聖夜の小さなショートショートU




今年のクリスマスとイブは祝日も合わさって三連休らしい。イブイブは友達と遊んで、本命のイブとクリスマスを恋人と過ごす。そんな完璧な三連休を、私だって送るはずだったんだ。

…はずだったのに。



『雨は夜更け過ぎに、雪へと変わるでしょう』



どこかの街頭スクリーンから流れてくる女性アナウンサーの声を聞きながら、私は小雨がぱらぱらと降る夜空をぼんやりと見上げた。
寒い。身も心も寒い。
午後11時をとうに回っているだろう23日、イブイブの日。バイト先のカフェテラスでほうきとちりとりを手に黙々と閉店後の掃除をする私は、本当に寒かった。何のためにこの日までずっと深夜のシフトにしてきたのか…。目的を失った現実に胸が苦しくなる。



「ここ最近の過酷なシフト変更は、やっぱりクリスマスとイブのために?」
「ええ」
「クリスマスだもんねえ、それくらいしないとみんなも譲ってくれなかったか〜」
「大変でしたよ本当」
「でも、そこまでしても一緒に居たい相手なんでしょ?彼氏」
「…はい」
「ひゃー妬けるねえ〜」
「店長完全にオジサンですよ」



つい先日の会話が、まるで遥か昔のことのようで。痛い。寒い。苦しい。ああもう、なんで。バカすぎるでしょ自分。よりによって、なんで…。



「なんでクリスマス直前に…ケンカなんてしちゃうかなぁ…」



きっかけなんて、今から考えればくだらなすぎて思い出すのも情けないくらいなのに。
事の発端は、本当に些細な冬獅郎の一言。
一昨日。私たちは学食で、いつも通りいつもの定位置窓際の席で向かい合ってお昼を食べていて…――。



***



「というわけで、23日までずっと深夜のシフトなの」

「深夜って、何時頃まで」

「んんー…日付をぎりぎり、跨ぐか跨がないか…くらいかなぁ」



パスタをくるくるとフォークに絡めていた冬獅郎の手が止まる。私はというとなんとなく食欲がなくてフルーツヨーグルトのみで、それでも口に運ぶのが億劫でスプーンでフルーツを潰して過ごしていた。そんな私をしばらく見つめてから、冬獅郎はフォークを置いて溜め息を吐く。



「あのなぁ、そこまで無理して空けなくてもいいんだぞ?」

「…え?」

「だから、イブとクリスマス。別に何もそこまでしてさ」



あの時の私は多分きっと、少しイライラしていたんだと思う。だから、冬獅郎のその言葉が妙にカチンときて。たまたま視界の端に、友人とランチをする冬獅郎の可愛い幼馴染さんなんかも映っちゃったりして。色々悪い条件が重なって。



「…だったら、他の人と過ごせばいいじゃない」

「は?…いや別に俺はただ、」

「あたしは…あたしは冬獅郎と一緒に居たかったから…だからがんばってただけなのに…っ」



好きにすればいいじゃない冬獅郎なんて!
ヨーグルトも一緒に見ていたクリスマス特集の雑誌もそのままに、鞄だけ掴んで私は食堂から飛び出した。後ろで聞こえた冬獅郎の声も無視して。だって悔しかったんだ、私だけみたいで。私だけが楽しみにして一生懸命だったのかな、って。

その後の講義なんて頭に入るはずもなく、考えるのは冬獅郎のことばかりで。冷静になってみればもちろんさっきまでの被害妄想はすぐにどうでもよくなって、残ったのは後悔と申し訳なさだけだった。
冬獅郎は、ただ心配をしてくれていただけなのに。



「あんたまだ謝ってなかったの?」



友人のこれでもかというほど呆れた声は今も胸に刺さっている。結局あの後も翌日もお互い授業が忙しくて会うことが出来ず、だったらメールなり電話なりがあるじゃないかと思うのだけれど、素直になれない残念な性格が邪魔をする。どう考えても悪いのは私なのに。そんな私に友人はでも明後日はもうイブだよと、そう諭す優しさに私も明日こそ謝ろうと、直接ちゃんと顔を見て謝ろうと決めたのに。



