって言われる言葉には、しっかりその中に気持ちがあるからだ」


だからお前がそうやって相手を思い遣ること、それが一番大切なんじゃねえか?

組んでいた手を机に置いて、隊長は静かに私を見上げた。部屋の空気が、隊長を中心に優しく澄んでいくようで。少しずつ震えが止まってくる代わりに、今度は固まったように体が動かない。隊長から、目を逸らせない。


「どんな詩人や文豪の綴った優れた台詞よりも、たった一言に何倍もの想いが乗ったその言葉の方が…そんな言葉だからこそ、大切なんじゃねえか。飾りや外装だけじゃ意味がない。お前の伝えたい相手は、外装の華やかさだけで判断するような奴なのか?」


私はまばたき一つすることが出来ないまま、ゆっくりと、無意識に首を横に振った。
本当はもっともっと、色々な思いを伝えたいんだ。一生懸命なところが好き。誰よりも夜遅くまで残って仕事をして、鍛錬をして、部下を気遣って。そんなところが大好き。尊敬もしている。
でも…無理しないで。心配なんです。貴方は、強い人だから。私が、貴方を大好きだから…っ。

“そんな気持ちが全て現せる言葉が在ったら”なんて。

がんばらないで。心の奥ではいつも思っているの。がんばらないで、無理しないで、休んでいいよ?だから―――。


「 がんばって…っ 」


そっ…と隊長の手がお盆に触れて、優しく私の手から抜き取って机に置いた。そして固まったままの私の手を両手でふわりと包んで、その指先に小さく唇を寄せる。視界が、ぼやけていく…。


「俺には届いたぜ、ちゃんと」


じんわり。
溢れた気持ちは涙と一緒に、私を抱きしめる隊長の胸に受け止められていった。一番伝わって欲しい人に伝わった。溢れる前に、全てを掬い取ってくれた。ああもう、だから本当に……っ。

抱きとめられた胸の中。静かに目を閉じた私は、温かい何かが心の中に湧き上がるのを感じていた。
ねえ隊長、もう一つ、貴方に届けたい想いができました。

「愛してる」の、コトノハ。







この話の内容は所詮はぜんぶ綺麗事です。それでも、あえて自分を慰めるために書いてみました。震災以降の「がんばれ」「がんばらないで」闘争も、結局はどちらも言葉遊びみたいなもんだなぁと思います。結局はどちらも、無力感の象徴みたいな言葉だな・と。「がんばれ」とも簡単に言えないけど、だからといって実際問題がんばらないと生活していけないのが現実な訳だから、「がんばらないで、無理しないで」なんてのも結局は無責任だと思います。そうなってくると、やはり大切なのは器ではなく中身…。「言葉」というモノ自体は媒体でしかないけど、そこに感情を乗っけて感情を伝えることが出来るから言葉っていうのは偉大で。でもそれって言うなれば綺麗事。そうは言っても、私は言葉の力を信じてる。

無限ループなんです。

お金も社会的地位も影響力もない私なんかには出来る事は限られていて、それを無力と思うか微力と思うかの違い――。綺麗事っていうか屁理屈っていうかこじつけっていうか……まあそんなもんだよな、と、達観してるフリをしている今日この頃です。



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