眠り姫に口づけを




がらりと戸を開けると、ソファにもたれて眠りこける奴がいた。半開きの口からすよすよと漏れる呼吸が快眠度合いを物語っている。いくら隊舎の休憩所とはいえこんなおおっぴらな場所で昼寝とは。はあ、とため息がひとつ。



「…名前」



ぽつりと漏れた声には思いのほか感情が乗っていて驚く。そっと近付いて隣に腰掛けるとその横顔を覗き込んだ。いつもその根明な性格そのままの色を映す瞳はふわりと閉じられている。この目が自分を映す時のみ揺らいだり情欲に濡れることを知っている。甘え下手ですぐ恥ずかしがるこいつの何よりも素直を映す部分。
静かに目蓋に伸ばした指を滑らせる。輪郭を撫でるようにつたって、安らかに呼吸を繰り返す唇に辿り着く。ぷっくりと薄赤いそれを指で押せばふにふにと柔らかい感触が心地良い。んむ、と小さく漏れた吐息に思考が傾いていく。お前が悪いとこじつけひとつ、静かにその唇に口づけた。

ちゅ、ふちゅ…ちゅっ。

押し当て合わさる柔らかさが心地良くて繰り返してしまう重なり。唇同士が離れるか離れないかの距離で角度を変えて何度も啄んで。ときたまじゃれるように唇を吸ったり食んでいればたまらない気分になっていく。
いつしか覆い被さるように彼女の真横の背もたれに手を突いていた。優しく頬に手を添えて撫でれば無意識に名前が頬を寄せてくる。口端、目尻、額と唇を滑らせて小さく響くリップ音。

幸せそうに眠る姿は誰の目にも晒したくない、自分だけが知っていればいい。すやすやと眠る表情は見ているこちらが頬が緩みそうになる程で。だからこそ邪魔はしたくないと我ながら重症だと呆れるその一方で、だがしかし思うことはあるのだ。



「…早く目ぇ覚ませよ」



そっと耳元で小さな呟き。
気持ちよさそうに眠るそれを叩き起こすほど非情ではないが、かたやそれを目の前に据えられたこちらの身にもなってもらいたいものである。せっかく甘やかしてやろうと思っているのだ、どうせなら早く起きて思いきり可愛がられてしまえばいい。

砂糖のように甘く、ぬるま湯のように心地良く、己の策略は仕舞い込んで。

甘やかされ溶かされた瞳にどのように自分が映るのか見たいと、小さく微笑んでもう一度その唇に口づけた。






end




砂吐くぐらい甘い話が書きたくて。


 

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