「今日、休日…」



まさか祝日が仇となってしまうとは。しかも私は朝からバイトで、冬獅郎も研究室に籠もっている。グループごとに研究している実験で、夜間も交代で付きっ切りで観ているんだ。そして冬獅郎は昨夜からずっと交代なしで泊まり込んでいる。それはきっと私と同じように、明日と明後日を空けるため、だったのに…。

文系人間の私には実験なんて縁がないけれど、なんの実験だったかな。確か何かの反応を観るとか言っていたっけ。ああ、そうだ。一昨日のお昼に、あんなことになる前、冬獅郎が話をしてくれていたのに。片時も目を離せないから観察は大変なんだ、って。自分もここ数日は研究室に籠もるだろうな、って。でもだからこそ、成功した時の達成感があるんだ、って。それだって結局、私はちゃんと聞いていなかったんだ。冬獅郎だって大変なのに、自分ばっかりが一杯一杯になって…。


なんて自己嫌悪。思い出さなきゃよかったと溜め息を吐きながら俯く。
アーケードの真下でドアに寄りかかる私と境界線を引くかのように、雨に濡れた板張りのテラスの床は水分を含んで色を濃くしている。アーケードの真下だから私の足下は濡れていない、けれど、いっそ濡れている世界の方が羨ましかった。ほら今だって、二人で一本の傘を差して歩く男女が目の前の道を通りすぎる。



「…会いたいよ、冬獅郎」



ぽつりと零れた想いは静かに雨と一緒に流れていく。胸がギシギシと軋んで、苦しくて痛くて、呼吸するのがやっとで。ほうきの柄を握り締める指の感覚なんてとうになくなっていた。ああ、だめだ、泣きそう…。
必死に振り払おうとしても、頭に浮かぶのは冬獅郎のことばかりで。大きめの白衣を着て、メガネを掛けて、参考書を片手に佇む冬獅郎が優しく微笑んでいる…頭の中。



『…きっと君はこない…ひとりきりのクリスマス・イブ…』



聴こえたメロディーに体が凍った。鉛を飲み込んだような、胸が冷たく押し潰されるような感覚。振り向いて見れば、寄りかかった重みで開いたドアの隙間から店内に流れるクリスマスソングが漏れていた。店長は書入れ時の明日に備えて近くの深夜店に買い出しに行っているらしく、部屋の中央一カ所を残して電気は消されていたけれど、BGMだけは延々と流れ続けていて。
なんてタイミング…。考えたくはないけれど、その通りになってしまうんだろうな。まだイブにはなってない、もしかしたら―――なんて。そんな期待、都合がよすぎるよね…。



「あーもうっ…よりによってなんでこの曲…!」



吐き出した気持ちは消えていく、誰に聞かれることもなく。ぱらぱらと外界を濡らしていた小雨は段々と比重の軽いものへと変わりつつある。

時計の針は、あと数分で0時を指そうとしていた。





「ずいぶん荒れてるなお姫さま」





――…え…?

後ろから聞こえた優しく響く低音。この声…まさか…いや、そんなわけっ…。
ひゅうっと喉が鳴る。心臓が有り得ないくらいにドクドクと脈打って、上手く息ができない。固まった思考と体が悲鳴を上げる。自然と滲み始める視界をこらえて、私は後ろを振り向いた。



「…と…しろ…っ」

「よっ。」



両手をポケットに突っ込んで佇む冬獅郎がそこにいた。じわじわと滲んでぼやける私の目にも、嘘みたいなその姿がはっきりと映っている。



「な、んで…」

「なんでだろうな」



搾り出した声は恥ずかしいくらいに上擦って、掠れて、震えていて。そんな私など気にも留めず、冬獅郎はこちらに向かって歩き出す。相変わらず言うことを聞かない私の体。目の前まで来た冬獅郎はよく見ると息を切らしていた。少し赤くなったほっぺたと鼻先が、走ってきたことを意味していて。いつものダッフルコートの下には白衣を着たまま、マフラーは乱暴に巻き付けただけで。
走ってきてくれたんだ…こんな私のために……。



