日番谷隊長のバースデー大作戦




他人が聞けば全く以て性格が悪いと言うだろう。そんなことに使うものではない、と。だがしかし日番谷は思うのだ。使えるもの、利用出来るものを活かして何が悪いのかと。しかもそれが惚れた女を手に入れる為だとしたならば可愛いものではないか。
たとえその計画自体、可愛いもへったくれもないような下心のみで形成されていたとしても。



***



隊舎内の一室で繰り広げられている宴会もとい日番谷の誕生日パーティー。眉間の皺に疲労の色を浮かべる本日の主役はそろそろかと時計を見上げた。時計を見つめ、そして視線は部屋の片隅で楽しそうに友人達と談笑する目当ての姿へ。
聞き飽きた世間話と媚びた女の声に適当に相槌を打ちつつ視線を向け続ける日番谷の瞳は飢えた獣のそれである。標的となった哀れな子ウサギは何も知らずにへらへらと笑みを浮かべていた。



「おい松本、そろそろ気が済んだろう場所を変えやがれ」

「ええーもう二次会ですかー?場所移動するの面倒くさいんで今夜はこのままオールしたいところなんですけど」

「そもそも隊舎内で飲み明けるなんて俺は許してねえぞ」

「じゃあ今から許可取ります」

「却下だ」



一体この飲み会は誰のためのものだったかと呆れながら安定の副官を一瞥する。酔っ払いのうるさい野郎共や野次馬根性丸出しの女共を隊舎から追い出すとともに名前が一人になる隙を得るためにも。計画は丁寧かつ速やかにぬかりなく。
ええーっと食い下がる副官は日番谷の意図をわかってやっているのだから性質が悪い。が、それはつまるところ条件次第では手伝いますよという暗示でもある。否やもない。飲み代ひとつで目的達成に近付けるのであれば安いものだ。
もともと給料の使い道が少ない日番谷。金はこういう時のためにあるのだと口端を上げてちらりと懐から財布を見せた。



「さあ皆そろそろ二次会に行くわよ!」



現金な奴め、というのはもはや不粋である。
パンパンと手を叩く松本の鶴の一声でぞろぞろと動き始める人波。その雑踏を軽々と躱しながら日番谷の視線は外れない。
突然の大移動に驚いた様子で立ち上がりどうしようかとあたふたする名前は完全に置いていかれている。とりあえず流れに乗ろうと歩き始めるその手首を掴んで周りとは逆の方向へ。大袈裟なまでに驚くそれを完全無視で部屋を出る日番谷達に気付く者などこの状況では誰もいない。



「日番谷隊長っ?」

「悪かったないきなり引っ張って」

「あ、えと、それは全然平気なんですけど…」



パタンと閉めた隊主室の扉。後ろ手で掛けた鍵の存在に目の前で困惑した表情を浮かべる子ウサギは気が付かない。眉を八の字に下げて何故自分はここに居るのかと疑問符を浮かべる名前に、日番谷は何一つおかしいことなどないと平然と続ける。うるさい連中の飲み会に付き合う理由はない、と。
なるほどそれで話し相手として適当に私を選んだのですねと、全く見当違いのだがしかし日番谷にとっては都合の良い解釈で一人納得する名前。無防備な姿は既に腹を空かせた狼の巣に囚われているなどとは夢にも思っていないのだろう。
目当ての品まではあと僅かだと、暗く光る瞳がひっそりと細められる。既にいくつかの罠は仕掛けてある。それに嵌ることも目に見えている。じっくりと確実に欲しいものを堕としていく日番谷のそれは、プレゼントの包装紙を綺麗に剥いでいく作業に似ていた。



「そういえば名前、まだお前から祝ってもらってなかったな」

「?」

「誕生日のプレゼントとやら…まだ目にしていないが」

「そ、それはっ…」



目に見えて困惑し焦り始める姿が酷く愉快だと、そそられると胸の内で舌なめずり。申し訳ありませんまだ買えていないんです…と泣きそうな顔で頭を下げれば日番谷は大袈裟に残念そうな顔をしてみせる。
それに更に焦り困惑しながらも驚いた表情を浮かべる名前は動揺を隠しきれない。それはそうだろう、そもそも日番谷が誕生日プレゼントにこだわること自体ありえないのだから。ありえないものをねだり、あまつさえ残念がる。普段からは想像も出来ない日番谷の行動に翻弄されるとともに名前の胸に広がる罪悪感。

