小説 高山さんち。 | ナノ




高山さんちの家庭事情1
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 子供を慈しむ親の情を上回って、欲望を伴う色恋めいた感情を楓に抱く俺は、父親失格なんだと思う。

 息子として正しく愛してやれたら、こんな風にはならなかったのかもしれない。

 ハグして、キスして、性欲処理をして。
 これは親子間でするもんじゃない。分かっている。普通は恋人同士でするものだ。

 俺たち親子は、少し歪な形の家族になってしまった。

 俺が教えたから。ちゅーも、キスも、射精の仕方も。そして楓が、俺にそれをねだるから。

 椛さんが逝ってしまってから6年。無我夢中で仕事も、家事も、育児もしてきたつもりだ。ひたすら、楓を愛して、慈しんで、育ててきた。一緒に暮らしてきた時間はかけがえのないものだ。

 それを、壊しかけている。

 醜悪な欲求によって、自ら築いてきたものを自ら壊そうとしている。

 いつからだろう。楓に邪な感情を抱くようになったのは。楓に性欲を向けるようになったのは。
 気がつけば、楓を想いながら自身を慰めるようになり、楓以外ではできなくなった。

 最低な父親だ。

 分かっていても、抑えることはできても、想いを断ち切ることはできない。
 本当に楓を大切に思っているなら、できるはずなんだ。楓の未来や、幸福を考えれば、俺は喜んでこの気持ちを手放すべきなんだ。

 楓を、愛しているなら。

◇ ◇ ◇

 父さんが元気ない。

 いつもどおりなんだけど、時々ぼんやりしたり、暗い顔をしてる。ぐあい悪いのかなぁ……。

 父さんは、いつも笑っててくれて、やさしくて、ぼくのために色々がんばってくれてる。母さんの分まで『親』をしてると思う。だから、母さんがいないのは少し残念だけど、さびしくなることなんかほとんどない。

 でも、父さんはさびしいのかもしれない。

 父さんがぼくにしてくれるように、ぼくも父さんに何かしてあげたいなぁ。父さんがうれしくなること、喜んでくれること。

 父さんが、母さんの分までがんばってるなら、ぼくが母さんの代わりになれればいいのかなぁ。そしたら父さん、楽になれるかなぁ。

 母さんがやること。その1。
 ごはんを作る。
 朝ごはんは、父さんが早起きして作っちゃうから、夜ごはんを作るんだ。朝のうちに父さんは少し夜ごはんの準備をしていく。だから、学校から帰ってきたぼくは、それをしあげるんだ。

 ご飯……はタイマーでジャーが勝手にたいてくれてた。
 おみそ汁……はもうおなべの中にできあがってた。
 おかず……はハンバーグ?冷ぞう庫のボウルの中に材料が入ってラップされてる。あとはまぜて焼くだけみたい。

 ひき肉と、玉ねぎ……だけでハンバーグになるのかなぁ。手でまぜながら、フシギに思った。だんだんお肉と玉ねぎがまとまってきたから、きっとだいじょうぶだよね。
 丸く形を作って、フライパンで焼く。油、しきすぎちゃったかなぁ。火は弱すぎないかなぁ。心配でソワソワする。ひっくり返すの、上手にできなかった。形がくずれちゃった……。父さんみたいに、キレイにできないなぁ。あ、サラダも作ろう。レタスとミニトマトが冷ぞう庫にあったから。

 あれこれとしている間に、父さんが帰ってきちゃった。いつもみたいに「ただいまー」と言ってリビングにきた父さんは、キッチンにいたぼくを見て目を真ん丸くした。

「楓、なにしてるの?」
「ばんごはん作ってた!」

 父さんが喜んでくれると思ってた。
 けど、そうじゃなかった。

「一人の時に火を使ったら危ないじゃないか!」
「!……ごめんなさい。」

 父さんはあわてて、ぼくをしかった。父さん、喜んでくれなかった。ぼくの気持ちはしゅるしゅるとしぼんでく。

「包丁は使ったのか?」
「ううん。使ってない。」
「そうか……。」

 ほっ、と息をついた父さん。そうか、ほうちょうも、ケガしたらあぶないってことだよね。

「……あとは父さんがやるから、楓は食器出しててくれるか?」

 しょんぼりしていると、父さんは笑ってぼくの頭をポンポンして、お手伝いをたのんでくれた。良かった、もう父さんおこってないみたい。

 ちなみに、ハンバーグは玉子とパン粉と塩コショウを足さなきゃいけなかったんだって。
 ごはんを作る作戦、しっぱい。



 母さんがやること、その2。
 おせんたく。
 せんたくカゴからせんたくきへ服を移して、中のひきだしに洗剤とじゅうなん剤を入れた。あとはスイッチをおすだけ!これならぼくにもできそう。あとで、たたむのもお手伝いしよう。

「楓、お洗濯した?」
「うん!」

 かわいた洗濯物をカゴにいれてかかえてきた父さん。ちゃんとおせんたく、できたかなぁ。

「そっか。ありがとうな。」

 父さんは、わしゃわしゃとぼくの頭をなでてくれた。よかった、父さん喜んでくれた!

「たたむのお手伝いする!」

 父さんがリビングでせんたく物をたたみ始めたので、ぼくも父さんのとなりにすわって、カゴからせんたく物を取り出した。

「?……なんかついてる。」
「あー、本当だ。洗剤の溶け残りだな。」

 ズボンのすそとかに、白くよごれがついてた。とけのこり?

