Chapter.69
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携帯を握りしめたまま、結局何もできずに諦めて置く。もう何度も繰り返した行動。
毎日がただ過ぎていって、仁はもう俺のことを忘れてしまっただろうかと考えると、どうしようもなく気分が沈む。
しとしとと降る秋雨が、一層気持ちを重くさせた。そういえば、あの日も雨だった。
なんとなく、外に出たくなった。
それは、両親がたまたま不在だったからなのかもしれないし、あるいは、明日が休日だったからなのかもしれない。また雨に濡れて歩きたくなったからかもしれない。息苦しさから逃れたかったのかもしれない。
とにかく、そういう些細なことの積み重なりが背中を押して、俺は家を出た。
目的地があったわけじゃないけど、つい以前のように電車に乗って、よく来た駅にいた。
このまま改札を出て真っ直ぐ進み、細い路地を曲がれば、あの店に着く。
でも、そこへ行くつもりはない。
ユタカやマスターやユウがいて。
そしてきっと仁がいるんだろう。
会いたい。けど、会いたくない。
もう俺の隣にいてくれない仁には、他の人の隣にいる仁には、会いたくない。
会いたくない。けど、会いたい。
好きだから会いたい。触れたい。体温を感じたい。声を聞きたい。
向かったのはあの小さな公園。
仁に好きだと言われた場所。
仁に好きだと言った場所。
そこへ行けば、あの日の仁に会える気がして。
街灯の光を反射する水溜まりを避けながら、ゆっくり歩く。
しとしと、しとしと。
秋の細い雨が、つま先を濡らす。
足元ばかり見ていたから、立ち止まって顔を上げてようやく気が付いた。
街灯の下、ぼんやりと浮かび上がるシルエット。
パシャ、と水溜まりを跳ねさせ一歩踏み出す。
その音で、人影がこちらに顔を向けた。
「……仁?」
本当に、あの日の幻に会ったような気分だった。
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