小説 藤枝さんと吉川くん | ナノ




Chapter.63
---------- ----------

ファミレスの窓側の席はガラス張りで、中の様子を伺えた。仁がいないか探したら、すぐに見つかった。窓際の角席、一緒にいるのは堤さん。

何か話しているけど、内容は分からない。
堤さんはすぐこちらに気付いて、目が合った。

不敵な微笑みが、仁の唇を奪った。

仁は抵抗しない。
ああ、そういうことなんだ。
もう手遅れなんだ。
俺は要らないんだ。

仁が振り向いて、目が合うと、驚いた顔をしていた。名前を呼ばれた気がしたけれど、きっと気のせいだろう。
居ても立ってもいられず、駆け出した。
雨が降り始めていた。


どこをどう走ったか分からない。
方向とか考えずに、ひたすら人混みを縫って走った。
考えていたのは、仁のこと、堤さんのこと。

やっぱり、堤さんを選ぶんだね。
俺より断然いいよね。
好きだったんだもんね。
良かったね、片想いじゃなくなって。

苦しいのは、走ったせいだ。
雨のせいで息がしづらい。

「タクト!」

肩を掴まれ、振り向くと、仁がいた。
息を切らしているところを見るに、走ってここまで来たらしい。
わざわざ何しに?

「タクト、ごめん…」

ああ、裏切ってごめんねってことかな。
俺じゃなくて、堤さんを選んだことを謝ってるのかな。

「…いいよ」

別にいいんだ。当たり前のことだよ。仁は悪くないよ。俺があの人に及ばないのは分かり切ってるから。

「堤さんのとこへ、行ったらいいよ」

だから、堤さんを選んだならもう俺の目の前から去って。

「タクト、」
「俺はもう十分だから……もう、いいから」

これ以上、何を望めばいい?
俺には出来過ぎた恋人だったんだ。
今まで楽しかった。随分と幸せな夢を見させてもらった。これ以上ないくらいの、最高な夢だった。
俺は、もう仁を望んではいけないんだ。

「バイバイ」

そう言って笑みを作って、背を向けた。
うまく笑えてはいないけど、これが精一杯だよ。ごめんなさい。
もう仁は何も言わない。引き留めもしない。

これでお終い、俺の恋。


[ 63/75 ]

[*prev] [next#]
[目次]
[しおりを挟む]



「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -