選択肢のその先




皆さんは経験あるだろうか。
欲しいと切に願うものが目の前にありながらどうすることも出来ない、この焼けつくようなもどかしさを。手を伸ばせば届くのにしかしそれを許されない歯がゆさを、焦りを、憤りを。
今まさに、私はその渦中をさまよっている。



「…あの、」

「何だ」

「それは食べ物ですよね…」

「それ以外にどう見えるのか教えて欲しいものだな」

「そしてそれは…その机の上にある食べ物は…かの有名な久里屋の季節限定新作大福ですよねっ…!?」

「らしいな」

「あの、例えばそれを私が毒見させていただくなんてことは、」

「大事な恋人に毒見役なんてさせられるわけがないだろう、なあ名前?」



腰を抜かしそうなほど甘くてかっこいいセリフ。でも騙されてはだめだ、ダメなのだ。見るんだ、あの弱者をいじめて愉悦に浸るドS大魔王の表情を。笑っている…人を見下しながら満足げに笑っている…!

かれこれ30分、私はこの調子で待てをされ続けている。浮竹から貰ったと、わざわざ同僚たちと共に書類整理に勤しむ私を呼び出して見せつけられたそのお菓子、新作大福。呼び出したということは当然その大福を一緒に食べようというお誘いだと思っていた。いたって普通の思考回路である。しかしながらこの隊長様の脳内は、私の予想の斜め上を行っていた。

お前好きだろこういうの、だから絶対食べるなよ。

一瞬耳を疑った。決して接続詞で結ばれないはず文を私の耳が拾い上げたのだ。え?と引きつった笑顔で聞き返せば、誰がお前に食わせると言ったと爽やかに言い返された。ぐうの音も出ない。俺が食いたくなったらそのおこぼれをお前にやろう感謝しろと、それから私の壮絶な待てとの戦いが続いている。



「ご苦労なこったな」

「…誰のせいだとお思いですか…」

「タダで美味いもんが食えるなんてそんな話、それこそ美味すぎるだろう。これはすぐ餌に釣られるお前への教訓だ」

「人を躾のなってない犬みたいに言わないでください!」

「実に的確な喩えだな、むしろそれが真実だ」

「犬じゃないです人間です!こんなの人権侵害だ!!」

「確かにお前は犬じゃねえな名前。犬の方がまだ大人しく待て出来る」



グサッグサッ。私のハートに容赦ないツッコミが刺さります。ツッコミというかただの言葉の暴力ですよねこれ。絶望的な顔でうなだれる私を隊長が鼻で笑った。



「上官の執務を邪魔するなんて真似、利口なお前ならしないだろう?」

「そ、そんな風に優しい言葉で手懐けようったってそうはいかないんですからねっ…!」

「俺には今の台詞に喜んで振りたくってる尻尾が見えるぞ」

「眼科行ったらどうですか!?」

「だいたい今さら手懐けるもクソもないだろ。懐いているからお前は今ここにいる」



い、言い返せない…!
じっと恨みがましく大福を見つめる、おいしそうだなあ。出来ることなら隊長を睨みたいけれどもそんなこと恐ろしくて出来るわけがない。

本当は諦めて同僚たちの元へ戻れば良いのだろうけれど、こんな素敵な大福を見せ付けられてしまえば後ろ髪を引かてしまう。そして何より、やはりどんなシチュエーションであろうと隊長と二人きりというのはとてもとても特別で、自分からそんな状況を脱せられるほどの決断力を私は持ち合わせていなかった。むしろ後ろ髪は引っこ抜かれてしまっていた。



「お菓子を目の前に待てされるのと隊長を目の前に待てされるの、どっちの方が辛いかな…」



ソファに膝を抱えてぽつりと呟く。ここまで来たら現実逃避だ。隊長が大福を食べたくなって仕事を切り上げるのを待つしかないのだ私は。
どっちも辛いかぁーなんて一人で会話を成立させていたら何言ってんだと隊長の呆れた声が返ってきた。てっきり聞こえていないものだと思っていた私が驚いて振り向くと、書類に目を向けたまま隊長は言葉を続ける。



「俺と食い物を一緒にするんじゃねえ」

「あ、すいません」

「一人で会話とはお前はボケ老人か。くだらない独り言は頭の中だけでやってろ仕事の邪魔だ」

「…すいませんでした」

「ちなみに俺ならどちらかを選ぶなんてつまらねえ真似はしない」

「な、何それずるいです!ていうか隊長だって人のこと食べ物と一緒にしてるじゃないですか!!」

「…? お前は食い物だろう、違うか?」

「えええ!?」



噛まれるとか舐められるとか頂かれるとか、お前そういうの得意だろ。

あれあれいつから私の特技はそんなハレンチなものになったんだろう、私を何だと思ってるんですか!
食い物だ、と私の心を読むことを特技とする隊長が平然と返してくる。いやいやいや…なんでそんな「何か間違ったこと言ってるか?」みたいな顔してるんですか。理解出来ない私が悪いみたいじゃないですか!



