Chapter.52
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言いたくないなら、それでもいい。話しづらいことも、話したくないことも、あって当然だから。
けれど、せめて教えて欲しい。
俺のこと好き?
きっと、いつもの綺麗な笑顔で言ってくれる。
当たり前だろって顔で言ってくれる。
言ってくれる、はず。
「なに…どしたのタクト」
でも期待した答えは返ってこなかった。
好きだ、って言って欲しかった。
不安で心が粉々に砕けそうだから。
それでも、大丈夫と自分に言い聞かせて、いつも通りの自分を装う。
ご飯を食べる。
制服を着て登校する。
授業を受ける。
本を読む。
夜になったら仁とメールする。
学校で何があったとか。仕事で何があったとか。他愛も無いことをお互いに伝え合う。
何も変わらない。変わってないつもり。
定期的に、いつもの店で会う。
今日がその日。
また、早く着いてしまって。
一人で隅の席に座り、仁を待つ。
周囲を見渡したのは、また堤という人が来ていたら嫌だなという気持ちから。どうも苦手だ。
過去の仁を知ってるような口振り。
ただの知り合い?それにしては仁の態度が気になる。社交的な仁のあからさまな拒絶反応。それは姉の、仁に対するそれとどこか似ている。
「タクトくーん!」
「うわっ、えっ、あ……ユウさん」
思考を遮ったのは明るい声と肩に置かれた手のひら。ユウが隣に立っていた。
「仁待ち?あ、隣に座っていい?」
「どうぞ。なんだか、久しぶりですね」
何度かここで見かけていたが、最近パタリと姿を見せなくなっていたと思う。慣れた人間と会えて、少し心が軽くなる。
「なんか難しい顔してたわねー。お悩み?」
「悩み、というか」
ユウは知っているのだろうか。
「堤さん、ってご存知ですか?」
「堤…?」
ピクリとユウの眉が跳ね上がった。
表情が、冷たく尖ったものに変わる。
「あの人がどうかしたの?なんでタクトくんの口からその名前が出てくるの?」
「この前、ここで、声を掛けられました。仁と知り合いだって聞いたので…気になって」
何やら険しい表情のまま、ユウは暫し止まった。じっと何か考えている。
「堤さんは、」
ようやく、重たい口を開いたユウの声は暗くて。
「仁が好きだった人、よ」
それは、つまり。
「恋人だった、ってことですか?」
「違うわ」
即座に否定。そして続きの言葉に絶句する。
「仁にとっては片想いの人。堤さんにとっては遊び相手。仁はこっぴどく振られてるの」
仁が、振られた?
「その後は堤さんは結婚して全く姿を見せなくなったけど。その時の仁の落ち込み様は、目も当てられなかったわ。相当ダメージ受けたみたい。立ち直るのに時間掛かったのよ」
そんなに好きだったのか。
そんなに想っていたのか。
あの、堤という人を。
「あれ以来、仁はまともに誰かと付き合うことがなかったから、タクトくんと付き合うって聞いた時にはようやく立ち直れたのかなって、思ったんだけど…」
ユウの言葉は随分遠くで発せられているようで、よく聞こえない。
俺のこと、そこまで想ってくれてる?
そんなに好きだった人なら、まだ忘れられてないんじゃないか?
ぐらぐら。ぐらぐら。
不安定な心が揺れる。
「仁から、詳しく聞いてない…?」
「はい…」
「ま、話しにくいのかもしれないわね。昔の失恋話なんて」
きっと俺はあからさまに落ち込んでいる。励ますようにユウが笑って見せた。
「そのうち話してくれると思う。今はまだ、そっとしといてあげてね?」
「…そうします」
ああ、ユウは知っている。マスターも堤を知っている。ユタカも、たぶん。
俺だけが知らない。
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