ああ計画通りだと、日番谷は一人目を細めた。

プレゼントを買いに行く暇を与えないよう仕事を差し向けたのも、残念だと肩を竦めれば心優しい子ウサギが罪悪感を抱くだろうと踏んだからに他ならない。抱いた罪悪感は別の形での免罪符を乞うだろう。多少の強引さにも目を瞑むってしまうほどの。



「いや、気にすることはない…楽しみにしていたんだがな」

「ご、ごめんなさい!ほんとに仕事が立て込んでいて…申し訳ありません…」

「別に謝らなくてもいい。座ったらどうだ」

「…横、失礼します…――って、あの、隊長、」

「なんだ」

「や、その…ちょっと近く、ないでしょうかっ…!?」



ソファに座るよう促して自身の隣へ。着実に近付く距離感に日番谷の機嫌は上昇する。世界広しと言えども、この状況でこの変化に気が付かないのは名前だけだろう。
ソファの背凭れに手を掛けて、決して触れはしない、けれど限りなく肩を抱いているのに近い今の状況。頬を赤らめ日番谷に失礼のないよう気を遣いつつも、必死に指摘する姿に悪戯心が疼くのはどうしようもない。



「うわっ…」



本当に近いというのはこういうことだと、腰と膝裏に手を回し抱き上げて己の膝の上へ。衝撃のあまり固まる身体を良いことに、所謂お姫さま抱っこの状態ですっぽりと収まった柔らかさを堪能する。
ようやく我に返り焦って抵抗し出す名前にそんなに暴れると痛ぇだろうがと日番谷。当然のように返す日番谷に思わず条件反射で動きが止まるが、慌ててそもそもこの状況がおかしいんですと名前は泣きそうな顔で身動ぎする。
そんな抵抗など、今の日番谷にとってはただの前戯でしかないというのに。



「なあ…俺だって誕生日くらい、プレゼントをねだってもいいと思わないか?」

「そ、れはっ…明日朝一で買ってきますよ!?」

「今すぐに、と言ったら?」

「あ、う…」

「…なに、難しいことじゃない。今夜一晩俺に付き合ってくれるだけでいい」

「話し相手、ですか…?」

「そうだな…お前には話したいことも山ほどある」



免罪符とは日番谷にとっての免罪符でもあるのだ。
人は最初に何かを断ると次のものを否定しがたくなるという酷く単純な仕組み。だが単純なものほど、時に絶大な効果を発揮するものである。もちろん、日番谷の言葉の意味をきちんと理解していたならば或いはそれでも断っていたのかもしれない。しかし膝の上で着々と退路を断たれていく哀れな子ウサギは、隠された意味にも暗く鋭く光るその瞳にも気付かない。

首尾は上々。
今夜の戯れを邪魔する者はこの隊舎内にはいない。事実を隠すつもりは毛頭ないが、ただ今夜だけは万が一にも邪魔が入らぬよう念には念を入れておきたいだけのこと。もちろん欲しいものが手に入った暁には、その事実を振りかぶって牽制球を投げ続けるのだ。



「明日には瀞霊廷中の話題を掻っ攫ってるだろうな…松本が良い仕事をしてそうだ」

「…? なんのことですか?」

「虫除けは季節を問わねえなって話だ、お前は気にしなくていい。…それより、俺の膝は大分馴染んできたようで何よりだ」

「っ、な、慣れるわけないじゃないですかっ…!」

「そうか?まあ安心しろ、時間はたっぷりある」



言外に色を滲ませる日番谷の思惑に果たして名前が気付けるだろうか。そうでなくとも先程から真っ赤に染まった頬とその下の身体からはうるさいほどに鼓動が聞こえているというのに。
首尾は上々とはよく言ったもので、尾である今夜はまだまだ長く、事の起こり首などはもう大分昔に据えてきてある。丁寧に慎重に近付き植え付け育んできた感情。耳まで赤くなり困惑し潤む瞳は単純な恥ずかしさのせいだけではない。
あと一押し。
たった一言で陥落するだろう。