「それが事実だからだ」

「やだ何この無駄な説得力っ」

「逆にお前はもう少し説得力と納得性を身に着けたらどうだ」

「だいたいっ…だいたい私がそういうはれんちな目に遭うのは隊長のせいで…!」

「八割がたお前が誘ってくるんだ俺は悪くない」

「なんですとっ…!?」



いつ、誰が、どこで、何をしたって…!?
身に覚えがありません冤罪です!と訴えれば、隊長の口から私の理解を超えた回答がつらつらと流れ出る。

例えば修練中に隊長に叩きのめされて悔しがる私の表情だとか、ツッコミという名の言葉の暴力に言い返そうとして返り討ちになった私の泣きそうな顔だとか、その他困り顔焦った表情等々が隊長のヤる気スイッチを押してしまうらしい。

…意味がわからない。
だいたいそれほぼ全て私が悲惨な目に遭ってる時ですよね!?なんて悪趣味なんだ…。そもそもそんなことで人を襲うなんて常日頃そういうことを考えてるからに違いない。
そうだ、きっとそうだ!この変態絶倫鬼畜上司っ…!



「おいそこの馬鹿今なんつった」

「何も言ってません心の声です」

「もし仮にこの俺が変態で絶倫の鬼畜な上司だったとしてもだな、」

「すいませんちょっと待ってください自分で言われると怖いですごめんなさい」

「仮にそうだとしても、だ。俺が盛るのはお前だけだ。誰彼かまわず食い散らかすわけじゃない。人を悪食みたいに言うんじゃねえ」

「なッ…うっ…ず、ずるいですよこんな時にだけそういう殺し文句言うなんて!」

「別に今だけじゃない、俺が常日頃思っていることだ。単にお前が気付かないだけでな」

「そ…そんな発想できるほど自分に自信ないですよ私…」

「当たり前だ、そういうお前だから俺は選んだんだ。自信も恋愛スキルも身に着いた女なんて何処の誰の手垢が付いてるかわからんからな」



世間的にはそういう人を良い女って言うんじゃないでしょうかと聞き返したら、俺の目が間違ってるわけねえだろと一蹴された。こういう時、隊長の持つ説得力に助けられる。私のちっぽけな不安なんて、隊長の前では大福の中のつぶあん以下の大きさだ。



「…じゃあ、もしも私がそういう世間的に言う良い女だったら…隊長はどうしましたか?」

「…他の男になんてやらねえよ。誰よりも早く俺が見つけ出して、誰よりも早く首輪を付ける」

「ッ…!」

「ったく…くだらねえこと訊いてんじゃねえよ。そもそもお前がそんな良い女になるなんてことあるわけねえから安心しろ。狸の皮算用にすらなってねえ」

「………」



持ち上げられたのか蹴り落とされたのか少々釈然としないけれども、多分どの台詞も隊長の本心なんじゃないかなと思うと自然に舞い上がってしまう。顔が尋常じゃなく熱い。
あーあ…何というか、大福を食べる前にお腹一杯になってしまった。ずるいなあ隊長。そうやってたまにとびきり甘い餌をくれるから、私は離れられなくなってしまうというのに。



「ならもう大福はいらねえか」

「!?」

「ちょうど仕事も一段落着いたから甘いものでもと思ったんだが…」

「たっ食べます食べますお腹ペコペコです今お茶入れてきますね!!」

「…おい名前」

「なんでしょう他に何かお持ちする物でもっ?」

「さっきの独り言の続きを聞かせろ」

「へ?」

「大福か俺か、お前はどっちを取るんだ」

「それは食べ物と一緒にするなって隊長が、」

「いいから答えろ、名前」

「……隊長、待てはもうおしまいですか?」



返事の代わりに、執務机の椅子に優雅に足を組んで座っていた隊長が私に向かって手を広げた。ほら、と細められる瞳に自分でも無いはずの尻尾が揺れたのが分かった。
待てを解除された私が飛び付いたのは、もちろん日番谷隊長に他なりません。






end




「他の男が手を出す隙なんてそもそも与えないし、もしそれでも誑かそうとするような輩がいた場合は即牽制・即排除」だそうです。(※ご経験に基づく本人談です)
彼女が鈍いのを良いことに、本人の知らない内に周りでは隊長による様々な策略や網が張り巡らせれていて、まんまとそれに掛かって隊長以外の選択肢も隊長以外に目を向ける意思も余裕も削がれている哀れな子羊(隊長曰く子犬)系ヒロインちゃん。


 

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