「あ、たしっ…あたっ…っ」



ついにぼろぼろと零れはじめた涙と嗚咽で上手く話すことができない。気持ちも何もかもぐちゃぐちゃだ。嬉しくて、申し訳なくて、情けなくて、何より、大好きで大好きで大好きで…。冬獅郎…っ。



「間に合ってよかった」

「ひっく…うっ、…え…?」

「イブを、名前と一緒に迎えたかった」



イブだけじゃない。クリスマスも、全部全部、名前と。

だから抜け出してきた。
そう言って優しく少し悪戯っぽく微笑んだ冬獅郎に向かって、ふらふらと、覚束ない足取りのまま倒れ込むようにしがみついた。ごめん、ごめんね冬獅郎。ありがとう、大好きだよ。大好き。好きすぎて苦しくなるくらい、本当に大好き。
腰に回された腕の温かさも、頭を撫でてくれる手の心地よさも。自分の方がよっぽど寒いはずなのに、体冷てぇなと、そう言って自分のマフラーを私に巻いて心配してくれる優しさも。全部全部、大好きすぎて……。



「ごめんね、ありがとう…だいすき」



伝えたい気持ちがありすぎて、どうやって伝えたらいいかわからないよ。こんな拙い言葉しか出てこない私に、冬獅郎は一言、わかってる、と。そうしてすべてを包み込んでくれるんだ。



『クリスマス・イブまであと1分ほどとなりましたね。それでは皆さん、良い週末をお過ごしください』



どこかで流れるアナウンサーの声。ん、と息を吐いた冬獅郎は、彼の胸に額を押し付ける私の両肩を掴んで、優しく離して、そして見つめ合った。
静かに首を傾げてゆっくりと近付いてくる柔らかな表情。じわり、甘くて温かい何かが胸に広がっていく。もう寒さなんて関係ない。緩く開かれて見つめてくる瞳に誘われるように私も目を閉じようとすると、ははっと、冬獅郎が少しだけ笑いを零した。



「ほうきとちりとりだけ、どうにかしてくれるか」

「―――!」



放り投げた道具の行き先なんて、もうどうでもよかった。そのまま目の前の肩に飛びつく私の顎に手を添えた冬獅郎に、顔を上げるよう優しく促される。見上げた瞳が余りにも綺麗で、またぽろりと、涙がほっぺたを伝っていく。それをそっと指で拭って、冬獅郎は低く甘い声で静かに囁いた。



「 愛してる 」



重なり合った唇の熱と対するように、鼻先にふわりと冷たくも柔らかいものが舞い落ちる。溶けて口元に滴ったそれは、とてもとても甘く感じられて。
聖夜の奇跡もどんな贈り物も、触れ合う今この瞬間の愛しさには敵わない。確かめるように回した腕で冬獅郎を感じて、大好きなにおいとぬくもりに心が震えた。呼吸すら惜しいと押し当てられるキスの隙間で、私も精一杯の気持ちを紡いでいく。


キラキラと雪が輝く夜。
どこかで、24時を告げる鐘が鳴っていた。






クリスマス・イブ






end
sampling by 山下達郎/クリスマス・イブ




あんな名曲をこんなものに使ってしまいごめんなさいすいませんでした!しかも本家は切ない余韻が素敵な曲だっていうのにハッピーエンドを貫く私…。とにかく日番谷さんを最強イケメンに書こうと意気込んだのですが、全体的に月9の劣化版みたいな仕上がりになってしまいましたヒイイ(^0^三^0^)
よく考えたら暦的に2011年限定の話ですね。12月23日(金)祝日、24日(土)イブ、25日(日)クリスマスという…。次にこのカレンダーが来るのは何年後なんだろう。
と、とりあえず…メリークリスマス!


 

back


×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -