OKO
「……」
「………」
うわーやってしまったやらかしたドン引きだよ先輩。何の考えもなく思い付きで発言するものじゃないなと激しく後悔する。自分的にはすごく上手いことを言ったつもりだったのだけれどやはり人間、感性の違いというものなのだろうか。
「おい待てお前は俺と同じ人間であるつもりなのかそれで」
「い、いやいや先輩私まだ人間辞めたくないです底辺で構わないんでそこだけは否定しないでくださいお願いします」
「なら名前よ、俺は前にも言ったよな日本語を話せと」
「…仰る通りで」
「どうして学習しないんだ?お前さっき何て言った?」
「……OKO…」
それはほんの数分前。
学内のカフェテリアでお茶をしながら日番谷先輩の顔を盗み見ていた私に、心底ウザそうな顔をしながら先輩が口を開いた。明日どこか行きたい場所はあるか、と。
え、いきたい……逝きたい?
ついにウザさからのストレスが臨界を超えたのかと断末魔を上げた私を氷のような視線で黙らせると先輩は言う、デートだと。世界広しといえどもデートのお誘いをそんな顔でするなんて先輩くらいなんじゃ…でもそんな顔もステキ!と幸せ脳内変換で、私は早速どこに行こうかと考え始めた。
…が、思いつかない。そもそも先輩と一緒に居られるのなら場所なんて関係ないわけで。この気持ちをどう伝えるべきかと閃いたそれをそのまま口に出したのが運の尽きだった。OKO…。
「OKO…何だ、新種の元素原理か何かか?あ?」
「いや、それはその、私の先輩への気持ちを端的に表す言葉とでも言いますか…」
「…悪いな俺は理解できる言語しか受け取れない…」
「そんな告白されたけどどうしよう困るんですけどみたいなテンションで喋らないでください!!」
ザ・苦笑い、みたいな顔をする日番谷先輩。やっぱりOKOなんて略し方をしたのがいけなかったのかな心の距離感が半端ないんですけども。そういえばこの前も軽いノリで激おこプンプン丸ですよ〜なんて言ったらドン引きされて無視された挙句かれこれ30分くらい泣きついた結果「日本語を話せ…」って怒られたような。
「おはようからおやすみまでの略です」
「…流行ってるのか?」
「今考えました」
「ああ…なんか馬鹿がよくやってるよなそういう頭文字取るやつ…」
自分よりも劣った下等生物に対峙した時、人は軽蔑を通り越して憐れみを含んだ生暖かい目でそれを見る。私を見る日番谷先輩の表情は、まさにそれだった。
「おはようからおやすみまで、ねえ…」
「はい、先輩と一緒に居られるなら私はどこだって幸せなのでそれならばと思って時間を指定してみました」
「…お前そういうとこほんとタチ悪いよなこの無自覚バカ…」
「え?」
「何でもない。まあ…珍しくお前から積極的に誘ってきたんだ、乗ってやるよ」
「誘っ…?」
「ほら早くしろ、行くぞ」
「え、行くってどこに…」
「どこって俺の部屋に決まってるだろう。それとも…たまにはホテルにでも行きたいか?」
あれあれ会話のキャッチボールが…?
