聖夜の小さなショートショートT




12月24日、25日という果てしなく忙しい年の瀬を盛大なイベントにしたのはどこの誰だ。私はこっそりと溜め息を吐いてからゆっくりと時計を見上げた。


12月24日、現在23時50分。結局イブを一緒に過ごすことは出来なかった。イブは疎か、この調子だともう少しで迎える本元クリスマスも到底無理だろう。数人の同僚たちと机を合わせて、サラサラと筆を動かす音だけが響いている。まあ初めからわかっていたことではあるけれど、やっぱり寂しさは拭えない。全く会えないのは寂しすぎる。一目でいいから、あの人に会いたいなあ……って。
“聖夜の奇跡”とか“サンタからのプレゼント”とか。ここに来てクリスマスの力に頼るなんて都合がよすぎるかなとも思うのだけれど…――なんて考えていたら、本当に願いが届いてしまった。

聖夜の小さな願い事が。



***



「失礼します。私の提出した書類にどこか不備が………隊長?」



呼び出され執務室に入ってきた私を見るなり黙った隊長に私は首を傾げる。深々と積もる雪の消音効果で部屋の中はとても静かだ。書類のことでお呼びだと部屋を訪れたのに、隊長の手元に置かれた書類簿は閉じられている。手招きする仕草にさらに疑問符を浮かべる私に隊長は悪戯っぽく微笑んで続けた。
会いたかった、と。



「え、書類は…」

「口実ってやつか?」



招かれるまま隣まで来た私の手を取って楽しそうに喉を鳴らして笑う隊長。う、わ…クリスマスのパワーってすごい……ってまだイブだけど。バカみたいに高鳴る心臓を落ち着かせようとする私を横目に、隊長の視線は壁に掛けてある時計に向いていた。現在時刻、23時59分過ぎ。
…時計?そう呟こうとした瞬間、強く引かれた腕。重なる寸前で止まった唇。



「たい、ちょっ…」

「10秒前…8、7、6、5、4、3…――」



メリークリスマス。

日付変更線をキスで跨ぐとか、どうしたら思い付くんだろうかこの人は。
囁かれた小さな合言葉と共に吸い付かれた唇。ちゅっと響いたリップ音に、今キスをされているのだとワンテンポ遅れて気付いた。驚きで見開いた目を優しく見つめ返されて、私はもう大人しく目を閉じるしかない。



「んうっ…ん、ふ…」

「っは…」



重なり会う感触があまりにも優しくて心地よくて、思わず泣きそうになる。啄むように何度も何度も押し当てられ軽く吸われて。ドキドキとうるさい鼓動が伝わってしまいそうで恥ずかしいけれど、でもそんなことが気にならなくなるくらい、もっとこうしていたいと思ってしまう。離れたくない。
…だめだ、クリスマスに便乗したくせに、欲深くなってしまうよ。



「ん…」



漏れた吐息は甘さと共に切なさを含んでいる。会えないと思っていた、叶わないと思っていた。だからこそ、隊長のくれたこの短い二日間が嬉しすぎて。離れられなくなる前に、引かなければ。甘くて切なくて幸せすぎる数秒間の逢瀬。

ゆっくりと胸元を押して離れていく。今の自分の願望を表すように、重なった唇が名残惜しげに剥がれていく。睫毛を震わせ薄っすらと開いた瞳が隊長の視線に捕らえられる。
瞬間――ぐっと力のこもった腕にもう一度顔を引き寄せられると、ちゅっと唇が触れ合った。驚いて目を見開ければしてやったりといった顔で隊長が微笑む、ダメ押しの0.5秒。



「…たい…ちょう…」

「…あんな顔されたら、抑えが効かなくなるだろ馬鹿名前」

「っ…」

「安心しろ。それについては今夜、プレゼントと交換にしといてやる」



ずるい。ずるいです隊長。
だから楽しみに待っていろと、そんな顔で囁かれてしまえば、もう名残惜しいなんて思う隙もなくなってしまうじゃないですか。
イブもクリスマスも会えないのだと諦めていた私に隊長がくれた贈り物。その上、この忙しいさなかに今夜の約束までしてくれるなんて。優しさに震えた胸がぎゅっと熱くなる。真っ赤に染まる顔を見られたくなくて俯けば優しく頭を撫でられて、さらに隊長は私を甘やかしてくる。



「もう日付は越えた、クリスマスは今日だ。夜なんてあっという間じゃねえか」

「たいちょ、」

「いい子で待ってれば、クリスマスの夜にだってサンタは来るもんだぞ」

「っ…すぐに仕事を終わらせます…!」

「その意気だな…さて、残りの仕事も頑張っていくか」



ん、と伸びをして柔らかい眼差しをこちらに向ける隊長。たった今贈られた甘くて温かい刹那の二日間も、そして約束された今夜のクリスマスも、全ては聖夜の奇跡でも何でもなく目の前の優しすぎる恋人がくれたプレゼントだ。
「今夜が待ち遠しいな」そう言って笑った隊長に、私は全力で頷いた。






愛しい2日間を君に






end




「聖夜」はクリスマスではなくクリスマス・イブのことです。世間的にはごっちゃになってますけど(笑)企画タイトルに使っているくらいなので、この話も合わせて企画小説二話の舞台には必ず24日が出てきます。
私なんかはクリスマス当日よりもイブの方がドキドキするんですが、皆さんはどっち派ですか?(というくだらない質問で終わらせてみる…)


 

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