ちゃんと覚えておきましょう




恋人に対する妙な違和感というものは、得てして浮気だとか気持ちが離れていく予兆だとか、そういったマイナス方向に反応するものだと思っていた。しかしそれが自分にとって都合の良いものでしかなかった場合、果たしてどう受け取るのが正解なのかと、日番谷は背中に感じる視線に内心頭を悩ませていた。



「あの…強さとか、大丈夫ですか?」

「ああ、調度良い」

「なら良かった…」



深夜11時。仕事から解放され隊舎に戻ると、そこには珍しい人物の姿があった。
正確に言えば日番谷の部屋に来ること自体は珍しくないのだが、初心すぎるその恋人は半ば強制的に連れて来なければ恥ずかしがって逃げていくばかり。脱兎のごとくとは良く言ったもので、顔を真っ赤にしながら逃げるその様はまるで本当にウサギか何かのようで。だからこそ、そんな彼女が自ら部屋を訪れ、あまつさえ一緒に風呂に入って背中を流してくれているという事実に日番谷は驚きを隠せなかった。



「まあ、死覇装を着たままというのが頂けないがな」

「うう、やっぱり脱がなきゃだめなんでしょうか…」

「…そんな困った顔するなよ、冗談だ」



先に風呂から上がり名前を待っている間も、日番谷の葛藤が尽きることはなく。濡れた前髪を掻き上げ天を仰ぐ。
誘っているのだろうか。
名前とて女だ。まだ処女を捨てて日が浅いとはいえ、見知った快楽を求めたくなる時もあるのかも知れない。だがしかし一方で、日頃の態度を見ていればそれは女というよりも少女といった方がしっくりくるほどで。自ら夜這いなどするような度胸があるようには思えず、単に甘えたいだけなのかも知れないと思考は霧散する。
如何ともしがたい。



「お待たせしました」



ふわりと漂う石鹸の香り。湯上りのほてった身体を持て余しながら上気した顔ではにかむ名前に、何に対してのお待たせなのかと日番谷は盛大に頭を抱えた。

時刻は、12時を回ろうとしていた。



「…あの、日番谷隊長」

「なんだ」

「あの、ですね…」

「……」



あの、と控えめに言葉を選ぶ名前は困ったように少し眉を下げていてぎこちない。何故か今日は妙に近い距離。揺らぐ瞳が伏し目がちに視線を落とすと、ほんのりと色付いた指先が日番谷の膝に添えられる。

――日番谷は思った。
今宵は優しく受けとめてやるべきであると。

恥らいつつ強請る姿に嗜虐心が頭を擡げるが、日頃初心すぎる彼女がここまで懸命に誘おうとしているのだ。それを弄るのは少々大人げないし不憫である。素直に誘いに応えて、ぬるま湯のように甘やかし蕩けさせてやるのが男としての器量である。



「名前…」



静かに名前を呼び、優しく体重を掛けて押し倒す。驚いたように顔を上げる名前に日番谷の口元には小さく笑みが浮かぶ。
お前の考えていることなんて簡単に分かるのだ、と言いたげに。



「た、隊長!?ちょ、ちょっと待っ…」

「今更恥ずかしがったって意味ないだろ、別に悪いことをしてるわけじゃないんだ」

「……え?もしかして気付いていたんですか!?」

「バカ野郎、お前の考えなんて言われなくても――」

「――おめでとうございますっ!!」



豆鉄砲を食らった鳩を見たことはないが、おそらくはこんな顔をしているのではないかと、日番谷は現在の自分の顔に思いを馳せた。
今目の前で押し倒されているこの恋人は、胸を鷲掴みにされながらおめでとうございますと言い切った。着物に手を突っ込まれ胸元をまさぐられながら、明朗快活軽快爽快に祝辞の弁を述べたのだ。
――押し倒した際に頭でも打ってしまったのだろうか。
一周回って冷静になった思考でそう考えれば、表情に出ていたのか今度は名前が豆鉄砲を食らった鳩のような顔をする。



「…え?あの、気付いてらしたんですよね?」

「ああ?それはこっちの台詞だ、お前こそ何とぼけてやがる」

「えっと、だからその、お誕生日…」

「……誕生日?」



先程までの雰囲気はどこへ行ったのか。間の抜けた顔で見上げる名前と少々剣呑な色を纏う日番谷。はて、と首を傾げる彼女が発した誕生日という単語。その言葉に今日の日付を思いやる。
12月19日…いや、日付が変わってもう20日だ。12月20日……。



