Chapter.54
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いつも通り、と言い聞かせてみても、やっぱり心の内を隠し通していくのは難しい。
七月。期末テストを理由に少し距離をとった。
一週間以上会えないことが、前は寂しかったのに今度はホッとしていて、何だか後ろめたかった。
期末テストを終えると、仁に対する不信感を拭い去れないまま、夏休みを迎えた。
その夏休みもまた、学生と社会人という差によって壁となった。学生は休みでも大人は仕事がある。それに、夏期講習があるので結局のところ夏休みも大した休みとは言えない。
詰まるところ、会えるのは相変わらず夜にあの店で。
その店に、今日は一人。
仁も来ているかもしれないけれど、他に行けるような所を知らないから仕方ない。
黒い扉はすっかり見慣れた。
押して開けば、これまた見慣れた光景。
仁はいない。安堵する自分が嫌だ。
隅っこに座ると、ユタカが来てくれる。何も言わなくても、何か出してくれる。酒も飲めない客だけど、きちんと迎えてくれるここは居心地が良い。申し訳ないけれど。
「……浮かない顔」
礼を言ってグラスを受け取った俺を見て、ユタカが呟いた。
「仁がいないから?」
ユタカが質問を投げかけてくるのは珍しい。
「それとは、ちょっと違います」
「ふぅん」
それ以上ユタカは何も言わない。言わないけれど、視線が外れない。続きを促されている?よく分からないけれど、話してもいいのだろうか。
「……仁が、堤さんのことを好きだったと聞いて、」
「あぁ」
そのことか、とユタカは合点がいったようだった。
「俺だけ知らないので…その、二人に何があっただとか」
「仁は何も?」
「ただの知り合い、としか」
ユタカの溜め息と、少しの沈黙。
無表情は崩れない。ただ、言葉を探しあぐねているようだ。
「すみません、ただ拗ねてるだけです」
「仁が悪い」
きっぱりと言い切るユタカ。そう思えない自分。
勝手に勘繰ってあれこれ考えているのは他でもない自分だ。
「……正直、不安なんです」
こんな事を言ってはユタカを困らせるだけかもしれないけれど。ずっと一人で抱えていた漠然とした思いを吐露できるならそうしたかった。
「片想いしていた人が目の前にまた現れて、もしかしたらまだ忘れられてないのかもしれなくて、そしたら俺よりまたあの人を好きになるんじゃないかって、下らない事考えてました」
馬鹿ですよね、と自嘲気味に笑う。
すると、カウンターの向こうからにゅっと手が伸びてきて。
「馬鹿じゃない。仁が悪い」
くしゃっと頭を撫でられた。大きな手。無表情。意外な行動に何の反応もできず、ただそのままユタカを見つめていた。
「俺から仁と堤について話せることは何もない。知りたいなら本人の口から聞けばいい。思ってる事もぶつければいい。言葉にしなけりゃ伝わらない事もある」
ユタカにしては長広舌。最後にぽんぽんと頭を軽く撫でて、手が引っ込む。
驚いた。そんな風にユタカが言うなんて思いもしなかったから。
「あの…ありがとうございます」
「別に」
あぁ、またいつも通りの短い言葉。なんだか可笑しくて、つい小さく笑った。ユタカは少し不思議そうな顔をしたが、客の呼び声に反応してすぐにそちらへと行ってしまった。
少し気分が楽になった。来て良かった。
堤さんとのこと、今度は聞いたら話してくれるだろうか。そして、好きなのは巧斗だよって言ってくれるだろうか。
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