歪な契約




ぷしゃああああ…。

何度目かわからない、というよりも、ほとんど垂れ流しのような状態で、潮を噴いた名前は力なく身体を引き攣らせた。
その下には既にぐっしょりと濡れているシーツ。このシーツが使い物にならなくなったのは、一体どれくらい前だったか。30分では足りないであろう時間の経過に、日番谷はひっそりと口端を上げた。



「はあ、はっ…あ、ぐ…っ」



入浴を済ませ、就寝前の穏やかなひととき。
風呂上りの淡く香る髪を撫で、気持ちよさそうに目を閉じて擦り寄ってきた名前に、日番谷は優しく唇を落とす。耳を食みながら吐息交じりに名前を呼んで、色を含んだ掠れた低音を直接鼓膜に流し込んで。そうしてじっくり時間をかけて、日番谷は唇を重ねた。

貪るのではなく、あくまでも優しく甘く、それでいて感じるように。緩く閉じた唇を舌先でちろちろと促せば、おずおずと開かれるそのままに、上顎を嬲り、舌を擦り合わせ絡ませて、たっぷりの唾液とともに吸い上げる。
うっとりと細められた瞳に劣情の炎が灯ったのを確認して…――反転。



「ああーっ…や、ら…っ…いやあぁぁっ…」

「こら、逃げるな。…まだ動けるだけの余裕がある、ってか?」



突然の変化に驚いて目を見開く名前を、日番谷は愉快そうに見下ろしていた。
生易しい快感に身を委ねていたら、いきなり腕を押さえつけられ、身体をまさぐられ、深い快楽の底へ突き落とされる。幾度も摘ままれすり潰された乳首は赤く腫れ上がり、今しがた潮を噴いたそこはひくひくと蜜を溢れさせていた。



「しっかりしろよ、まだ挿れてもいないんだ…準備中に気絶されたら困るだろ」



日番谷の情事の進め方は、今夜のように緩急をつけてその落差に戸惑う名前の表情を愉しむ時もあれば、全く突然に手荒く獣のように貪る時、じっくりと時間をかけて陥落させる時、本当に様々だった。
ただ一貫しているのは、己の手管に乱れ、悶え、時には過ぎた快楽に苦しむその姿を、ひたすらに愛でているということ。必要最低限の配慮はするが、それは名前のためではなく日番谷のためだ。



「もう指が3本入ってる…こうやって、ココを抉られるのが好きだろう、名前」

「ひ、い゛っ…!あ、あっ、でちゃ、う…やら…ァ…っ」

「ああ、こっちも擦ってやった方が出しやすいか」

「っ〜〜〜!!い、ああぁ…ッ!」



コリコリに固くなり充血した肉芽を押し潰した瞬間、ガクガクと全身を震わせて名前は身体を仰け反らせた。
波打つように痙攣する腹、ピクピクと引き攣る足先、しゃくり上げるように断続的に呼吸を繰り返す曝された喉元。少し遅れて、不自然に浮いた下半身を伝って、ボタボタと潮が垂れてくる。

壮観だ、と、日番谷は思った。

調教され作り変えられて、本人ですら知らない内に快感に抗えなくなっていく身体をいい事に、日番谷はただただ自分のためだけに名前をいたぶり弄ぶ。
快楽に蕩けて苦しさに滲む陰った瞳が好きでたまらない。僅かに残った理性で酷いと啜り泣く名前に優しく口付け、あやして、甘い調べと指先で思考力も判断力も抵抗する気力すらも少しずつ奪っていく。



「なん、で…こんなことっ…」



握り締めすぎて白くなった指先をシーツに滑らせて、名前は掠れた声で精一杯の非難を訴えた。こんなやり方なんて間違っている、おかしい、もっとお互いを労わるような情の交わし方があるはずだ、と。

ぐちゅり、と音を立てて指を引き抜くと、名前はその刺激にすら嬌声を上げて身体を痙攣させた。指に絡みついた愛液を舐めながら、その様子を暗く光る日番谷の瞳が冷たく見下ろす。
それから覗き込むように名前の顔横に手をついて、脆い薄ガラスにでも触れるような繊細な手つきで頬をなぞる。今の今まで自分に責め苦を与えていたはずのその指使いに、名前の瞳は狼狽えてゆらゆら揺れ動く。