何か、何か重大な誤解が生じている会話に嫌な予感が走る。せっかく乗り気になってくれた先輩に水を差すのは気が引けるけれど何というかこの誤解、というか展開はまずい気がする。
「あの、今からですか…?」
「当たり前だろ」
「えーっと…でもあの女の子にはデートの準備が色々とあると言いますか…明日に備えて服を選んだりとかですね、」
「おはようからっつったのはお前じゃねえか」
「はい?」
「一緒に寝ねぇと、おはようは言えないだろう?」
…いや、うん、別にそんな本域のおはようを求めてるわけじゃないんですけどね?普通に午前の早いうちに待ち合わせしておはよう、じゃだめですかね?なんかもう私が間違ってるんじゃないかという気すらしてきましたよ。
というかむしろそれって。
「それおはようからじゃないですよね!?おやすみスタートですよねっ!?」
「どのみち同じじゃねえか」
「何がですか!」
「“OKO”。おはようだろうがおやすみだろうが、頭文字は変わらねえよ。お前がしたかったのはOKOだろう?ならいいじゃねえか」
「よ…っくはないですよ騙されそうになりましたけど!」
第一それじゃあ、帰って服のコーディネートをしてお風呂上りにはパックしてお肌のお手入れをして、明日は早起きしてメイクも完璧にするという私の計画が成立しない。日番谷先輩とのデート。出来る限り可愛く少しでも先輩に相応しいと思われるようでありたいのに。
うじうじと考えを巡らせる私の頭上で、先輩が何かを呆れるようにため息をついた。
「あっ…すいません騒ぎすぎました」
「別にそんなことを気にしてるわけじゃない。お前の声がデカいのはいつものことだ」
「…はい、すいません…」
ちらりと見上げた先輩の顔はいつにも増して眉間のしわが深かった。何か気に障るようなことをしてしまったのかな…。
しゅん、と項垂れつつも見惚れてしまう。こんなにかっこよくて完璧な人が自分の彼氏だなんて未だに信じられない。だからこそ、少しでもその隣に相応しく在りたいと思うんだけどなあ。
「お前、人のことをストーカー並みに見てきたり理解出来ない言葉を話して困らせたりするくせに、何でそういうところだけ無駄に謙虚なんだよ」
「…とりあえず先輩の私に対する見解について泣いてもいいですか」
「これを機に日頃の行いを反省するんだな」
「なんて追い打ち!!」
ズゥゥンと落ち込んだ私を見て先輩は小さく笑う。そこ笑うとこですか結構落ち込んでるんですよ私。うう、とへこみながらも非難混じりに見上げれば意外にも真面目な顔をした先輩がそこにいた。こんな時にとは思いつつも、その眼差しにドキッとしてしまう。
「とりあえず一番の反省点はそこだな」
「え?」
「相応しいとか隣に見合うとか、俺はそんな大層な人間じゃねえぞ」
「日番谷先輩…」
優しい優しい一言に胸がきゅんと苦しくなる。思わず目の前の肩口に抱きつけば、先輩もその腕をそっと腰に回してくれる……かと思いきや、そのまま小脇にがっちりとホールドされて、私の体はズルズルと廊下を引きずられていった。
「な、何ごとっ…!?」
「おい当初の目的を忘れるなよ、OKOだろ」
「ええっ!?」
「早く帰ってヤることヤらねえと明日動けなくてほんとにどこにも行けなくなるぞお前」
「ちょ…っと待って下さい今この瞬間まであった甘い雰囲気は!?ムードはどこに行ったんですか!?」
「それはあれだ、通過儀礼だ」
「は!?」
「しょうがねえだろお前さっきみたいに一度落ち込むと中々浮上してこないんだからよ」
「だからって騙すなんてひどいですよ!!」
「だから言っただろうそんな大層な人間じゃないって。だが別に、俺は演技なんて面倒くせえマネはしない。覚えとけ」
演技じゃないってことはさっきの優しい台詞は本物なんだ……ってときめいている場合じゃない!ちょ、ほんとに離してくださいさすがの私でも今のは怒りましたよっ!?
わーわーと抵抗しながらそう告げればパッと手が離される。息を整えながら顔を上げれば、先輩が心なしか愉しそうにへえ?と口を開いた。
「怒ったのか」
「怒りましたよプンプン丸ですよ!」
「名前?」
「あ、嘘ですごめんなさいプンプン丸はキャンセルでお願いします」
「それで、お前は俺に怒っている…と」
「そうですさすがにひどいです先輩!」
「ほう…明日はデートだってのに、それはまずいよなぁ名前」
「え?…はい、まあそうですけど…」
「それならば、これから一晩かけて仲直りをするってのが得策だと俺は思うが?」
「………」
「俺と一緒に居られるのならどこでもいいお前にとって、一緒の時間が多く取れ且つ仲直りも出来るこのデートプランは最適だと思うが…嫌か?」
「ッ…いやなわけ、ないじゃないですかっ…」
唇を噛みしめながらの降伏宣言。悔しいかな結局私はどう足掻いてもこの人には勝てないのだ。早く帰ろうがどうしようが結果的に明日は動けないであろうことが目に見えているけれど、デートのお誘いへの私の返事がアレなのだから仕方ない。
「OKOってのは究極のデートプランだな」
クスクスと愉しそうに前を歩く日番谷先輩をじっと見つめる。かっこよくて完璧な彼氏…に間違いはないけれど、性格に難があったことを私は今更ながら思い出した。
OKO〜おはようからおやすみまで〜
(君と一緒にいたい)
end
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意外とOKOを気に入ったご様子。
もしも瀞霊廷で現代スラングが流行ったら…スラングを多用しまくって隊長を困らせ且つ良いように言いくるめてサボる松本副隊長殿が目に浮かびます。
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