Chapter.66
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タクト、どうしてそんな簡単に俺を置いて行くの。どうしてそんな容易く俺を捨てるの。
俺はタクトの中で、そんなに軽い存在だった?俺だけ、こんなにタクトのこと想ってた?
また、俺だけ。
ツツミや親と同じに、誰も俺を愛してはくれないんだろうか。望まない子どもの俺を捨てた親と、身体だけの関係だったツツミと同じに、タクトさえも。
別れを告げられて気付く。タクトが自分の心の大部分を占めていることに。こんなにも依存していたことに。
なんでツツミの所へ行けなんて言う。どうして俺を突き放す。どうしたら戻ってきてくれる。どうすればいい。
答えは出ない。
タクトのいなくなった空白を埋められないままでも、日常は流れる。
アパートと店の往復を繰り返して、食べて寝て、また朝がくる。
心は真っ暗闇。ぽっかり穴が空いて、空洞。
久々に、と言っても十日ぶり位だけど、いつもの店に顔を出して見た。ユウが飲み相手を探して連絡を寄越したから。約束の時間ぴったりに店の扉を開けると、ユウは既にいた。
暦の上では秋だけれど、まだ残暑が厳しい。店の中は程よく涼しくて、快適。
「なんか、仁と飲むの久しぶりな気がするワ」
「ん、最近一緒にならなかったね」
暫く会わなくても、会話は普通に成立して、変わらないで過ごせる。さすが親友。
そういえば、タクトとのこと、話してなかったな。
「そうそう俺、タクトと別れたんだー」
「え…?」
できるだけ、何でもないように軽く言った。
「なんで!?」
案の定、ユウは驚いた。そうだよな、ついこないだまでの、普通に相思相愛だった俺らしか知らないもんな。
「なんか、捨てられたみたい。ツツミのとこに行けばって言われた」
「堤さん?なんで…、ねぇ、堤さんとのことちゃんと話したの?」
「いや、」
話してない。という言葉が出る前に、ユウはまくしたてた。
「絶対それ誤解されてるよ!勘違いしてるかも!ねぇちゃんと話そうよ」
「今更、何を話してもねー」
本当に、今更だろう。もう別れたんだから弁明も何もない。
「なら、俺があいつを貰う」
予想だにしない所から、予想だにしない台詞が出てきた。
「ユタカ?お前、何言ってんの?」
「あいつは、もうお前の何でもないなら文句ないだろう」
「は、ナニ、お前タクトのこと好きだったんだ?悪かったねぇ今まで目の前でいちゃついてさー。いーよいけば?そんでフられろ」
「もう寝た」
「……は?」
「あいつと、寝た」
なんだそりゃ。ついこの前別れたばっかりで……それで?タクトはこいつと?まさか。まさかまさか。
「あぁ?テメェ、ホラ吹いてんじゃねーぞ」
「嘘だと思うなら、本人に聞けば」
ユタカはスマホを取り出して操作する。番号も交換済みね、ハイハイ。そんなに仲良かったっけ?マジで寝たの?
信じたくないとか思ってる自分がいる。
「…あぁ、俺だけど」
スピーカーで話し出す。どうしたの、とタクトの驚いた声が聞こえた。
あぁタクトだ。まだ胸の奥がギリギリと締め付けられる。別れてから、ツツミにも会ってないんだ。どういうことかわかる?
まだ好きだよ、タクト。
「この間は、帰ってから親に何か言われたりしなかったか?」
『あ、はい。上手く言ってもらったお陰で…』
「そうか。狭いベッドで悪かったな」
『そんな…俺のせいで狭くなったんですから』
チラ、とユタカがこちらの様子を伺う視線を寄越す。
んだよ、マジで寝たのかよ。親へのフォローまでご丁寧に付けてな。あーそうかよクソッタレ。
「…帰るわ」
お代をカウンターに置いて、通話を最後まで聞かずに店を出た。
「仁…!」
「ほっとけ」
「もう!ユタカの馬鹿!ちょっと電話代わりなさいよ!」
『え?ユウさん…?』
ユウはユタカの手からスマホをひったくると、画面の向こう、見えないタクトに勢いよく話し掛け出した。
「タクトくん!仁と別れたって本当!?ユタカと寝ちゃったの!?ねぇ!!!」
『はっ…え?寝てないです寝てないです!いや、寝たけど、それはベッドが同じだっただけで、何もやましい事とかはしてませんよ?』
「ホントにホント!?もーユタカ!紛らわしい言い方してんじゃないわよ!」
「嘘は言ってない」
しれっと言い放つユタカに、ユウはしかめっ面をしてみせた。グーで軽くパンチを浴びせて、タクトと通話を再開する。
「ねぇ、タクトくん。なんで仁と別れちゃったの。なんで仁を一人にしちゃうの」
『そんな、……だって仁には堤さんがいるじゃないですか』
「堤さんじゃ駄目なの!」
巧斗は訳が分からない。
何故堤さんじゃ駄目なんですか。もう二人は結ばれたんじゃないんですか。仁はきっと、俺とじゃなくても幸せになれる。でも、俺は、仁とがいい。許されるのだろうか、その我儘が。
「お願いだから、もう仁を一人にしないで…」
訳が分からない。
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