「愛しているからだ、と言ったら、お前は納得してくれるのか?」

「…っ!?」

「そう驚かれてもな、事実なんだから仕方ないだろう?何も、甘い言葉で丸め込もうってんじゃない」



予想もしていなかったであろう言葉に、瞠目する名前は頬を赤らめながら口をぱくぱくさせる。中途半端に開かれた赤く濡れた唇に、何某かを突っ込みたくなる欲望を抑えて、日番谷はさらに追い打ちをかける。



「お前も知っての通り、俺は暇じゃない。セックスの度に毎回こんなに時間をかけるのは、言ってしまえば非効率的だ」

「…なら、どうして…」

「わからないか…?誰彼かまわずじゃない。俺は、お前とだから行為にも時間をかけるし、お前とだから好きなんだよ、名前」



特に、自分の手でドロドロに溶かして汚した後の、快感に歪んだその表情が、たまらなく。

残虐な本心は隠し込んで、聞こえの良い本心だけを流し込んでいく。どちらも本心なのだから間違ってはいないと、日番谷はいけしゃあしゃあと言ってのける。



「性欲処理のためだけの単調な行為なら、そこら辺の女でも捕まえて済ませた方が早いしな」

「………」

「…あんな質問をしてきたくせに、そんな顔をするのか?……冗談だ、そう情けない顔をするなよ。言っただろう?誰彼かまわずしたいわけじゃない」



そう言って、日番谷はふわりと微笑みながら名前の頬を優しく撫ぜた。
拗ねたような怒ったような表情を作るその下で、日番谷の言葉に不安の色を隠せない瞳と情けなく下がった眉尻。何一つ仕舞いきれていない名前に、日番谷は笑い出しそうになるのを堪えて優しい顔を作る。

そこら辺の女?馬鹿げている。そんなものに構っている暇など、それこそあるわけがない。そんな時間と労力があるのなら、一秒でも長く名前のために割くだろう。

何も知らない名前が、自身への気持ちや関係性を確かめるためにしたであろうあの質問。だがそれは、日番谷にとって免罪符を得る格好の機会となっていた。
今しがた話したことすべてに、何一つ偽りはない。偽りはないが、他意がないわけでもない。ただそのことに、名前が気付いていないだけで。
だから、今後どんな風に情事が行われても、甚振られても、強すぎる快楽に溺れ、咽び泣き、身体を引き攣らせて拒んでも、すべては“愛故に”。それだけで片付けられてしまう。



「そこら辺の女、でなんて、済ませたくはない」



促すようにじっと見つめてくる瞳に、名前は神妙にこくりと頷いた。



「お前だって、そんなのは嫌だろう?」



こくこくと夢中で頷く名前。
見上げてくる不安に揺れる濡れた瞳に、日番谷は優しく問いかける。



「すべてはお前を愛しているからだ、わかるな?」



愛している、そう囁いた瞬間、とろりと名前の瞳が甘く潤む。
顎に指を掛けて顔を上げさせると、赤く頬を染め上気した表情でこくんと頷いた。



「何があっても?」



手を顎に掛けたまま、誘うようにその親指で赤くぽってりとした唇を数度なぞる。
涙の痕が残る頬に唇を寄せ、ちゅっと可愛らしいリップ音を立てながら、じっと名前の瞳を見つめる日番谷。
逸らすことを許さない、胸の内の何もかもを暴き、手に入れようとする貪欲な瞳。それはさながら、チェックメイト寸前。高らかにコールする瞬間の、獲物が手に堕ちてくる様を眺める勝者の姿によく似ていた。



「…いい子だ」



最後の問いかけに名前が頷くのと同時に、しゅるりと日番谷の腰紐が解かれた。熱に浮かされたように、ほぼ無意識の内に頷いていた名前は、しかしその衣擦れの音にはっと目を見開いて日番谷を見やる。
つい今しがた、自分は何かとんでもない契約書にサインをしてしまったのではないかと、身じろぎする名前を事も無げに押さえつけながら、日番谷はとびきり優しく微笑んで見せた。

それはもう、他の隊員たちが見たら卒倒しそうなほどの。



「よかった、これでもうお互い、何も気にする事はないな」



日番谷は、自分の愛し方が幾分捻じ曲がっていることを自覚していた。
自覚はしているが、しかし直すとは言っていない。
そう、すべては、愛故に。






end




契約の際には、書面の隅々まで注意して目を通してください。
例えどんな事が起きても、契約後の展開は自己責任です。
解約も、クーリングオフも、ないんだよ。


 

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