小説 藤枝さんと吉川くん | ナノ




Chapter.51
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約束の時間に、見慣れた黒い扉を開ける。
そして、飛び込んできた眼前の光景に戦慄が走る。

「タクト、そいつから離れろ」

考えるよりもはやく、言葉が口から出てきた。

「…あぁ、仁」

何でアンタがタクトにちょっかい出してるんだ。

「今マスターからこの子がお前のだって聞いてね」

ニタリ、と悪い笑みが零れた。最悪だ。ツツミには会わせたくなかった。

「タクト、そんな奴ほっといてイイから。向こう行こ」
「あ、うん…」

戸惑うタクトの手を引いて、席を移す。
ついてきたら面倒だと思ったが、どうやらツツミは帰るらしい。マスターに勘定を渡すと、最後にまたこちらに向かって視線を寄越した。

「ま、た、ね」

口の動きだけでそう言うと、ツツミは黒い扉の外へと消えて行った。

「…悪いね、不愉快な思いさせて」
「いや、平気だけど…」

タクトはその先の言葉を呑み込んでしまった。聞いていいのか、迷っているのかもしれない。
それならば、余計な詮索をされる前に。

「さっきの奴はただの知り合い。ちょっと前に付き合いがあっただけだよ」

だから気にしないで、と目で訴える。
聞き分けのいいタクトはそれ以上探ろうとしてこない。そうなると分かってたし、そういう風に仕向けた。
自分の狡さに嫌気が差さなくも無い。

「ひとつだけ、聞いてもいい…?」

逡巡の末、恐る恐るタクトが口を開いた。

「俺のこと……好き?」


耳を疑った。
ツツミが何か言ったのか。俺が、何かしでかしたのか。そういやこの前、吉川姉と会ったけど、その時何か吹き込まれたか。
苦しそうな顔して、何を思い詰めてるの。

「なに…どしたのタクト」

動揺していた。
いつもみたいに、好きだよって言ってあげたら良かったんだ。

「ううん、何でもない」

ごめん、と言って笑う。
何でもないわけないだろ。分かってても、問い質すことはできない。
さっきの俺と同じ、追求は無用と語るタクトの目。


タクトが僅かに遠くへ行った気がした。



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