「お前が欲しい、名前」



似合わない台詞もおねだりも、欲しいものを手に入れるためならばいくらでも言ってやろうではないか。そもそも似合わない想像出来ないと決め付けるのは他人であって、当の本人はまんざらでもなかったりするのである。欲しいものを欲しい、好きなものを好きと言って何が悪いのか、と。
初めて与えられた直接的な言葉に膝の上の熱は急上昇する。どうやらようやく自分の気持ちに確信を持ったらしいそれは、日番谷が手塩にかけて育ててきたもの。警戒されぬよう出来た上司を気取って近付いて、種を蒔き芽吹かせやっと本人の認識するまでに至った感情。



「たいちょ…それは、どういうっ…」

「そう急かすなよ名前…これからいくらでもどんな言葉でも言ってやるんだ」

「だ、だって、そんなっ…まさか隊長が…」

「おいどうした、顔が真っ赤だぞ」

「ッ…」



そっと手のひらに触れた頬の熱。近いようで遠かったその肌にようやく触れることが出来た日番谷の喜びを名前は知っているだろうか。
汚いと策士だと罵られようとそんなことはどうでもよかった。元々、今後二人の間には第三者の立ち入る隙などありはしないのだ。今更他人にとやかく言われようと知ったことではない。仮に名前から責められたとて言いくるめる自信もある。それに何より、日番谷には絶対的な想いがあるのだ。
惚れた女を愛したいという、ただひたすらに馬鹿正直な想いが。



「…顔が熱いな、酒でも飲んだか」

「ち、違っ…」

「じゃあどうして身体中こんなに熱いのか、教えてくれよ」



正攻法で落とすことももちろん出来た。どこぞの青春群像劇のような青いやり口でも振り向かせる自信はあった。それをしなかったのは偏に己の愉しみのためだけ。何気なく距離を詰めて仕掛けた罠に嵌り、手のひらの上で転がりながら着実に自身へ傾いてくるその姿が酷く愉快で嗜虐心を擽った。
名ばかりの誕生日パーティーも、つまらなそうな顔を貼り付けた内心で日番谷はとても満足していたのだ。媚びた態度と猫なで声で近寄ってくる女共にわざと構ってやっていれば、控えめに、だがそれでも感じる視線は誰のものか。どんな表情をしているのか見てやろうと顔を上げれば逸らされる視線。そんな焦れったい行為でさえ、今の日番谷にとっては機嫌を上昇させる要因でしかなかった。
タイミングを少しばかりずらせば捕らえられる視線に子ウサギは大袈裟なまでに反応して耳まで赤くする。驚きと不安と僅かな期待とに揺れる瞳を伏せて唇を噛みしめる姿に、何度見境なく手を出しそうになったかわからない。



「わ、私は…」



長い睫毛を震わせるその視線に初めて気付いたのはいつのことだったか。確実に名前の中の自分が大きくなっていくことで満たされる子どものような支配欲。



「あとはお前次第だ、名前」



似合わない甘い言葉も労わるような指使いも、すべてお前にくれてやろうと日番谷は零す。そのかわり、こちらの欲しいモノもわかるよなと射抜く瞳は大層大人げない。誕生日を逆手に特権を振りかざすなど他人が聞けば性質が悪いと眉を顰めるだろうが、本人はいたって真面目、悪気も謝る気も更々ありはしないのだ。誕生日に欲しいものを欲する、至極当然な理論であると。
ようやく手に入ったプレゼントを膝に乗せ、どこから愉しもうかと熱い肌に手を這わせるそれは今にも鼻歌を歌い出しそうなほどで。首根っこを掴まれ震える子ウサギの瞳に映った日番谷は、一人満足気に目を細めていた。






end


 

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