「洗剤、どれくらい入れたの?」
「スプーンにいっぱい。」
「……入れすぎたね。」

 せんざいを入れすぎるとダメみたい。ヨゴレがちゃんと落ちるように、って思ったんだけどなぁ。

「洗い直さなくちゃなぁ、これは。」
「ごめんなさい……。」

 おせんたくをする作戦、しっぱい。



 母さんがすること、その3。
 おそうじ。
 父さんは、あまりおそうじは得意じゃないみたい。お部屋がちらかってこないとかたづけない。
 とくに、ぼくと父さんのお部屋は二階にあって、そうじきは一階にあるから、あまりそうじきとかしない。
 キレイにしたら、父さんきっと喜んでくれるよね?

 そうじきを二階まで運んだ。ふぅ、これだけでつかれちゃう。
 とりあえず、タンスにしまっていなかったせんたく物をしまおう。ゆかの上をかたづけなくちゃ。

 あれ、父さんのネクタイピンが落ちてる。いつもはタンスの横の引き出しの中に入れてたはず。ひろって、引き出しをあけると、あれ?ちがう引き出しだったみたい。こっちの引き出しには、ポツンと箱が一つ入っていた。長方形の箱で、英語でなにか書いてあるけど読めないや。持ってみると軽くて、ふるとカサカサ音がした。なんだろう?気になって箱を開けてみる。

「なんだろう?」

 うすっぺらいふくろの中に丸い平べったいものが入ってる。やわらかい。さすがにこれを開けたら父さんに怒られちゃうと思ったから、元にもどしてしまっておいた。

 ゆかの上をキレイにして、ようやくお部屋にそうじきをかけた。スミっこもベッドの下もていねいにやった。

「……?」

 ベッドの下になにかあるみたい。そうじきに当たった感じがする。気になってのぞきこんでみたら、平べったい箱がひとつあった。
 ひっぱりだして、ちょっとホコリっぽくなってるフタを開けてみた。中には写真がたくさんとペンダントがひとつ。

「父さんと、母さんかなぁ。」

 写真には、若い男の人と女の人。海とか、山とか、遊園地とか、いろんな場所に、すごく楽しそうに笑ってる女の人と、はずかしそうな男の人。
 ペンダントは、銀のチェーンに丸い形のトップがついてる。母さんの……?

 母さんのことは、もうあまり思い出せない。ただ、よく笑ってたのはおぼえてる。あと料理は昔から父さんが作ることが多かった。母さんは料理、苦手だったみたい。
 夏と命日には、母さんの墓参りに行く。父さんはていねいにお墓をそうじして、キレイなお花をかざって、しんけんに手を合わせる。
 父さんは、母さんのことがとても大切だったんだね。

「楓?ここにいるのか?」

 もう父さんが帰ってくる時間だったみたい。気づかなくって、父さんがドアを開けた音にビックリした。

「おかえりなさい。」
「それ、……」

 父さんは広げていた写真を見て、動きを止めた。

「おそうじしてたら、見つけたの。」
「そっか。」

 父さんは、困った顔をして頭の後ろをがりがりかいている。もしかして、見ちゃいけなかったのかなぁ。

「勝手に出して、ごめんなさい。」
「いや、いいんだ。ははは、なつかしいなぁ。」

 父さんは笑ってみせたけど、いつもの笑顔じゃなくて、悲しそうな笑顔だった。ふしぎだけど、そう見えた。
 写真を集めて、トントンとそろえて、父さんは箱にそっとしまった。
 ぼくが持っていたペンダントをわたしたら、ちょっとだけそれを見つめて、大事そうになでていた。

「……これはね、椛さんがいつも身に付けていたものなんだ。」

 父さんは、母さんのことを名前でよぶ。これはずっと変わらない。
 ペンダントのかざりを父さんがちょっといじると、ぱかっと開いた。中には小さな写真が入ってた。

「ほら、これ楓と父さんだよ。」

 写真には、赤ちゃんのぼくと、父さんがうつってた。これを、母さんは大事にしてたのか。ちょっとうれしい。

「……あの日は、海外でなくしたら嫌だからって、外して行ったんだよなぁ。」

 父さんはポツリとそう言った。
 あの日。母さんがひこうきに乗った日。
 ひこうきが燃えちゃって、母さんも燃えちゃって、おそうしきのひつぎはからっぽだった。だから、母さんがすきだったお花をいっぱい入れた。お墓に入れる骨がなかったから、父さんは代わりに父さんのゆびわを入れた。だから、父さんの左の薬指には、ゆびわがない。

「これ、楓にあげようか。」
「えっ?いいの?」

 父さんはパチンとフタを閉じて、また大事そうになでている。

「きっと椛さんだって、楓が持っててくれたら喜ぶと思う。こんな狭くて暗いところにしまわれているよりはね。」

 父さんはそう言って、ぼくの首にペンダントをかけてくれた。チェーンはひんやりしていたけど、心はポカポカして、なんだか母さんが近くにいてくれるみたいで、ぼくもこのペンダントを大切にしようって思った。

「ありがとう。」
「うん。それじゃあ、夕飯にしようか。頑張って掃除したから、お腹空いただろ?」

 父さんは笑ってた。さっきみたいな悲しそうな笑顔じゃなくて、いつもの父さんだった。

 これは、成功、かなぁ?




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