clap story | ナノ




素敵な、日曜日になるはずだった。一週間、特に金曜日、土曜日あたりはもう、気力でなんとか持ちこたえて頑張った自分に、今日はご褒美のつもりで遠出でもしようかなと予定していたはずなのに。
それが、まさかの、仕事という二文字によってバラバラに崩されてしまうなんて。しかも上司のクラウドさんから連絡が来たのは昨夜、帰宅してからだ。一週間の踏ん張りの余韻に浸ろうとした時に着信なんて、しかもバッドニュースだなんて…。「ホンマ、すまんけどな、頼む、一生の願いや。聞いてくれるやろ?わしの命懸かってんねん。」人手が足りないだの何だの。それってつまり、他の人達が楽しくのんびりと日曜日を過ごしているなかで、私はデスクに向かって黙々と仕事というわけ、だ。もうはっきり言って、最低。いくら私が独身かつ恋人も居ないからって、駄目でしょ、この仕打ちは。しかも命懸かってるって…大袈裟な。でもまず、クラウドさんが仕事を溜め込むなんて珍しい。けれど今はそんなことを気にしている場合じゃない。お昼までにこの塊だけ、終わらせてしまおう。
何かに憑りつかれたかのように必死に作業を進めて、ようやく片付いた書類を持ち、クラウドさんの所へ向かう…とは言っても、何処にいるのだろう。とりあえず直感を頼りに歩いた。不意に、後ろから名前を呼ばれた気がして、振り向く。

「あ、ボス。お疲れ様です。」

「ええ、貴女も。今日は貴女の折角の休みが、仕事になってしまいましたから、さぞ、お疲れでしょう?」

ボスはまるでそれが、全く嫌なことではない、むしろ嬉しいでしょう?とでも言うように目を細めて笑っていた。相変わらずの大人な笑みに、少し心臓が跳ねた気がする。
黒いボス、ノボリさんとの会話はどうしても、長く出来ない。真っ直ぐに射抜くような瞳と、いつもより少しだけ緩んでいるような口元に耐えきれなくなって、大抵私から控えめに退散する。今日もまた然り。失礼します、と口にした声はいつも小さい気がする。…分かっているんだろう、なぁ。上司とまともに話せない、礼儀のなってない子だって、思われていたらどうしよう。
足取りは重かった。結局クラウドさんは探せなくて、電話も取ってもらえなくて、お昼も簡単に済ませてしまうと後は、デスクに突っ伏していた。ほんと、最悪な日曜日。もちろん別に、仕事が嫌いなわけではなくて、好きなのだけれど、何でも好きな仕事だからって、毎日毎日ハードに強いられるとなればそれは違う。休みあってこその仕事。仕事あってこその休み。…今の私には、圧倒的に休養が足りない。でも有給はまだ少しとっておきたいし、そもそも今日は予想外なんだから!今日の分、かなりもらっても良いと思う。
午後、なんと一時間と少しで残り全部を終わらせた私は今度こそクラウドさんに許可をとって、帰ることにする。お昼前よりも真剣に探すと、その声が聞こえてきた。何人かと、話しているみたい。

「へぇ。日曜日はボスに盗られ、働かされて…やっぱり黒ボスは怖いな。」

「それも、自分の傍に置いておきたいからって、ボス、そんな独占するタイプでしたっけ?」

「おかげでわしは恨みを買わされる羽目に…。」

「でもあの年で彼氏が居ないってことは、それもまた、ボスが手を回していたりするんですかね?」

……。何の話だろう。なんだか身に覚えあるような…とにかく、書類だ。私はもう、帰って日が落ちるまでティータイムでもして、夕飯のあとは気持ちいいお風呂に40分位浸かるんだから。だって明日からまた、悪夢の一週間が幕を開けるのだから…。
クラウドさん、と声を掛けると、その場に居た四名が凄く大袈裟な程驚いて、私を見て硬直する。…私、何もした覚えは無いんだけど。声掛けただけでこんなに吃驚されると、なんだか少し悲しいような。

