ヨクシツ




仕事終わり。
出来上がった書類を提出しに執務室へ行けば、俺も帰ると席を立った日番谷隊長がドンっと資料やら本やらの山を机の端に置いた。残った雑務を自室で片付けるらしい。いつもならあまり部屋に仕事を持ち込まないのに、めずらしいなぁなんて考えていれば「ん。」と手を出すように促される。言われるがまま両手を出せば、ズン、と効果音が付きそうな勢いで紙の束が乗せられた。



「うわあっ」



慌てて抱え込んで見上げれば有無を言わせない瞳がそこにあって。ぜひとも運ばせて頂きますありがとうございますと条件反射で、私は自室への帰り道をお供することになった。
隊長の部屋は当たり前だけど隊長のにおいでいっぱいで。何度来ても馬鹿みたいにドキドキと緊張してしまう。



「そこらへんでいい」

「机に置かなくていいんですか?」

「ああ、どうせ今日はやらないからな」

「え?」

「ありがとな、助かった」



ポン、と私の頭に置かれた手に、じゃあなんでわざわざ部屋にお供させたんだろうという疑問はすっ飛んでいった。ふう、とお疲れ気味の気怠げな表情で髪を掻き上げる隊長に見とれてしまう。慌ててそれじゃあ私は帰りますねと扉に手をかければ、後ろから伸びてきた腕が私の腰を引き寄せて「なんでわざわざ部屋まで連れてきたと思う?」と耳元で声がした。



「あ、えっ…!?」

「風呂沸いてる。背中流せよ」



お願い、ではなく命令。
そのまま私の腰の辺りをスルリと撫でると、呆然とする私を置いてスタスタとお風呂へ入ってしまう隊長。ぱしゃぱしゃと水音まで聞こえてきてパニックになる。抵抗する間もなくセッティングされてしまった状況に泣きたくなった。どうしよう。このままお暇するという手もある、が、しかしそれはある意味一番の自殺行為な気がする。うん、その後が怖い。絶対怖い。
憧れの日番谷隊長とお付き合い出来るなんて思ってもみなかった幸運だけれども、キスも何もかもが初めての私にとっては隊長から与えられる物すべてが心臓に悪い。素肌を見られるのは言うまでもなく、見るのだって、もう、ほんと卒倒しそう。



「えと…は、入っても大丈夫ですか…?」

「いつまで待たせんだ、のぼせるだろうが」

「……」

「おい名前、これ以上待たせるなら俺がお前を隅々まで洗ってやろうか?え?」

「洗います洗いたいです隊長の背中を洗わせてください!」



いっそのことのぼせて頂いた方が助かるのに、という善からぬ考えを振り払い意を決して扉を開けるとふわっと石鹸の香りが漂う。うわあ隊長のにおいだーなんて現実逃避もいいとこで、きれいな後ろ姿は水に濡れて更に私の目のやり場を奪った。



「突っ立ってないでそこ閉めろよ、寒いだろ」

「あ、すいませんっ」

「ボケッとしてると滑って転ぶぞ」

「そう思うならもう許してくださいほんと……それにその台詞、逆にフラグですよ」

「安心しろ、そんなフラグ俺がへし折ってやる」

「…どうやって、」

「抱き留めてやるよ」



振り返って口角を上げてみせる隊長の雰囲気に、自分でもわかるくらい顔が熱くなるのを感じた。さらっと爆弾を落としてくるから私はもう堪らない。けれど耳まで赤くする私と対照的に、振り向いてこちらを見た隊長は何とも不機嫌そうな表情になっていた。
いざ三助として参らんと、たすきを掛けて裾だけ捲った死覇装を着たままで入ってきた私に隊長の眉間のしわが深くなる。



「おい名前、それは一体どういう格好だ」

「え?あの、洗いやすいかなって」

「そんなことを訊いてんじゃねえ。なんで服着てんだって言ってんだよ」

「…?」



首を傾げる私を一瞥するとおもむろに立ち上がって振り向く隊長。その無表情が逆に怖い。腰に巻かれたタオルのファインプレーに安堵していると、距離を詰めた隊長にいきなり抱きしめられた。



「た、隊長っ!?」

「俺が悪かった」

「え?あの、」

「可哀想なくらい色恋沙汰に縁がないお前に期待したのが間違いだった」



何を言っているんだと口を開こうとした瞬間、ガッと足を払われて私の体が傾いた。斜めに見えた隊長の表情にぞくりと背筋が凍る。え、と思ったのも束の間、そのまま背中と膝裏に手を入れ抱え上げると、あろうことか隊長は私を湯船へドボンと落とした。



「いった…ッ」



手加減はされたものの、いきなりお風呂へポイっと捨てられればそれは普通にどこかしら痛い。主にお尻と腰が。というか、うん、ありえない。何をどうしたら私は足を取られたあげく抱えられてお風呂に落とされなければならないのだろう…。しかも足払いによって私が体勢を崩したところを利用して抱き上げるという、やられた側が何とも惨めな気分を味わう大変非情な手段を用いているのである。
若干涙目で非難の視線を向けると、ついさっき私を凍りつかせた表情がそこにあった。暗く光るその瞳は、何というかとてもバイオレンスだ。隊長はそんな私の怯えた顔を見て、まんざらでもなさそうに目を細めた。



「言っただろう、抱き留めてやるって」

「なっ…足引っかけて転ばせたのは隊長じゃないですか!しかも速攻で落とされましたけど!?」

「へえ…?お前そんな生意気な口利ける状況かよ」

「えっ?あ、ちょっ!や、やめてくださっ…!」



顔から火が出る思いで背中を流そうとしたら無理やり湯船へドボン。そんな極悪非道なことをやり切った張本人である隊長は、まるで他人事のように「濡れたならしょうがねえな」とあろうことか私の死覇装を脱がしにかかる。



「かっ…彼女をお風呂に投げ捨てといて何してるんですかぁっ!」

「彼氏に風呂呼ばれといて服着込んで入ってくるバカに色恋を諭される覚えはない」

「えええっ!?」

「恋人と風呂に入る時の、可愛い彼女のあり方を教えてやるよ」



くいっと顎を掴まれて無理やり目を合わせられる。鋭角な角度で見下ろしてくる視線に私はひっと小さく悲鳴を上げる。無駄な抵抗はするなと恐ろしいほどに雄弁な瞳が物語るけれど、こちらとてそうは言っていられないのです。
何とか着物を死守しようと奮闘する私をまるで子どもと戯れているかのようにやり過ごす隊長は、「そうやって抵抗されると余計に燃えるな」ととても怖いことを言い放ち、そのまま問答無用で私の衣服を剥ぎ取った。






end




ちょっとバイオレンスな隊長。
続くかもです。


 

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