おやすみハニーガール




湯上りのぽかぽかとした温かさが、段々とフワフワとした眠気による温かさへ変わっていく。
ベッドの縁に腰かけて隊長のお風呂上りを待っている私。隊長より先にお風呂を頂いてしまうのはとても気が引けたので、遠慮という名のそれなりの抵抗を試みたのだけれど、俺は仕事を片付けてから入ると半ば強制的にお風呂場へ突っ込まれてしまった。

隊長のお部屋にお泊り、という状況にもようやく慣れてきた。といっても極々最近までは部屋に入ることすら手汗冷や汗が尋常ではなく、右手右足が同時に出る私を見て隊長は盛大に呆れていたのだけれど。そしてかなりの確率で、「そんなに期待されたらな」と、引き寄せられ貪られてしまうのだ。



「…隊長まだかな」



そんな状態から一歩前進できたのは、隊長のひとつの優しさに気付けたから。
気を失うまで責め立てられる夜も多々あるが、そうではない日ももちろんある。そんな時決まって隊長は、緊張でなかなか寝付けない私を甘やかすようにこめかみに口付けて抱きしめながら、ずっと頭を撫でていてくれるのだ。ふやふやに蕩かされていつの間にか眠りについてしまう私は、そんな時間が大好きだった。
とても甘い恋人同士の時間。そもそも抱かれることだって、恋人同士の行為には違いないわけで。

――そんな色恋などくだらないと一蹴しそうな隊長が、私のために。

このことに気付いた時、ようやく私は隊長のひとつの優しさを理解することが出来たのだ。だからこそ、自分ももっとその時間を大切にしたいとささやかな努力をして今に至る。



「おい口半開きだぞ」

「ふぎゃ!?」

「そんな寝ぼけた面して、先寝てろって言っただろ」



いきなり降ってきた声に飛び上がりながら顔を上げれば、目の前に隊長が立っていた。がしがしとタオルで頭を拭きながら見下ろしてくる隊長は、呆れたような顔をしながら水気の無くなった髪をさらりと掻き上げた。



「ね、寝ぼけた顔なんてしてないです!そもそも寝てないんですから寝ぼけてなんてないですよっ!」

「そうか?その割には随分長いこと俺の前で百面相晒してたぞ」

「い、いつからいたのですか…!?」

「まだ出てこないのかと独り言を言ってた辺りでもう部屋に入ってたな」

「結構前ですね!」

「あまりに気が付かないから、てっきり目ェ開けたまま寝てるもんだと…」

「そんなわけないじゃないですかっ…!」



タオルを頭から被りながら、なかなか見ごたえのある百面相だったぞと半笑いでからかってくる隊長に、穴があったら入りたい気分になる。というかもう掘ってでも入りたいです隊長。
眠たげな情けない表情から隊長との惚気た記憶を振り返る締まりのない顔まで、ことごとく見られていたのかと思うと何とも居たたまれない。普段からそんな顔だから安心しろとの一言に、もう明日から人前に出られませんと私は頭を抱えた。



「そんなに俺と寝たかったのか?」

「え?」

「風呂でさえ待ち遠しいなんて、随分殊勝な心持ちじゃねえか」

「っ…」

「どうなんだ?名前」

「……隊長と一緒じゃなきゃ、やですもん……」

「…へえ」



あああ、なんて恥ずかしい告白をしてしまったのだろう。言ってすぐにこの葛藤である。とは言っても、きっと隊長は私の考えなど最初からお見通しで訊いてきたのだろうから、もとよりこちらに拒否権なんてないのだけれども。

…あれ、なんだか隊長…ちょっと嬉しそう?
別段表情が綻んだというわけでもないのだけれど、何となくそんな気がするという確信。なんで隊長の機嫌が上昇したのかは良くわからない。けれど、とりあえず隊長が嬉しそうならば私も嬉しいのでへらへらと笑っていたら、間抜け面をするなと怒られてしまった。ひどいです。



「そんな腑抜けた面をしているお前が悪い」

「そんなに間抜けな顔ですかね……うひゃ!?あたたたたっ」



ペタペタと自分の顔を触っていると、突然隊長の手が伸びてきて両頬をぐにーっと摘ままれてしまった。そのままむにむにと弄ばれる。いたいいたいと言いながらも、その触れ合いが嬉しかったりもするわけで。
むにむに、ふにふに。
何となくそのままされるがままになっていると、フッと目の前が陰って、見上げた瞬間に柔らかな感触が唇に押し当てられた。石鹸の柔らかな香りが優しく頬をかすめていく。細められた隊長の瞳に見つめられ慌てて目を閉じれば、触れ合う隊長の唇がわずかに笑みを象った。



「…ん…たいちょお…」

「…なんつー甘ったれた声出してんだ」

「…甘ったれてなんかないです…」

「そんな顔してりゃ説得力皆無だな」



どうやら私の顔はよっぽど緩い骨格の造りらしい。
何度キスをされても離れた瞬間の気恥ずかしさには慣れなくて、照れ隠しついでにもう一度自分の顔を触ってみる。隊長と一緒に居ると締りのない顔になってしまうのはもはやどうしようもないのです。うーんと唸っていれば再び隊長の手が頬に触れて、先程まで引っ張っていたそこを優しく撫でてくれる。
しょうがねえから俺の前だけではそのふやけた顔を許してやると、頬や耳元を擽るように撫でながら言われて心地よさにうっとりとしてしまう。もう締りのない顔でもなんでもいいですと、ふにゃふにゃ返事をしながらその温かい手に擦り寄った。