「い、いつから…。」

「え。今ですよ?これ、終わりました。なので、帰ります!」

「あ、あかん!ちょい、待ち。な?…せやな、大体5時位まで……。」

「5時!?な、あと2時間以上もあるじゃないですか。ただでさえ休みを惜しんで仕事に来たのに、早く帰らせてくれたって…。」

「そ、それがな、わしも出来たらそうしてやりたいんやけど…。」

何だか、変。みんな気まずい顔してるけれど、別に今日は特別なニュースは一つも入ってきていない。じゃあどうしたのだろう。クラウドさんも自信のなさそうな表情で困っているみたいだし…さっきの会話に何か繋がりがあるとは思うけれど、それをもう一度考えたって、分からない。

「あの、何かあったんですか?」

「クラウド。」

私が尋ねてほぼ同時に、別の声が響いた。そう、響いた。クラウドさんはその方を向いてさらに、苦笑いになっている。また、会った、ノボリさんに。…そうだ。上司が帰らせてくれないのなら、ボスに頼めばいいんだ。だってやっぱり上司<ボスだし、とにかく私は早く帰れるのなら何だっていい。
クラウドさんと他の三人は、何故か逃げるように去っていった。書類、渡しておいたから別に良いけれど、何も逃げることはないと思うんだけど…。

「あの、今日はもう終わったので、帰らせていただけますか?」

「…。」

「…。ボス?どうかしました?」

「…ふふ。まぁそう、焦らなくて良いでしょう。折角今日の夜は、二人きりになれるのですから。」

「…。え?」

何だか、聞き慣れない台詞が聞こえた気がした。聞き間違えたのか…いや、そうじゃなくて、というかボスの表情がいつもと違う。口角は、もう一人のボス―クダリさんのように上がり気味で、目は細められている。なのに全然、笑っているように思えないのは、どうして。動けなくなってしまったのは、どうして。

「このような日を、どんなに待ち望んだことか。今日はきっと、素敵な日曜にして差し上げましょう。」

「えっ…と。」

「貴女の、押しに弱い所や、壊れそうな程小さな身体で一生懸命に働く姿、全てがいつも、わたくしの心を掴んで離しません。それに会話の際の、まるで意識されているのではと思い込んでしまうような可愛らしい反応…!貴女は気が付いていないでしょう?ご自分の、魅力に。」

ちょっと、どうすればいいの。全然話の流れが見えてこない。…しかも、ボスは依然として怖い位の笑みでこちらを凝視しているので、私は直視出来ずにいる。
クラウドさんと三人の仲間たちのように、逃げるのが正解だったんだ。だって本能が、怖い、と言っているような気がしてならない。そしてボスが一歩ずつ、詰め寄ってきた時にはもう、恐怖は絶頂に達しつつあった。私は少しずつ下がるのだけで精一杯で、距離はすぐに縮まる。

「ボ、ス…あの、や、やめましょう!何だか、怖い……。」

「ええ、そうでしょう。怖がらせているのですから。貴女の怯える顔があまりにも扇情的で、つい。」

それは本当に、一瞬だった。いきなり引き寄せられたかと思うと、私はボスの腕に抱え込まれていた。ちょっ…どうしよう!何なの、これは。全身が波打つかというほど速まる鼓動に、私の思考はどうしても付いていくことが出来ない。真っ黒なコートからふわりとボスの香りがしてくるともう、さらに混乱しそうになる。ボスの指が優しく、私の髪を撫でたり、抱き締める腕の力が強くなったり、私はダメージを受けるばかりで何も出来ず、ただ放心状態だった。

「今日の昼も、食べていないのでしょう?では少し、良い場所へ連れていってあげます。…それとも家へ来て、朝まで過ごしますか。」

「あ、私は、その…!」

「両方、と?勿論、最初からそのつもりですから。」

口を魚のようにはくはくさせて、何を言おうにも言えない。ボスはまた、壮絶な笑みで見つめてくる。その表情に、私の日常が吸い取られていくよう。ボスの整いすぎた顔が間近にあって、私は思わず、目を閉じてしまった。
ああ、日曜日なんて。やっぱり、私にしばらく、休みはないのかもしれない。


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