Chapter.59
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特に引き留めもされなかったのが、少し寂しいと思うのは身勝手だろうか。
堤さんのことは、触れてはいけなかったみたいだ。関係ないと言いながら、知らないくせにと言う。出会う前の話なんて、教えてくれなきゃ知らなくて当然で。
でも言いたくないなら、もう聞かない。
だから知らないくせに、なんて言わないで欲しい。本人には言えないけど。
嫌われた、かな。どうしよう。
ぼんやりと雑踏の中を進んでいくと、ポンと肩を叩かれた。
仁かもしれない、という淡い期待。振り向くと、そこにいたのは。
「やぁ。タクトくん、だっけ」
「……堤さん」
隙のない笑顔でその人はそこにいた。
まさか店から追いかけてきたんだろうか。
「ちょっと、いいかな。5分も掛からない」
「はぁ…」
答えも聞かないまま、堤さんは歩き出す。
往来から少し外れた通りに入り、人気のない道を遅くも速くもないスピードで歩く背中。
仁もこうして、この背中を追ったことがあるのだろうか。
「仁を返してくれ」
「はい?」
何を言ってるんだろう。この人はそもそも仁を振った人で、恋人でも何でもなかったはずだ。
「返すって、そんな…」
「君より、俺の方が仁を知ってる。理解できる。俺の方が、仁に相応しい」
なに、それ。
唐突な宣言に返す言葉が出てこない。ぴたり、と堤さんは足を止めてこちらを振り向いた。自信に満ちた表情で。
「それとも、俺が君に劣るとでも?」
「…!」
敵わない、と思った。
自分より大人で、余裕があって、仁のことを知っていて。
俺が勝るところって、ある?
目の前にこの人と俺が並んだら……仁は、この人を選ぶんじゃないか?
それなら、俺はどうするべきなんだろう。
「仁が、貴方を選ぶなら、俺は」
胸の奥が、潰れそうなほど苦しい。
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