Chapter.58
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開店と同時に黒い扉を開けると、ユタカが迷惑そうな顔をして迎えてくれた。客に対する態度じゃないな。
ツツミに乱された心を元に戻したくてタクトに電話したのに、結果的にはさらに乱れただけだった。
俺とは会えなくても、友達とは普通に遊んでるんだな。夏期講習とかなんとか、理由を付けては会えない日々が続いたっていうのに。
しかも例によってまた坂本。俺より坂本の方がよっぽど好きなんじゃないか?
大人気ない嫉妬だっていうのは重々承知だ。
「あんまり思い詰めすぎると禿げるぞ」
突然、降って湧いた声は低音の。
「……ツツミ、アンタなんでここにいるの」
「なに、酒を嗜みに来ただけだ。お前をストーキングしてる訳じゃない」
さすがにそこまで自意識過剰じゃない。
「何をそんなに思い悩んでるんだ?この世の終わりみたいな顔して」
「アンタに話すことじゃない」
「恋人のこと?」
相変わらず、本当に相変わらず話を聞かない奴。
「アンタには関係ないだろ」
「関係ないけど、聞いたって良いだろ?」
「聞かれたくないんだけどー」
「知るか」
本ッ当に変わらなさ過ぎて、もうなんだか今が昔のような気さえしてきた。実はあれから時間なんか経ってないんじゃないの?ってくらい、目の前の男はブレずに我が道を行く野郎だ。
「上手くいってないなら、別れたら?」
「ツツミ、マジで怒るよ」
今、そういうことを言うな。シャレにならない。
上手くいってない?
喧嘩してる訳でもないし、電話すれば出てくれるし、メールの返事も来るし、我が儘言われることもないし、これから会うし。
どこが上手くいってないんだよ。
「怒った顔も見てみたい」
「もういい、頼むからどっかいって…」
「仁」
名前を呼んだのは、ツツミではなかった。
「タクト……、早かったね」
「邪魔だった?」
「んなわけないだろ。座りな」
チラリとツツミに一瞥を投げ掛けたタクトの表情は暗い。ああ、気にしてるんだツツミのこと。自分は坂本と一緒にいたくせに、俺がツツミといるのは気に食わない?
「邪魔者は消えるよ。じゃあまたな」
嫌味ったらしい笑顔を残して、ツツミは離れていった。
代わりにタクトが隣に座る。なんで、まだそんな暗い顔してるの。
「友達とカラオケ、楽しかった?」
「うん」
その割には沈んでる。
久々に会ったのにな。もう少し嬉しそうな素振り、見せてくれてもいいんじゃないの。
「良かったね。俺といるより楽しいでしょ」
僻み根性が、嫌な言葉を吐き出させる。
違う、こんなこと言いたいわけじゃない。
「そんなの、比べたらキリがないって言うか…」
「嘘でもそんなことないって言っとけば良いのに」
ああ、なんで俺はこんな事言ってるんだろう。
タクトの眉間に皺が刻まれる。
違うんだって、言いたいのはそんなんじゃなくて。
「仁だって、俺より堤さんといるほうが楽しいんじゃない?」
言ってから、しまった、というような顔を見せてタクトは黙り込んだ。
「アイツは関係ないだろ」
「好きだった、でしょ」
「違う」
「じゃああの人は、仁にとって何なの」
「タクトには関係ない」
「関係ないないって、そればっかりだよ。ずるいよ」
分かってる。そんなこと言われなくても。
でも全部を話す必要だって、ないだろ。
「…俺には、言えないの?うしろめたさ?」
「そんなに人の過去ほじくり返して楽しいかよ!」
思わず大声をあげてしまった。タクトはビクッと肩を震わせて、「ごめん」と小さく掠れた声で呟いた。
ユタカが「おい」と非難めいた口調で制してくる。うぜぇ。
「何も知らないくせに、しゃしゃってくんな。俺にだって言いたくないこと位ある」
「………ごめん」
気まずい空気が流れる。
こんなつもりじゃなかった。せっかく久しぶりに会ったのに。嬉しいはずなのに。
「…やっぱり、今日はもう帰るよ」
「そう。送るよ」
いい、と首を横に振るタクトは俯いて目を合わせない。そのまま、店を出て行くタクトを俺は止めなかった。
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