小説 藤枝さんと吉川くん | ナノ




Chapter.8
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「吉川、ご機嫌ナナメ?」
「え?」

 教室から昇降口までの道のりを、坂本と歩いていた。坂本はサッカー部だが、部活のない日はこうして一緒に帰ることもある。

「眉間のシワ、朝からずーっとだぜ?」
「あぁ……。」

 指摘され、自分の眉間を指で押さえる。そうか、無意識のうちに眉間にしわを寄せていたのか。

「なんかあったか?」

 あくまで普段通りの明るさで、けれど気にしてくれているのは伝わってくる。坂本は優しい。誰にでも。こんな自分にも気を遣ってくれる。

「別になんでもないんなら良いんだけどさ。」

 黙っているのは、話したくないのだと判断したらしい。言おうか、言わないか。逡巡した後、結局口を開いた。誰かに聞いてもらって、少しでも楽になりたかった。

「この前さ、」
「おう。」

 下足箱から外靴を出し、代わりに内履きをしまいながら切り出した。周りには他の生徒もいるから、必然的に小声になる。

「春休みに知り合った人の話、しただろ。藤枝って。」
「あぁ、したな。メールきてさ、会ったんだろ?」

 靴を履き替えて、昇降口を出て、校門へ向かう。ゆっくりと歩きながら、ちょっとだけ周囲を気にして。

「そう。会って、その帰りに、キ……、キスされた。」
「えっっ。」

 生徒が行き交いざわついた中でも、坂本の声は思いのほかよく通った。無関心だった周囲の視線が、坂本に集まる。今さら口を押さえたって遅いよ、もう。

「声、大きい……。」
「わ、わりぃ!でも、そっか、その……キスされたってことはまぁつまり、」
「ただ酔った勢いでって。それだけだって。」

 坂本の言葉を最後まで聞かずに、早口に言った。自分の愚かな期待を打ち消すことも兼ねて、坂本の言葉尻を潰した。

「意味なんか、何もないんだって。」

 そう言ったら、何故だか胸が苦しくなった。心臓をギュッと握られたような苦しさ。鈍い痛み。また眉間にしわが寄らないように無表情を心がけると、自分は平気なんだと思うことができた。

「なんか、よく分からないけど、それでモヤモヤしてっていうか、イラついてた。」
「そっか。」

 ちょっとなにか考えているような坂本は、五歩分の沈黙。そしてパッと思いついたように口を開く。

「それって、お前がその人のこと……、」
「しょうちゃん!遅いぞっ!」

 坂本の言葉を遮り、校門の影から飛び出してきたのは、くりっとした大きな瞳が印象的な女の子だった。

「ルリ!?びっくりさすなよもー。」
「待ちきれないから、学校の前まで迎えに来た。」

 ルリ、と呼ばれたその子は、二カッと笑う。坂本の彼女である。他校に通う篠宮瑠璃子。

「吉川もいた!ちょっと久しぶりだね。」
「篠宮は相変わらず元気だね。」

 何度か会っていて、三人で遊んだこともあった。いつも明るくて元気で、坂本にはお似合いの可愛らしい子だ。

「ね、これからカラオケなんだけど、吉川も一緒に行こ?カラオケは人数多い方が楽しいもんね!」
「だってよ。行く?吉川も。」
「いや、邪魔だろうから……。」
「邪魔なら誘わないよー。久しぶりに三人で遊びたいからいいのっ」

 篠宮のこういう発言はいつものことだ。「しょうちゃんの友達なら私の友達だね!」と言ってくれたことを思い出す。
 ハッピーオーラ満載の二人の近くにいれば、少しは晴れない気分もマシになるかもしれない。

「じゃあ、遠慮無く。」
「決まり!早く行こうよー。」

 篠宮ははしゃいで坂本と俺の背中を押して急かした。ぐいぐいマイペース、これもまたいつものこと。

「そうだ、坂本さ。」
「ん?」
「さっき何て言いかけた?」
「ああ。」

 思い出したようにニヤリ、といたずらっぽく笑みを浮かべて坂本が耳打ちしてきた。

「吉川、その人のこと好きなのかなって思った。」
「な……。」

 好き?俺が、仁のことを?

「なになに何の話?」
「だーめ。男同士の秘密だから。」
「え、ケチ!」

 そんな二人の会話も少し遠くに聞こえる気がした。仁の顔が浮かんで消えた。
 好き、なのか?

 自問自答の答えは出ない。



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