「そろそろ寝るか」



その言葉にこくんと頷いて、ベッドの縁に座っていた私はもぞもぞと奥へ移動する。横になって頬杖を突いた隊長は、ほら、と隣に正座する私に布団の端を持ち上げて促した。
うぐぐ、と、私は赤くなる顔を隠すように俯きながら声にならない奇声を発してしまう。だってしょうがないじゃないですか。こんなにもキュン死にしそうな仕草を無意識に繰り出してくる隊長がいけないのです。

口元に手を当てて奇声を堪えていれば、人のせいにするんじゃねえとぼやいて私の肩を掴んだ隊長にぐいっと引っ張られた。当然の如く、重力のままに私の身体…というか主に顔は情けなくも枕にボフンと埋まる。



「…いたいれふたいちょお」

「ならあのまま延々と正座して邪念と格闘してるつもりだったのかお前は」

「………」

「分かったらいい加減大人しく寝ろ」



のそのそと体勢を立て直して仰向けになると、ぱふっと適当に頭から布団を掛けられた。両手でその縁を持ちながら、未だ頬杖を突いたままの隊長をちらりと見上げる。
湯上りの無造作な髪も少しはだけた胸元も香るにおいも、何もかもが好きすぎて切なくなる。この景色を見られるのは自分だけなのかと思うと、嬉しさと共に意識してしまう恥ずかしさはどうしようもない。
布団を握る手にぎゅっと力を込めて目を伏せると、隠した口元で緊張をやり過ごそうと深呼吸ひとつ。



「…名前」



名前を呼ばれ返事をするよりも早く、ちゅっと短いリップ音が響いておでこに触れた熱。
前髪をぺろりと捲られて曝け出された額に口付けられる。一連の出来事に固まる私を尻目に、私を覗き込む隊長は口付けたそこを指でつついてくる。



「ここ、赤くなってるな」

「…さ、さっき枕に当たったからっ…隊長のせいですよ」

「耳が赤いのも、か?」

「っ…!」



自分でも顔が赤いことは分かっていたけれど、まさか耳まで赤くなっているとは。
指摘されれば余計に意識してしまって顔に集まる熱に恥ずかしさが込み上げる。隊長の意地悪、とのせめてもの恨み言も何の効果もない。今更とは思いつつ、これ以上見られまいと顔を隠す腕はいとも簡単に隊長に取られてしまった。
羞恥に泳ぐ視線を捕えられて、真っ直ぐに見つめられる。



「無理をするな」

「え?」

「別に、緊張を隠す必要なんてない」

「…き、気付いてたんですか…?」

「あれを気付かねえようじゃお前の恋人なんて務まらん」

「―――ッ」

「…おい、なに顔隠してやがる」

「み、見ないでください今ほんとにもう顔が…っあ、」

「確かに、真っ赤だな」



ずるい、ずるいずるいずるい…!!
あんな優しい眼差しであんな台詞を言うなんてずるすぎる。恋人…もちろん何も間違っていないしむしろ間違っていたら困るのだけれども、改めて、しかも隊長の口から出たその台詞にドクドクと脈打つ心臓がうるさい。
まさに顔から火が出そうなほど熱いのに、それを隠す両手は隊長に掴まれてしまっているし、潜り込んだ布団は引き剥がされてしまった。捕らえられて見下ろされて、逃れられない視線に涙目になりながら観念する。

…それでも。



「面倒くさくないですか?」

「見てて飽きねえな」

「私の相手は疲れませんか?」

「それが嫌なら初めから構ったりしない」

「こんな私でも、良いのですか?」

「愚問だな…」



観念はしても消せない不安に言い募れば、隊長は表情を和らげてその問いに答えていく。私の取り留めのない質問のひとつひとつに、隊長はちゅっちゅとキスを落としながら応えてくれる。こめかみに頬に口付けて、最後は愚問だと言いながら私の唇にそっと吸い付いた。



「他に、何か問題はあるか?」



すべてを包み込んでくれるその優しさに、私はただただ惰性のようにゆるゆると首を振るのみで。不安も緊張も何もかもがトロトロに溶かされて、残ったのは隊長への想いだけだ。
何も問題なんてないですと頬を覆う大好きな手に縋れば、隊長はなら良かったと欠伸をひとつ。そのまま抱き込まれて抱えられた頭を優しく撫でられる。



「あったけえな」

「そうですか?」

「子供体温てやつか」

「…あんまり嬉しくないです」

「眠れそうか」

「はい…隊長のおかげです」

「別に何もしてねえよ」



話をしている間も頭を撫でる手はずっとそのままで。きっと私が眠るまで、そしてもしかしたら眠りについてからもその優しい手がそこにあるのだと思うと、満たされる気持ちは溢れ出て瞳に溜まる水滴になっていく。
どうしようもない愛しさにその胸元へ擦り寄って額をぐりぐりと押し付ければ、少しだけ驚いた顔をした隊長がふっと笑って抱きしめる腕に力を込める。



「 おやすみ 」



耳元で囁かれた甘い声と体中を包むぬくもりに擁かれて、私は漂う幸せにゆっくりと目を閉じた。






end




本当は、もっとこういう甘くて気持ち良くてとろとろした話がたくさん書きたいのです。でも私が書くとなかなかそうなりませんなんてこった。
余談ですが、ハニーガールで検索すると真っ先にデリヘルサイトが上がってきます。あ、これ鉄板ネタですっ…(震え声)


 

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