「あっ思い出しました?やっぱり忘れてらしたんですね!」



ハっと身じろぎした日番谷に名前は嬉々として手を叩いた。それはもうとても無邪気に。
片や、はしゃぐ恋人を後目にそれに跨ったままの日番谷のダメージは大きかった。豆鉄砲どころではない被弾の衝撃に項垂れる。項垂れたところで、名前の胸元に突っ込む自分の手が目に入り更に肩を落とすことになるだけなのであるが。

単純なことだった。勘違いだったのだ。
日番谷自身が忘れているであろうそれを見越して、誰よりも早く、恋人の誕生日を祝おうとした可愛らしいサプライズ。それを己の下心のままに解釈し盛って撃沈した結果が今の惨状である。



「驚いてもらえてよかった…きっと忘れてらっしゃるんだろうなぁと思って、ちょっとしたサプライズをしてみました!」

「あ、ああ…忘れてた」

「誰よりも早くお祝いしたくて…迷惑じゃなかったですか?」

「…いや、ありがとな…」



混じりけのない無垢な視線が痛い。
羞恥に頬を染める彼女との入浴も、誕生日だというその意図さえわかってしまえば、勝手に誤解をして不埒なことを考えに考えていたという事実に、逆に恥ずかしくなるのは日番谷の方である。
いつもなら尻込みしてしまうような行為も、日番谷を驚かせ喜ばせるためならと頑張った恋人の健気さ。それを嫌というほどわかっているからこそ、自身の窮状に日番谷は天を仰いだ。



「隊長、感が鋭いので、サプライズに気付かれちゃったらどうしようかと」



にこにこと話す名前の一言に日番谷の背中に冷や汗が伝う。
右手が鷲掴むむにゅりと柔らかなそれ。普段敏感すぎると日番谷を悦ばせるその身体は、今は自身の計画が成功した嬉しさに意識を持っていかれていて何の反応も示さない。しかしそれでも、いつふと我に返り“何故こんな状態になっているのか”と、そう問われた暁には一体日番谷は何と返せば良いというのか。
いつもならやめてと泣き付かれても弄び通すその柔らかな感触も、今だけは日番谷を悩ませる要因でしかない。手を退けたりと下手に動けば逆に彼女の意識を引き戻してしまうかもしれない。



「まさかこんなサプライズをしてくれるとはな…」

「ふふ、どうしても一番にお祝いしたくて…きっと朝になれば皆さん我先にと来られるでしょうし」

「そう、だな…」



いくら日頃鈍いと馬鹿にされている名前でも、さすがにこの状況を認識すればつい今しがた自分の身に何が起きようとしていたのか、そして日番谷がどんな勘違いをしていたのか、嫌でも気が付くことだろう。
例え今、何を言い出すかわからないその唇を塞ぎ身体を合わせ意識を快楽の狭間に突き落としても、結局朝になれば今夜のことを思い出した彼女にばれてしまうのだ。



「…万策尽きた、な…」

「どうかされましたか?」



身から出た錆、自業自得とはまさにこの事。
しかしそれでもこの何とも情けない結果を伏せておきたいと思ってしまうのは、他でもない恋人の前では格好よくありたいという日番谷の男としてのプライドからであることをどうかわかって欲しい。
部下を守るため、職務を全うするためなら己のつまらないプライドなど塵以下の価値しかない。そんな日番谷が唯一、つまらないとわかっていながらも格好つけたいと思ってしまうのが彼女なのである。



「…来年は絶対に忘れないからな…」



遅かれ早かれバレてしまうのであれば、自ら告白する方がまだ賢明か。そうして白状した日番谷に、名前は顔を赤く染め照れながらも「隊長かわいいです」とはにかんだ。もちろん、その笑顔を受けて次に赤くなるのは日番谷の方で。

“来年は絶対に忘れない”

らしくない柄じゃないと照れた顔を隠すように天を仰いだ日番谷は、今宵また一つ歳をとり、そして新たに一つ学んだのであった。






end




一つ前のお話に引き続き、かっこいい隊長は行方不明ですどこ行った。せっかくの誕生日話なのにね!おめでとうございます!!


 

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