Chapter.61
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早くタクトと仲直りがしたい。
ごめんって言ったら、俺も……って照れながら言ってくれるかな。それとも許さないってふざけて言うかな。そしたら俺はありとあらゆる手段を使ってタクトに許しを乞うんだ。手を握ったり、抱きしめたり、キスしたり。恥ずかしくなって、もういいよって降参してくれるまで。
携帯電話に手を伸ばすと、図ったように着信音が鳴り出した。
タクトかもしれないと、ろくに画面も見ずに電話に出た。
『出るの早いな』
タクト、じゃない。
少しだけ驚きを含んだ声の主は、ツツミ。
「アンタだと分かってたら出なかった」
『今から来い。電話に直ぐ出られるくらいなら、大丈夫だろ?』
ツツミが告げたのは、いつもの店ではなく、駅を挟んで反対側にあるファミレス。
「行かない。今からタクトに会わなきゃいけないし」
『そのタクトくんから伝言を預かってるんだけど、気にならない?』
結局俺は、ツツミの言いなりになる。
一時間後、指定の場所まで行くと煙草を燻らせるツツミがいた。中で待ってりゃいいのに、湿気を含んだ空気が絡んでくる暑い外で、背広を脱いで突っ立っていた。
空は厚い雲に覆われていて、今にも降り出しそう。
「この間よりは早かったな」
「中で話そう?涼しいから」
煙草を地面に捨てて、そうだな、と満足げに笑うツツミ。癪に障る。
二名様でよろしいですか。喫煙席ですね、かしこまりました。ご案内致します。
窓際の、角の席。外から見えるから、あまり好きじゃないな。
お冷が運ばれてきて、ウェイトレスが去る。何か注文した方がいいのか。夕飯はもう済ませてしまったし。
「飯いらないなら、飲み物だけでも頼んだら?」
メニューも開かないでいると、見透かしたようなツツミの言葉。結局アイスコーヒーを注文した。ツツミも同じだった。
「……で、伝言って?」
「また俺の所へ戻って来い、仁」
カラン、と氷がグラスの中で音を立てた。
戻って来い?また、あの関係を始めるのか?ツツミが抱きたい時に、俺が抱かれる関係。ただのセフレ。好きとは言えない。好きとは言ってもらえない。
そしてまた、突然俺の目の前から消えるんだろ。
「無理。だってタクトが……」
俺にはもうタクトがいるんだよ。
「そのタクトくんとやらにお前を返せと言ったら、あっさり諦めてくれたが」
「は…?」
「だからこうしてお前を口説いてる」
ふざけんな。タクトが、そんなこと……。
わかんねぇ。わかんねぇよ。なんでそんなこと言ったんだよ。いや本当に言ったかどうかも怪しい。でも、もしタクトが俺を手離すなら。
また俺は要らないって、捨てられるのかよ。
「仁、」
ツツミの手が伸びてくる。頬に触れようとする。やめろ。やめろ。
「さわんなっ…!」
その手を弾いて、勢いでグラスを倒した。
コーヒーが黒い水溜りを作って、零れ落ちる。
「仁、服…」
「クソ、染みんなるわこれ。あっケータイ…!」
服に零れただけでなく、ポケットにいれてたケータイもコーヒーをかぶった。最悪。
「仁、トイレで洗ってこい。落ちないから。ケータイは貸せ。動くか確かめとく」
「チッ…」
ケータイを預けて、言われたとおりトイレに駆け込んだ。
「染みとれた?」
「ああ…ちょっと残るかも」
トイレに現れたツツミは、俺のケータイは無事だったことを告げる。良かった、壊れてなくて。服は湿ってて少し冷たいけど、夏だしすぐ乾くだろう。
席に戻ると新しいアイスコーヒーがあった。ツツミが注文し直したんだろう。
「で、考えてくれた?」
なぜか俺の隣に座るツツミ。近い。狭い。
「…タクトの口からちゃんと聞かないと納得できない」
本当に、俺は要らない?
タクトにとって俺ってそんなもん?
そんな簡単に諦められるくらい軽いもん?
不安って、こういうの。心臓がぐしゃっと押し潰されそう。苦しい。息が詰まる。
「そうか」
静かにそう言ったツツミの、視線の先は窓の外。
そちらを向こうとして、指先で顎を掬われた。
「ツツ…んむ!?」
唐突なキスは長くはなかった。パッと離れたツツミは不敵に笑っている。俺にではなく、窓の外。
「マジ、ふざけんなよ……!」
わけが分からなくて、同じく窓の外を見た。
そこにいたのは、光を失った瞳で立ち尽くしていたのは。
「タクト!」
俺と目が合った瞬間、背中を向けて駆け出したタクト。追わなくては。
「あーあ、見られちゃったな」
「アンタ…わざとやったな!?」
胸ぐら掴んで、睨みつけた。変わらない表情に、更に苛立つ。いや、それよりタクトを追いかけないと。
「あんまりふざけたことすると、ツツミでも許さない」
吐き捨てるように言うと、「ああ」とだけ言ったツツミが席から退いた。転がるようにファミレスを飛び出した。
タクトの姿を探す。
見つからない。
走って行った方向にとりあえず自分も走り出した。
空からは雨粒が落ちてきていた。
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